第58話「口先だけでわめきたてる奴が、俺は一番嫌ぇなんだよ」
黄昏時。
空が赤色に染まる中、世界樹では夕焼けの光を受けながら、教会騎士や傭兵達が忙しなく動いていた。
司祭の指示で、世界樹を引っこ抜く作業が行われているのである。
やり方は実にシンプルだ。世界樹の周りの土を掘り、幹に縄を括り付けて大勢で引っ張る、というものである。シンプルではあるが作業量は多い。
それを眺めながらダイクは、捕えているティエリとオルパス村の村長夫妻の見張りをしていた。
縄でグルグル巻きにして、魔法を封じる手枷を掛けて、三人ともに無力化は済んでいるものの、その目には絶望の色はない。何とか隙を見て動き出そう、という強い意志が感じられた。
(あー面倒くせぇ。さっさと仕事終わらせて、飯食って酒飲んで寝てぇ)
そんな事を考えながら、ダイクは世界樹の方に視線を戻す。
夕焼けの赤と、影の黒色が姿を染めたおかげで、少し離れると顔の判別がつかない。
そういう時間帯に相手を呼ぶとき「誰そ彼」と言った事が、黄昏時と言われるようになった始まりであると、遠くの国の文献に書いてあった。
見ていたら、ダイクはそんな話をふっと思い出した。
ダイクには学はない。貧困街の生まれであったダイクには、勉強をするなんて時間の余裕はなかった。本を読めるくらいになったのは、教会騎士になる少し前の頃だった。
物心ついた頃から働いて、働いて、日銭を得る生活。毎日毎日汗水たらして働いても、ちっとも暮らしは良くならない。
同じくらいの子供達がアカデミーに通うのを遠くで眺めながら、継ぎ接ぎだらけのボロボロの服で、毎日靴を磨いていた。
羨ましいとか、ずるいとか、そういうのは何度も思ったし、実際に口にした事もある。生まれの事や、服装の事で馬鹿にされれば、手だって出た。短気なのも、素行が悪いのも、ダイク自身は理解している。育ちが悪いと言われるのも、そこが原因である事も分かっていた。けれど毎日に我慢し過ぎて、そこで我慢が出来なかったのだ。
そしてダイクが暴れれば、その度に、両親は周りに頭を下げて謝っていた。その姿がダイクには悔しかったし、そんな事をさせている自分に腹が立った。
「馬鹿にしてきたのは向こうなのに、何でこっちが謝らなくちゃいけないんだ」
ダイクは一度、父親にそう聞いたことがある。
悪いのはあいつらの方なのに。そう言いたかった。
父親は目を丸くしたあと、
「そりゃお前、謝ったからって、別に負けじゃねぇからさ」
と答えた。意味が分からなくて、ダイクが聞き返すと、
「俺はな、お前があの子達に怪我をさせた事を謝っただけさ」
「だって、それはあいつらが……」
「ああ、馬鹿にしたからだろ? そいつは俺も許しちゃいねぇよ。だって、あいつらはひと言も謝りゃしなかったからな」
「でも勝ち誇ったみたいに笑ってた」
「それこそ馬鹿丸出しじゃねぇか。俺はちゃんと『怪我をさせた事については』って前置きしたからな。それ以外の言葉が聞こえてねぇんだから、大した事ねぇさ」
そう言って豪快に笑っていた。試しに母親にも聞いたら、同じような言葉が返ってきた。そういう人達だった。
ダイクの両親も勉強は出来なかった。だがその心根は真っ直ぐで、正直で、決して間違った事はしない、ダイクにとっては自慢の両親だった。
(だけど、あっさり死んじまった)
今日みたいな夕暮れ時。
いつも馬鹿にしてきた奴らがその復讐にと、ダイクの弟を町の外に連れ出して――――アンデッドに襲われた。
そいつらはダイクの弟を置いて命からがら逃げてきた。話を聞いたダイクの両親は、弟を探しに町の外へ行った。ダイクに応援を呼んでくるように頼んで。
ダイクが必死になって探していると、サウザンドスター教会の人間を見つけた。半泣きになりながら頼むと、その人はすぐに教会騎士を呼んで、一緒に来てくれた。
だが、到着した時には、すでに遅く。ダイクの家族はアンデッドによって無残な姿になっていた。
(――――くそ、嫌な事、思い出しちまった)
空の色が似ていた事と、
苦い記憶に心の中で舌打ちして、ダイクは息を吐く。
するとその時、
「……どうして、こんな事をするの」
と、そんな言葉が聞こえてきた。声の方を見ると、ティエリがダイクを睨みつけている。
捕まっているのに命知らずな事だ、とダイクは思った。まぁ、司祭からは出来るだけ怪我はさせるな、とは言われているのだが。
「金になるから」
ダイクは冷めた目でティエリを見下ろしながら、顔の筋一つ動かさすにそう答えた。
世界樹は聖水や聖剣に加工することが出来る。聖水は比較的手が出せるが、聖剣となれば話は別だ。一つ売れば、作業のために雇っている傭兵の費用や、教会騎士達の賃金を差し引いてもリターンは大きい。もっとも発覚した時を考えればリスクも大きいが。
もちろん金以外の思惑はあるし、理由もあるが、それを律儀に答えてやるつもりはダイクにはなかった。だから一番楽に説明出来て、ダイク自身もそれが一番であると考えている部分を答えたのだ。
だがやはり、その言葉はティエリにとっては許しがたいものだったようだ。ティエリは顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべた。
「そんな事のために、こんな酷い事をしたって言うの!?」
確かに『そんな事』だ。だがダイクにとっては『そんな事』ではない。
ダイクはティエリの怒りを鼻で笑う。
「金がある奴は皆そう言うんだな。どんなに御大層な目的があっても、理由があっても、金がなけりゃあ結局、何も出来ねぇぜ?」
金が無くても幸せだ、なんていう者もいるが、ダイクにとってはそれはただの強がりにしか聞こえなかった。
何をするにも金は必要だ。生きるにも、学ぶにも。なくても幸せだ、なんて言葉は、それ相応の生活が出来ている者が言える言葉だ。
家族を失ってから、ダイクはそれまでよりもずっと必死に働かなくてはならなかった。遊ぶ余裕が出来たのは、教会騎士になってからだ。
ダイクからすれば、子供の頃から綺麗な服を着て、満足な食べ物があって、さらには魔法なんてものを学べる環境にいるティエリに何を言われても、心を動かされる事はなかった。
動かされたとすれば、あの
ティエリも、彼女の両親も、村の人間も、アンデッドであるトビアスやドラゴンゾンビを守っている。その事はダイクにとっては気に入らない事だった。
アンデッドのくせに大事にされている。アンデッドのくせに人から慕われている。アンデッドのくせに家族までいる。
自分の家族はアンデッドに奪われたのに。
「君は納得して、
ティエリの父親であり、オルパス村の村長フランがダイクにそう尋ねた。
ダイクはフランの言葉の意図が分からず、軽く首を傾げた。
「納得しているから、こうして手伝ってるんだろ。何で納得してねぇ事を呑みこんでまで、やりたくねぇ事をやらなきゃならねぇんだよ」
「君、アンデッドを憎んでいるだろう?」
フランにそう言われて、ダイクは目を丸くする。
確かにダイクはアンデッドを憎んでいる。だが彼らの前で、はっきりと言葉にした事はない。
だから見抜かれた事に、ダイクは少なからず驚いた。
「言葉や態度の端々を見ていれば分かるさ。ただ嫌いなだけならば、あそこまで感情は籠らない」
「へーえ。そいつはどうも? だがよ、それが何だってんだ? 俺がアンデッドを憎んでいるのと、
「世界樹がなくなれば、アンデッドが生まれる。それは子供だって知っている事だ。なのに何故、アンデッドを憎む君がそれに加担しているんだい?」
静かにそう言うフランに、ダイクは「何だそんな事か」と低く笑う。
「アンデッドが憎いからだよ。世界樹を引っこ抜いてアンデッドが増えりゃあ、
そう、シンプルな話だ。
ダイクにとってアンデッドは憎まずにはいられない相手だ。スケルトンでも、ゾンビでも、ゴーストでも吸血鬼でも。全部が等しく、憎い相手である。
だから倒す、滅ぼす。目に入っただけ全部に、自らの中に渦巻く憎しみを叩きつける。
それがどんな形で生まれたアンデッドだとしても。
「アンデッドが増えようが、俺が倒せば問題ねぇ。アンデッドなら倒しても文句は言われねぇ。本当に良い時代だよ、今は」
皮肉を交えて言うダイクに、フランは哀れんだ目を向ける。
「……君は」
「ああ、もちろん、トビアスとか言うアンデッドも、ドラゴンゾンビもあの勇者も、ぜーんぶ俺が滅っしてやるから安心しろよ」
「トビアスとじっさまに手出しはさせませんわ!」
トビアスとじっさまと聞いて、黙っていられなくなったティエリが口を挟む。
ダイクは「ヘッ」と鼻で笑った。
「手も足も出ねぇくせに」
そしてティエリの前にしゃがみ込むと、その襟首を掴んで顔を近づける。
「口先だけでわめきたてる奴が、俺は一番嫌ぇなんだよ。――――黙ってろ、このガキ」
そうして凄んで見せる。
もともと人相が良くないダイクだ。それらしい顔を浮かべれば、小さい子どもなら泣き出してしまうだろう。
だがティエリは怯まない。まっすぐにダイクの目を見て睨み返す。
「おたくらのガキ、ちょっと命知らずじゃね?」
呆れて言うダイク。そして手を放そうとした、その時だ。
赤色に染まる森の中から、黒い影が一つ飛び出し、ダイクに襲いかかる。
「お嬢様達から……離れろォッ!」
鈍くギラリと光る剣、口から覗く鋭い牙。
飛び出してきたのはダイクが憎むアンデッドで、ティエリ達が大事に思うアンデッド――――トビアスだ。
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