第45話「魔法使いの勘は馬鹿に出来ねぇからなぁ……」
トビアスに呼ばれた二人は、オルパスの村長夫妻だった。
旦那様と呼ばれた方がフラン、奥様の方がリアムと言う。二人はティエリの両親なのだと、トビアスが説明してくれた。
村長夫妻はここ最近、世界樹に関して良くない噂が聞こえてくるので、警備の数を増やそうと交渉に出かけていたのだそうだ。その間に、今回の事件が起こってしまった、という事だ。
恐らく夫妻が村を発ったのを確認した上で、今回の事を起こしたのだろう。
「娘達が迷惑をかけて、すまなかったね」
「ホントだよ。どういう教育してんだよ」
「君が言うな」
謝罪の言葉に、スケットンは相変わらずの悪態を吐く。
ルーベンスは咎めるような目でスケットンを睨むが、フランは気分を害したわけでもなく、軽く首を振った。
「いいや、彼の言う通りだ。ほら、ティエリ、マティアス、エリザ。言う事があるだろう?」
「ご、ごめんなさい……」
「すみません……」
「申し訳ない……」
フランに促され、ティエリと双子が一歩前に出て、スケットン達に頭を下げた。
三人とも大分落ち込んでいる様子だ。夫妻からしっかりと説教されたのだろう。
あまりに申し訳なさそうな顔で謝るものだから、スケットンも毒気を抜かれてしまい、
「…………まぁ、いいけど、別に」
と、気まずそうに言った。
何かしらの悪態を吐けば、当然ながら言い返される事が多かったので、言った言葉をそのまま受け止められる事に慣れていないのだ。
(言い返される方が楽じゃねぇか)
なんて、そんなスケットンの心情を知ってか知らずか、ナナシが小さく笑うので、スケットンは仮面の下から彼女を睨んだ。
「それで、そいつの素性は分かったのか?」
スケットンはナナシを睨みながら、縛られているフードの男を顎でしゃくった。
フードの、とは言ったが、すでにそれは取り払われ、顔が見えている。男の顔はルーベンスの顔と同じく、殴られたようにぼこぼこに変形していた。
「ええ。サウザンドスター教会の教会騎士で、名前はダイクと言うそうです」
「教会騎士ね、まぁかねがね予想通りだな。ルーベンス、知り合いか?」
「同期だ。ここ最近、顔を見ないと思っていたのだが、これに関わっていたのか……」
頷くルーベンスは苦い顔をしている。
同期という事は、それなりに付き合いはあったのだろう。良好な関係だったのかはスケットンには分からないが、ルーベンスの顔を見た途端に「何で生きていやがる!」などと言う輩と、仲が良いなどとは流石に思えなかった。
「なるほど。……しかし、見事に
「ルーベンスさんとの殴り合いの末にこうなりました」
「ああ……だからそれぞれすげぇ顔してんのな……」
スケットンはルーベンスとダイクを見比べて、それぞれの顔の変形っぷりに納得した。
殴られたような、ではなく、実際に殴り合った末の変形だったらしい。
殴り合ってぼこぼになるなんて経験は――腕っぷしの強さは魔剣抜きでも頭一つ抜きん出ていたので――スケットンにはなかったので、ある意味感心していた。
「青春の証ですねぇ。ちょっと羨ましいです」
「お前、ぼこぼこになりたいのかよ。特殊な趣味だな。そんな証、羨ましくも何ともねぇぞ」
「そんな趣味を持った覚えはありませんけれども、喧嘩できる相手がいる事がいいなと思いまして」
「これが喧嘩に見えるのか?」
「ええ」
ナナシはにこりと微笑んだ。
喧嘩と言うには前提が物騒過ぎるが、ナナシにはそう見えたらしい。
相変わらず良く分からない事を、とスケットンが思っていると、笑っていたナナシの顔が真面目なそれに変わった。
「……ですが、少々腑に落ちない事もありまして」
「あん? 何がだ?」
「この人、弱すぎるんですよ」
見も蓋もない言い方である。
その言葉に、その『弱すぎる』ダイクと殴り合っていたルーベンスが地味にダメージを受け、胸を押さえてよろりとよろけた。
別にナナシはルーベンスを貶めているわけではないのだが、無意識下で発せられる言葉の刃は理不尽にルーベンスに襲い掛かっている。
気の毒に。その場にいた人間の心情が奇跡的に一致した。
スケットンはそんなルーベンスを横目に、首を傾げる。
「そりゃお前、【レベルドレイン体質】のアレじゃねーの」
「いえ、もちろんそれもあるんですが……何と言うか、チグハグなのですよ。ほら、この人、トビアスさんと戦って、負かしているでしょう?」
ナナシの言葉に、視線が自然とトビアスに集まる。急に話題に出されたトビアスは目を丸くした。
トビアスは吸血鬼だ。先ほど、スケットン達は魔力が枯渇状態にあって暴走したトビアスに襲われているが、あの時の動きと比べると違和感があるとナナシは言う。
トビアスだってダイクに襲われた時、気弱そうな本人の性格を抜いても、身を守るくらいはしたはずだ。いくら聖水剣が絡んでいたとしても、もう少しやれるのでは、というのがナナシの考えだった。
ナナシの話を聞いて、スケットンは腕を組み、ルーベンスに目をやる。
「……殴り合った感想はどうよ?」
「言われてみれば、確かにあまり手応えがなかった気がするが……」
「その顔で」
「貴様」
だがスケットンは構わず、今度はナナシの方を向いた。
「おいナナシ、それは
「はい」
「魔法使いの勘は馬鹿に出来ねぇからなぁ……」
頷くナナシに、スケットンは唸った。
勘と聞いてルーベンスは良く分からない、と言うような顔になる。
「ただの勘に、魔法使いだの、そうでないだのの違いがあるのか?」
「
「確かに色々要約をすると気合いですけれども、何とも釈然としない何かがありますね」
「気合いは大事だぞ、胸を張れ。ないだろうが」
「おのれ」
仮面越しに気の毒そうな眼差しを向けられ、ナナシはむう、と口を尖らせた。
「それで、こいつらはどうする?」
「とりあえず、動けないようにして、村の牢にでも入れておくよ。騎士団に連絡をしたから、引き取りに来てくれるだろう」
「へぇ、こんな村にも牢なんてあるんだな」
スケットンは意外に思ってそう言うと、村長のフランが「色々あったからね」と言葉を濁した。
彼の言う
「スケットンさん、この後はどうしますか?」
「騎士団が来るまでは、ここにいる必要があるが……あー、俺は世界樹の様子でも見に行ってみるか」
元々スケットンとナナシの目的は『世界樹引っこ抜き事件』の犯人の現行犯逮捕である。
多少予定は狂ったものの、教会騎士の一人を捕まえる事は出来たので、追求して行けば何らかの証拠は出て来るだろう。
世界樹自体は、ドラゴンゾンビのじっさまの結界によって守られているので、さほど心配は要らないだろうが、念の為と言う奴だ。
「スケットンさんが世界樹へ行くなら、お供しますよ。でもその前に、じっさまにお会いしてみたいですね」
「じっさまか、俺もちらっとしか話してねぇから、先にそっちに顔出すか。お前はどうする?」
「私はダイク達の見張りをしよう。目が覚めた、聞きたい事もあるからな」
ルーベンスは言いながらダイクを見下ろした。その目には複雑な感情が込められている。
何だかんだで、サウザンドスター教会や、仲間がこういう事に関わっていたのを知って、それなりにショックなのだろう。
スケットンは「まぁ真面目だこと」と多少控えめに冷やかした後、ナナシと共にじっさまの所へと歩き出した。
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