第44話「ええ、肉体言語でお相手しました。私、魔法でしたけれど」


――――そういや、ドラゴンゾンビは、見た事なかったな。


 ドラゴンゾンビを見上げながら、スケットンはそう思った。

 スケットンも生前、それなりにアンデッドと遭遇した事はあった。

 評判が何であれ、スケットンは勇者だ。色々な所へと旅をしたし、その道中で様々な魔物とも戦ってきた。アンデッドもその一種である。


 スケットンの生前、つまり今から三十年前は、今ほどアンデッドの数は多くはなかった。

 世界樹引っこ抜こうなんて罰当たりな輩もおらず、輪廻転生がきちんと行われていたからだ。

 と言っても、どれほどきちんと行われていようが、取りこぼしは存在する。死霊術師ネクロマンサーによって生み出されたアンデッドは除外するが、何らかの不具合やら不運やらでアンデッドになってしまったもの、というものがいるのだ。

 スケットンが遭遇したアンデッドの大半は、そう、、いうものだった。


 一重にアンデッドと言えど、その種類は様々だ。

 ゾンビやゴースト、スケルトンなどのアンデッド御三家に加え、マミーやデュラハン、場所によってはレイスのような高位のアンデッドともスケットンは戦った事がある。

 だが、そんなスケットンであっても、ドラゴンゾンビに遭遇したのは今回が初めてだった。 


「まぁ、別に後でいいか」

「そうか、それではまた後でな」

(あ、こんな感じでいいんだ……)


 だが、そんなドラゴンゾンビことじっさまとの会話は、そんな感じで切り上げられた。

 スケットンも驚きはしたが、別に会話なんていつでも出来るし、じっさまが敵でないのならば、この状況でここに留まる必要性を感じなかったからである。それはじっさまも同様で、気分を害したわけでもなく、あっさりと頷くと「では少し休ませてもらうかの」なんて言いながら目を閉じた。トビアスだけは若干唖然としていたが。


「えっと、これからどうしますか?」

「面倒だが、こいつら連れてナナシ達の所に戻る」


 本当に面倒そうに息を吐くと、スケットンはそう答えた。

 スケットンからすると、害がない上に自衛手段があるドラゴンゾンビよりも、ナナシ達の方が若干、本当に若干(と本人は言っている)心配だった。ナナシの【レベルドレイン体質】で弱体化しているルーベンスはもちろんだが、ナナシもナナシで別の意味で気がかりだ。

 理由は、あのお人好しっぷりである。完全に敵であろうフードの男はともかくとして、トビアスの知り合いであるティエリや双子に対しては手加減して戦っている事だろう。


「ナナシさん達、大丈夫でしょうか……」

「まぁ、あいつら相手じゃ死なねぇだろうが――――」


 ナナシ死なない。その辺りはスケットンも信用していた。

 何と言っても、スケットンから見ても彼女は『見かけは人が言う勇者らしい勇者』であるからだ。


 スケットンは自分が、他人が望む勇者らしくはない、という事は自覚しているし、それはむしろそれは本人の望むところだ。

 その一方でナナシはというと、品行方正な勇者らしい勇者に見える。実際に、スケットンも最初はそう思っていた。

 だが、一緒に行動をするようになって、それが違うという事に、スケットンは間もなく気が付いた。

 ナナシは勇者らしいというよりは、物事に対してナナシはどこか淡泊なのだ。

 

 もちろん彼女自身にも善悪の区別はあるし、情もある。しかしスケットンにはそれがどうにも歪に見えた。

 あまりにらしい、、、のだ。

 困っている人がいればナナシは助け、目の前に悪がいれば倒し、誰から頼み事をされれば二つ返事で引き受ける。

 それは民衆が描く勇者としての姿そのものだ。

 強く、優しく、慈悲深い――――人に利用されるための存在。スケットンからすればそんな評価など吐き気がするほど御免だったが、ナナシは進んでそう在ろうとしているようにスケットンには思えた。


 ナナシは行動を起こす事に対する線引きも、基本的には一般論としての常識に沿っている。

 だが、自主性が薄いのだ。

 スケットンのように「自分が望む事」を優先するのではなく、ナナシは「他人が望む事」を優先する節がある。

 真逆なのだ、何もかも。


 だから理解わかる。

 トビアスはティエリ達を心配していた。だからこそ、ナナシは彼女達に対して手を抜く。もとより彼女達が敵ではない、という認識もある。

 それは決して油断でも奢りでもなく、ただ意図的にそうするのだ。

 

 それでもナナシは死なない。手を抜いても死ぬようなヘマはしない。

 するのはルーベンスだ。

 ナナシのみならば、多少の危機的状況ピンチはあっても、まず死なない。自分自身のヘマによって、死なないように準備はしている。

 だがそれは、ナナシだけが分かって、、、、いる事だ。

 

 ナナシは【レベルドレイン体質】のせいでずっと一人だった。

 記憶がない上に、一人で戦っているので、仲間と連携するという事には不慣れだ。

 屋敷でそれが出来ているように見えたのは、自分と同レベルの戦闘力の持ち主スケットンと、仲間と連携する事に慣れたルーベンスがいたからなのだ。


 スケットンもナナシと同じようにずっと一人で戦っていた。ナナシが思う「これくらいならば味方は躱すだろう」と思ってする攻撃も「このくらいなら当たっても平気だろう」と受けようとする攻撃も、一人で戦っていたからこそ分かる。

 逆にルーベンスはそれ自体は分からないが、仲間と共に戦う事に慣れていて、戦況での不足分を補う戦い方が出来る。

 けれどナナシは、ルーベンスが連携上で補う分を予測する事が、恐らく難しい。


 つまり、手加減して戦うナナシのツケが、ルーベンスに回って来る可能性が非常に高いという事だ。

 ナナシは死なないだろうが、ルーベンスは死ぬかもしれない。

 スケットンが思っている若干、、の心配はそこだった。


「とりあえず、早く戻った方が良いって事だ」


 スケットンは話しながら、じっさまによって倒された傭兵や商人達を手早く縄で縛り上げると、それをずるずる引き摺って走り出した。

 その場に置いて行って何かされても困るし、恐慌状態になられても面倒だからである。

 だがさすがに一人で全員を引き摺って行くのは無理だったので、トビアスにも一部を手伝って貰う事にした。引き摺っていると、石ころや建物の壁にガンガンぶつかる音もしたが、まぁ、それは自業自得である。


 そうして、ナナシ達の所へとスケットンは戻った。だが、スケットンの心配はどうやら杞憂だったようで、戦いの方は特に問題なく終わっていた。

 スケットン達の姿を見つけたナナシが、二人に向かって軽く手を振っているのが見えた。


「お帰りなさい、スケットンさん。何だか引き網漁みたいですね」

「この辺りに海はねぇのに、お前のその知識はどこから出て来るんだよ」

「はて」


 ほっとした感情を隠しつつ言うスケットンに、ナナシは腕を組んで首をひねった。どうやら無意識の内に出た言葉のようだ。

 もしかしたら、記憶を失くす前は海の近くにいたのかもしれない。それはそれでこの国に来た理由に謎が残るが、まぁ、今のところは些細な問題だ。

 そんな事を思いながら、スケットンは他の面子に顔を向けた。

 倒れたフードの男、しょんぼりとしたティエリ達。そして最後に、顔がぼっこぼこに変形しているルーベンス。

 スケットンは思わず噴いた。


「ぶっは! 何!? ルーベンスが凄ぇ顔してんだけど」

「貴様」


 腹を抱えて笑うスケットンを、ルーベンスがギロリと睨んだ。だがそれすらも面白い顔になって見えるらしく、スケットンの笑いは止まらない。

 ルーベンスが憮然とした顔になるのを、ナナシが「まぁまぁ」と宥めた。


「まぁ、それはそれとして、こっちも片付いたみたいだな」

「ええ、肉体言語でお相手しました。私、魔法でしたけれど。結局、話し合いでは解決が無理だったのですよ」

「あー、まぁ、あれじゃそうだろうな」

「ああ。話を聞いてくれないのでな……」

「お嬢様……」


 ナナシとルーベンスの言葉に、話を聞いていたトビアスが手で顔を覆った。ティエリ達は申し訳なさそうに縮こまる。


「戦いながら説得などしている最中に、あちらのお二人が来て下さって、ようやく落ち着いたのですよ」

「二人?」


 ナナシが手を向けた方向を見ると、四十代くらいの男女がいた。

 二人を見て、トビアスはハッと目を見開く。


「旦那様、奥様!」


 トビアスに呼ばれた二人は、その声に気が付き、スケットン達の方を向いた。

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