第20話「殴り込みじゃないわ! 個人を故人しに行くのよ!」


「何だ、あんた達、あたしの封印に関わってないんだ。もう、言ってくれれば良いのに! 勘違いしちゃったじゃない、ごめんね?」


 戦いの後、しばらくして目を覚ましたシェヘラザードは、そう言ってスケットン達に謝った。

 どうやらさんざん暴れてストレスが発散出来たため落ち着いたらしい。

 先ほどまでとは打って変わって浮かべる表情はやわらかく、ちゃんと話も聞いてくれるようになった。

 だがスケットンとナナシは彼女とは正反対にげっそりとした表情を浮かべている。


「最初からそう言ってんじゃねぇかよ……」

「疲れた……うう、魔力回復したい……」


 スケットンはジト目で、ナナシはぐてんとした様子で言った。

 戦いの疲れが尾を引いているのだ。

 特にナナシは、上級魔法を連発した事で魔力が大分少なくなっているらしく、しんどそうな顔で魔力回復薬マジックポーションを飲んでいる。


「お前、オルパスまで行けるのか?」

「あと何本かは魔力回復薬マジックポーションがあるので、まぁ……。それにここからベルンシュタインに戻るのとオルパスに行くのでは大して距離が変わりませんので」


 スケットンが尋ねると、ナナシはそう言って肩をすくめた。

 彼らが今いるのはオルビド平原の中央付近にある封印石の近くだ。

 移動するのも億劫だったし、周囲のアンデッドも一掃されているので、休憩するならここでも構わないだろう、となった。

 まぁ多少、色々が腐敗した臭いとか、誰の物かも分からない骨とかも散らばっているが、そこはこの際気にしない事にしたらしい。

 それ以上に二人は疲れていた。

 そんな状態で魔物と戦うのも面倒だったので、ナナシによって魔物避けの結界が貼られている。

 これ自体も魔力を使うが「封印石の欠片を使う事で魔力消費が多少緩和されているんですよ」とナナシが話していた。

 今の周囲の様子ならば結界も必要ないかもしれないが、何せオルビド平原は広い。先ほどの騒ぎを聞いてアンデッドや魔物がここに集まって来る可能性もある。

 念のため、という奴だ。

 さて、そんな結界の中で、スケットン達は話していた。


「オルパスってアレでしょ? ドラゴンのいる……あんた達、エサになりにでも行くの?」


 シェヘラザードがきょとんとした顔で首を傾げた。


「違ぇわ。何で好き好んでエサになりに行かにゃならねーんだよ、そんな被虐趣味ねぇよ」

「まぁ美味しくなさそうだものね。ナナシは良いとして、あんたスケルトンだもん」


 エサ的な意味で美味しそうだの美味しくなさそうだの言われても嬉しくない。

 スケットンとナナシはほぼ同時にそう思った。

 だがそんな二人の思考などお構いなしに、シェヘラザードは続ける。


「でも、勇者がスケルトンかぁ。何か変な感じね」

「お前も十分変だろ。封印されたってのに、ピンピンしてんじゃねーか。いつ頃封印されたんだよ」


 変、と言われてムッとしたスケットンはそう言い返す。

 スケットンの疑問に答える形でナナシが顎に手を当てて言った。


「シェヘラザードさんって今から十年前に倒されたって勇者博物館に書いてありましたから、ちょうど魔王を倒した勇者の時代ですね」

「倒さずに封印なんて、随分弱っちい勇者だったんだな」


 鼻で笑ってスケットンが言うと、シェヘラザードが口を尖らせる。


「何か『僕が魔王を倒したら戻って来て封印を解くから、結婚しよう!』って言われたの。そりゃあ待つでしょ?」


 意外な返答にスケットンは思わず絶句した。

 四天王であるシェヘラザード封印成功の理由が、まさかのプロポーズである。 

 頭を抱えるスケットンを見てナナシが首を傾げた。


「どうしましたかスケットンさん」

「……そんなスケコマシに魔王を倒された事が釈然としねぇ」

「ああ、それはまぁ……分かる気がしますけど。それならスケットンさんが現役勇者の時に倒せば良かったじゃないですか」

「ばっかお前、魔王あっての勇者だろ? 魔王倒しちまったらチヤホヤされねーじゃん」


 そう言ってスケットンは腕を組んだ。

 スケットンは他人に利用されるのは大嫌いだが、チヤホヤされるのは好きなのだ。

 シェヘラザードが目を丸くする。


「勇者のくせにびっくりするくらい俗物なのね」

「喧嘩売ってんのかてめぇ」

「シェヘラザードさん、ブチスラがもっと言ってやれって言ってますよ」

「叩き斬るぞ」


 ブチスラの言葉をナナシが通訳すると、スケットンは半眼になってそれぞれを睨んだ。

 そんなやり取りを見てシェヘラザードは楽しげに笑う。

 だが、ふっと、その目が寂しそうに伏せられた。


「……でも、そっか、十年経っても戻って来なかったのね……ふーんだ。魔王様を倒したくせに、あたしは放置したんだ、ふーんだ」


 どうやら拗ねているようだ。

 確かにプロポーズの上で封印されたのに、その後は何事もなかったかのように十年の間の放置である。

 戦いの最中の詭弁だったかもしれない。十年の間に何かあったのかもしれない。

 だがそうであったとしてもシェヘラザードは勇者からのプロポーズが本当に嬉しかったのだろう。


「何よ、好きだったのか? へー? へー?」


 スケットンが茶化すようにニヤニヤしていると、ナナシが半眼になって咎める。


「趣味が悪いですよ、スケットンさん」

「うっせ」

「べ、別に!? あいつの事なんて好きでも何でも……」


 シェヘラザードは真っ赤になって反論した。

 だが最後は聞き取れないくらいの声でごにょごにょと何か言っている。

 スケットンはくつくつ笑いながら「そう言えば」とナナシに聞いた。


「十年前の勇者ってまだ生きてんの?」

「存命です。勇者博物館によると、隣国ヴェルソーの姫君と結婚して、そこの王様になったらしいですよ」

「お前このタイミングで何て爆弾投下するんだよ」


 スケットンは頬骨をひきつらせた。

 ほぼ同時に、シェヘラザードの髪や獣耳、そして尻尾がぶわっと膨らみ、


「あんのすけこましぃぃぃぃぃ! ぶっ飛ばしてやるにゃあああああああああ!」


 そして爆発、、した。

 スケットンが目を覆い、ナナシが「しまった」という顔になる。

 だがもう遅い。

 シェヘラザードは叫ぶと、即時に移動魔法テレポートを展開する。

 またしても詠唱をすっ飛ばしての展開である。魔法を使う度に腕輪が光るところを見ると、どうやらそれ、、に詠唱が刻まれているようだ。


移動魔法テレポート!? うらやましい!」


 “移動魔法テレポート”を見てナナシが反応した。

 スケットンは「そこじゃねーだろ!」とツッコミながら、シェヘラザードを止める。


「おい待て、隣国に殴り込みに行く気かよ!?」

「殴り込みじゃないわ! 個人を故人しに行くのよ!」

「お前はやる事が言う事の二乗くらいになってんだよ! 殴るだけで済ませろ!」

「嫌にゃ!」

「殴るだけで済ませて下さい、シェヘラザードさん!」

「分かったにゃ!」

「何でナナシの言う事は聞くんだよ!」


 人徳の差であろうか、などと言うようにブチスラが揺れる。

 だが悲しいかな、そんな揺れなどシェヘラザードの勢いに飲まれて二人の目に映らない。


「あっそうだ! これあげる!」


 ナナシの言う事だけには素直に頷いたシェヘラザードが何かを投げてよこす。

 スケットンが反射的に受け取ると、それは金の葉を模した護符のようなものだった。

 シェヘラザードはにへっと笑うと、


「助けてくれたお礼とお詫び!」


 と言った。スケットンは護符を見て、


「これ何に使うんだよ」


 と聞いた。シェヘラザードは胸を張って答える。


「あたしの友達だって証よ!」

「いやだから何に使うんだよ!」

「いつも! それとスケットン! さっきから気になってたんだけど、あんたが変なもの持ってるでしょ、早く捨てた方が良いわよ!」

「は!?」

「じゃあね! またね!!」


 言うだけ言ってシェヘラザードは消えた。

 一方的に言うだけ言ったのは、恐らく移動魔法テレポートの魔法が発動するまでの待機時間が短くて、話す余裕がなかったからだろう。

 幾つかの謎だけ残しシェヘラザードはいなくなった。

 スケットンはシェヘラザードがいた場所を見て、次に護符を見て、本気で嫌そうにため息を吐く。


「…………いらねぇ、本気でいらねぇ」

「友達……」


 スケットンとは正反対に、ナナシはちょっと嬉しそうに「友達」と繰り返していた。

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