第4話「お前らだって骨がなけりゃスライムと一緒じゃねぇか」


 スケットンとナナシと、ついでに成り行きで連れてきたブチスラは、琥珀砦の町ベルンシュタインへとやって来た。

 この町は古くから、魔族の進行を食い止めてきた事で名が知られている要塞都市だ。

 砦の壁には町の名前の由来となっている大粒の琥珀が散りばめられている。

 この琥珀には魔力盾マジックシールドという魔法が込められており、外部からの攻撃を跳ねのけ、町を守る力を持っていた。


 さて、そんなベルンシュタインへ入ろうとしたスケットン達だったが、ここで一つ問題が発生した。

 町の門番が彼らを中へ入れてくれないのだ。


「はあ!? アンデッド!? 何連れてんだアンタ!? 正気か!?」


 門番はスケットンを見ながらそう言った。

 確かに門番の反応は正しいものではあるが、見事なまでのアンデッド扱いに、スケットンは口をへの字に曲げる。


「いや、この人は大丈夫ですよ。何たって勇者ですから」


 ナナシはスケットンの事をそう説明してくれたが、門番は首を横に振るだかりだ。


「勇者も何もアンデッドはアンデッドだろ! 冗談じゃない、そいつをどっかにやってくれなきゃ、町へ入るのは認められないよ!」


 門番はスケットンとナナシを追い払うように手を動かすと、二人はしぶしぶ門から離れた。

 犬のように門から遠ざけられた二人は、門から少し離れた場所まで歩くと足を止めた。


「うーん、見事に追っ払われましたね、スケルトンさん」

「スケットンだよ。さり気に魔物の名前で呼ぶんじゃねぇよ」

「でも見た目が完全にスケルトンなんですよ、スケットンさん。骨ですよ、骨」

「骨差別するなよ、お前らだって骨がなけりゃスライムと一緒じゃねぇか」

 

 憮然とした顔でスケットンがブチスラを指差すと、ブチスラは体を震わせる。

 ナナシがそれを見言う。


「ブチスラが一緒にするなって言ってますよ」

「分かるのかよ。つーか何でブチスラ連れて来ちゃったんだよ」

「いや何か懐かれて」


 言いながらナナシは指でブチスラを撫でる。

 ブチスラはされるがままだ。心なしが満更でもなさそうにもスケットンには見えた。


「何かちょっとお洒落なアイテムに見えなくもない」

「ひんやりして気持ち良いですよ。スケットンさんも如何ですか?」

「嫌だよ」


 スケットンが嫌そうに言うと、ブチスラも『こっちだって願い下げだ』というように体を震わせた。


「さて、しかし困りましたね。ここを通れないとすると、大回りをするしかありません」

「あー、山越えか。下手すりゃ野宿だぞ」

「野宿か……」


 スケットンが野宿と言うと、ナナシは腕を組んで考える。

 勇者とは言え女の子だ、野宿は好まないのだろう。

 そう考えたスケットンはナナシに、


「まぁアレならお前だけでもこの町に泊まってりゃいいんじゃね?」


 と提案した。

 スケットンにしては珍しく気を利かせた形である。

 ナナシは驚いたように目を瞬いた。

 

「え?」

「そもそも俺が入れねーだけだからよ。王様に文句言うにはお前がいねーと門前払い食らうだろうから『活路の泉』で合流な」

「いえ、でもスケットンさん、夜は危険です。今はアンデ……」

「危険はいつもだろ? それに俺は歴代最強の勇者スケットン様だぜ? ヘーキヘーキ。じゃーな!」


 言うが早いかスケットンは歩き出す。

 自分でも大分久しぶりに『他人を気遣う』ような事を言ってしまったものだからむず痒いのだ。


「あ、ちょっと!」

「ついて来たら【竜殺し】でぶった斬るからな」

「えー……」


 振り向きもせずにスケットンが言うと、ナナシは困ったように頭を抱えた。

 遠ざかって行く背中を見ながらナナシは肩のブチスラに、


「……大丈夫だと思う?」


 と話しかける。ブチスラは『放っとけば』というようにゆらりと揺れた。






 一人になったスケットンは意気揚々と歩いていた。

 何たって久しぶりに誰かに『気を遣った』のだ。たまにする分には気分は悪くない。


「まぁ、あいつ変な奴だしな」


 スケットンはナナシの事を思い浮かべてそう呟く。

 彼の中のナナシの評価は『とにかく変な奴』で落ち着いている。

 見た目は儚げな美少女で、スケットンもまぁまぁ好みのタイプだが、その中身がどうにも変わっている。

 何よりブチスラを平気で肩に乗せる女などスケットンは始めて見た。


「何だろーな。薄いっつーか、飄々としてるっつーか。まぁ女らしくはねぇよなぁ」


 言葉にすると考えはまとまりやすいものだ。スケットンはナナシについて考えながら思い浮かんだ言葉を口に出していく。

 その様子はスケルトンが独り言を言いながら山を歩くというシュールなものだ。

 スケットンの事を知らない――知っていても見た目がスケルトンなのでどうしようもないが――者から見れば、ぶつぶつ言いながら歩くその様は実に無気味であった。

 

 さて、そうして歩いていると、だんだんと日も暮れて来る。

 辺りが橙色から夜の闇に変わり始めたあたりでスケットンは自分が灯りらしい灯りを持っていなかった事に気が付いた。


「ああ、しまった。そういやカンテラねーわ。まぁ【竜殺し】で代用すりゃいいか」


 言いながらスケットンは【竜殺し】を抜こうとする。

 【竜殺し】は剣に宿る魔力で剣身が僅かに光るのだ。それを灯り代わりにしようとスケットンは思った。

 だが。


「あれ?」


 抜けない。

 何故か【竜殺し】が鞘から抜けないのだ。足を止め、力任せに引っ張れど、ぴくりとも【竜殺し】は動かない。

 スケットンは首を傾げた。


「ナンデ?」

 

 ナナシと話をしていた時にはするりと抜けた【竜殺し】が何故か一向に抜けてくれない。


「おいおいおいおい嘘だろ? 何で抜けねぇの? あれ? ウソ? おい【竜殺し】ちゃんよ、何ヘソ曲げてんの? 浮気者なんて言ったから? それともカンテラ代わりにしようとしたから? えええマジっすか、ちょっ、おーい! ごめんって! ね? ほらこの通り!」


 動揺して【竜殺し】に謝り倒すも、うんともすんとも反応してくれない。

 スケットンの額から流れるはずのない汗がたらり、と落ちた。


「マジかよ、どうなってんの……」


 先ほどまで普通に使えた【竜殺し】が急にこの態度である。

 スケットンはさっきと今と何が違うのか考えたが、自分の言葉でヘソを曲げたのでなければ、ナナシがいないくらいだ。

 だが生前はナナシがいないのが普通であったし、誰かがいるから使えないとか使えたとか、そういう事は一切なかった。

 スケットンの頭に無数の疑問符が浮かぶ。

 何がどうしてこうなっているのか本当に何一つ分からない。

 スケットンは頭を抱えた。


「一度戻るか……?」


 そうスケットンは考えたが、ナナシに「歴代最強の勇者スケットン様だぜ」などと宣言した手前、何となくだが戻り辛い。

 しかも追いかけたら【竜殺し】でぶった切るとまで言ってしまっている。

 自分で言ってしまった手前、戻って「無理だったわ」なんて言い辛い。

 そもそも町の中に入ったナナシを呼び出す手段もスケットンにはなかった。

 戻れない。

 ならば進むしかない。

 スケットンは「よし」と気合を入れて歩き出した。


「ま、まぁ、俺って最強だから? 何かあったら素手でもいけるだろ。うん、つーか他に何かもってたっけ……」


 言いながらだんだんと弱気になってきたスケットンは、服のポケットに手を突っ込んだり、叩いたりして武器になりそうなものを探し始めた。

 もともとスケットンは防具には金をかけない性格なのだが、武器の類は別である。もしかしたら何か持っているかもしれない。

 そうこうごそごそしていると、スケットンは肋骨に何か挟まっている事に気が付いた。


「何だこれ?」


 抜いてみると、それはワンドサイズの杖だった。先端に黒水晶で作られたドクロの飾りがついている。

 高そうではあるが、どうにも趣味が悪い。スケットンもそう思ったらしく「うへぇ」と顔をしかめた。


「何コレ、こんなもん持ってたっけ? つーか売れそうだけど武器にはならなそうだなぁ……」


 スケットンが杖を振りながらため息をついていると、ふと、呻くような声が聞こえてきた。 

 苦しげに、そして悲しげに。聞こえてくる声は複数だ。

 スケットンは杖を懐に戻すと、声のした方を見た。

 ガサリ、ガサリと茂みが動いている。


「へぇ」


 スケットンが静かに目を細める。

 現れたのはスケットンの現在の同族――――アンデッドの中でスケルトン、ゴーストと並んでポピュラーとされるゾンビだった。

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