第3話「現在進行形で俺の最強としてのプライドがズタズタだ」


 洞窟を脱出したスケットンはナナシと並んで王都に向かって歩いていた。

 何故王都へ向かっているかと言えば、王様に文句を言うためである。


「何が腹が立つってアレだよ。人の財産勝手に売り払ったっつー事だよ」


 スケットンはナナシに愚痴を言う。彼の怒りの中心にあるのはどうやらそこらしい。

 ナナシはスケットンの話を根気強く聞きながら、


「はぁ、まぁ、スケットンさんはご家族がいらっしゃらないので」


 などと、相槌を打っていた。

 ナナシはここ数時間、スケットンから延々と愚痴を聞かされている。

 【竜殺し】持てちゃった事件からスケットンが立ち直ったのは良い事ではあるが、ナナシもさすがにそろそろ辟易としているのか、疲れた顔をしていた。

 けれど言葉でぶった切ったりはせずに彼の話を聞いている。根が真面目なのだ。


「だってよー、面倒じゃん? そういう関係作るのさぁ。そう思わない?」

「同意を求められましても。私には家族というものが分からないので今一つ」

「あー、そう言えばお前って記憶喪失だったっけ」

「ええ」


 ナナシが頷くと、スケットンは腕を組んだ。


「いつ頃から記憶喪失やってんの?」

「勇者になった時ですね」

「何それ」

「私も良く分からないんですけど、勇者として王様に謁見していた時に、魔族に攻撃されて記憶がスコーンとなくなったそうです」

「良く生きてたなお前。つーか謁見の間に魔族って、国の警備どうなってんの」

「はぁ、何か王様から聞いたところによりますと、スケットンさんが強かったので、勇者に任せておけば何も問題がないみたいな風に考えが変わったそうですよ。それで、実際にスケットンさんの後の勇者もそこそこ強かったので、それに胡坐をかいていたらしいです」


 図らずも弊害と言われたような気がしてスケットンはむう、と口をへの字に曲げた。

 ナナシの記憶喪失はスケットンのせいではないが、微妙なレベルで関わっている。それが妙に気持ち悪くてスケットンは骨の頭をがしがし掻いた。


「……それで、まぁ、お前は記憶喪失になったわけだが」

「はい」

「困ってんの?」

「さあ」

「さあって」

「今の所目的があるので、記憶があるなしは気にならないんですよ。終わったら気になるかもしれませんが」

「そういうもん?」

「そういうもんです。悩んでも壁に頭をぶつけてみても戻らないんで、まぁ、仕方ないかなーと」


 ナナシはケロリとそう言った。

 本当に気にしていないような素振りである。もしかしたらスケットンに気を遣わせないためかもしれない。

 スケットンもそうは思ったが、それならそれで、気遣わない方が楽だと肩をすくめる。


「ぶつけんなよ、頭悪くなるぞ」

「そこなんですよ」

「あん?」

「記憶がないのに話せますし、文字の読み書きも出来ますし、本だって読めちゃいます。どう思います?」

「どうって?」

「いえ、自分の名前から生い立ちまで何も覚えていないのに、生活に必要な事は覚えているんですよ。実に不思議だなぁと」


 確かに不思議な話だ。だがスケットンは記憶喪失に関しての知識なんてほとんど持っていない。

 でも生活に困らないならばそれに越した事はないのはないかと思って、


「そういう記憶喪失もあるんじゃね?」


 とさらっと答えた。

 本当に、特に考えもせずにただ答えただけだ。

 だがナナシはスケットンの言葉にホッと顔を緩ませて、


「ですよね。良かった良かった」


 と、笑った。浮かべているのはどこか安心した表情だ。

 何が良かったのだろうか。

 そんな事を思いながらスケットンが首を傾げていると、不意に近くの茂みがガサリと揺れた。

 足を止め、音がした方を見ると、そこには斑模様のスライムが一匹ひょっこり顔を出している。

 

「あ、ブチスラだ」


 ブチスラとはスライム系の魔物の一種であるブチスライムの略称だ。そのまま呼ぶのは長いので、大抵の人間は略してブチスラと呼んでいる。

 ゼリー状の体を持つスライム系の魔物は子供でも倒せるくらいに弱いのが特徴で、このブチスラもその例に漏れず大変弱い。

 名前こそブチなどとついているものの、それは体の色や模様で区別しているだけであって、複数存在するスライム系の魔物は戦闘能力に差はほとんどない。

 スライム同士が合体して巨大化すれば厄介な存在ではあるものの、一匹だけでは何の問題もなかった。

 ブチスラは体を震わせながらスケットンとナナシを見ている。

 二人に恐怖しているわけではない。単に体がゼリー状なので、動くたびに震えるだけだ。


「何見てやがる、あっち行け!」


 そんなブチスラをスケットンは何の躊躇いもなく蹴り飛ばす。ブチスラは弧を描いて空を飛び、近くの木の幹にぶつかって落ちた。

 ナナシに非難めいた目で見られたがスケットンは気にならない。


「ブチスラが何をしたと」

「俺様の前に現れた、それが奴の罪だ」


 フフン、と格好つけて言ってみせるも、残念ながら全く格好良くない。

 ナナシはジト目になって言う。


「そんな事をしていると痛い目を見ますよ」

「ブチスラに? 俺が? あっはっは、笑える冗談だ」


 スケットンはケラケラ笑う。

 そうしている間に蹴り飛ばされたブチスラが、ずるずるとスケットンの方へと寄って来た。

 ブチスラ等のスライム系の魔物に顔はないのだが、心なしか怒っているようにも見える。

 スケットンは余裕の表情を浮かべ、ひょいとしゃがみこんだ。

 そして骨の顔をブチスラに近づける。


「ほれ見ろ、こんだけ近くてもなーんにも……」


 その途端、ブチスラがべしゃり、とスケットンの顔に体当たりをした。


「ぶ!?」

「おやまぁ」


 ブチスラはそのまま体を震わせてスケットンの体をぐわんぐわんと前後に揺らす。

 骨の頭が取れそうだ。


ほいはかはへろおいばかやめろ!」


 スケットンはブチスラを引き離そうと頑張るも、相手は軟体。さらにはスケットンは骨である。

 手の骨の隙間からブチスラの体がするりと抜けて、全く掴むことが出来ない。

 相性が最悪だ。


「ほら、痛い目見るじゃないですか」

ひいはらはすへほいいからたすけろ!」

「はいはい」


 ナナシはそう言うと、腰に下げたナイフを抜いて、ブチスラの端っこを突き刺す。

 そしてそのままぐるりと捻ると、力任せに引っ張った。

 キュポン、とワインのコルクが抜けるような音をたてて、スケットンの顔からブチスラが剥がれる。

 自由になったスケットンは、顔をごしごしと吹きながら怒鳴った。


「てめぇブチスラ野郎! 何してくれるんだコラァ!」

「どう見てもスケットンさんが悪いでしょうに。ねー」


 ナナシはナイフからデロンと垂れ下がったままのブチスラに同意を求める。

 するとブチスラは言葉が理解出来たのか「そうだそうだ!」と頷くようにびちびち跳ねた。

 スケットンはそれを見て「うぐう」と唸る。


「それをよこせナナシ。成敗してやる」

「嫌ですよ。無害ならキャッチアンドリリースです」

「魔物は敵だぞ」

「スケットンさんは今ご自分がアンデッドって自覚はありますか」

「アンデッド、ミカタ、コワクナイ」

「何で急にカタコトになるんですか」

「うっさい。とにかくよこせ、俺の【竜殺し】で叩き切ってやる」


 骨の腕を突きだしてスケットンは言う。

 ナナシはスケットンの腰の【竜殺し】を見て、呆れたようにため息を吐く。


「魔剣が泣きますよ」

「現在進行形で俺の最強としてのプライドがズタズタだ」

「プライドなんて三十年前にすでにズタズタじゃないですか」

「三十年前?」

「だってスケットンさん、痴情のもつれで刺されちゃったんでしょう?」


 ナナシがそう言うと、スケットンは胸を押さえて後ずさる。


「な、何で知ってるんだよ?」

「かなり有名ですよ、この話。歴代最強の勇者の死因は痴情のもつれ! って、勇者博物館に顔写真と一緒に太字で書いてありました」

「勇者博物館ってナニ」


 勇者博物館とは、文字通り歴代勇者に関係するものを展示してある博物館だ。

 古くからこの国は魔王や魔族と争っており、長い歴史の各地点ごとに勇者という存在が現れている。

 国を守って戦った勇者達の偉業を讃え、感謝の念を示すために勇者博物館を立て、その功績を語り継いでいるのだ。

 そんな事をナナシから説明を受けたスケットンは、だから装備を回収するのか、と妙に納得した。


「へぇ、また変わった事してんなぁ……じゃなくて! 俺のは功績でも何でもねぇじゃん! ただの恥さらしじゃん! もっとあるだろ、こう、俺のすげー話!」

「あ、一日で使ったお金の総額とかも書いてありましたよ。すごかったです」

「そういうのじゃなくて!」


 スケットンは頭を抱えてうずくまる。そして他にも何かあっただろうと考えた。


 だが、なかった。

 びっくりするほど思いつかなかった。


 確かにスケットンは歴代最強だ。向かう所敵なしの勇者であった。

 魔物と出会えば一刀両断。魔王には挑む前に死んでしまったが、それでも戦ったら勝てる自信がスケットンにはあった。

 武器も【竜殺し】なんて魔剣を持っているのだから、竜相手でも問題ないはずだ。もっとも特に戦う機会がなかったので敢えて挑んだ事はなかったが。

 スケットンがやった事と言えば、襲ってきた魔族を倒した事と、金が尽きたから手配されていた魔物を狩った事くらいだ。

 それなりに強い魔物や魔族を一太刀で倒した事はあったが、よくよく考えてみるとほとんどが受け身でる。

 その事に今更ながら気がついて、スケットンは衝撃を受けた。


「…………」


 スケットンは両手で顔を覆って打ちひしがれる。

 ナナシはそんなスケットンの肩に手を置いた。空いたもう片方の手の方には、ナイフに刺さったブチスラがゆらゆらと風に触れている。


「どんまい」


 励ますにももっと言葉があるだろう。

 そうツッコミたかったが声が出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る