第21話 禁断の遊び(続き)
(秋島)
そもそも、なぜ僕はここにいるのだろうか。零課に配属された覚えもなければ零課の存在すら知らなかった。皆知らないんじゃないか? いや、もしかして僕だけなのか? 僕の爪はカリカリと音を立てる。「知らない」ことに、何かコンプレックスでもあるのかな? 我ながら考える。全てを知ることなんてできないことぐらい、わかっていたつもりだったのに。
人は知りたがる。欲求だ。知識を欲する。そして知ってしまった後に、知らなきゃよかったなんて思うんだ。
ああ、だめだ。僕は一度強く首を横に振った。僕の目的と仕事は何もぶれずに変わっていない。この事件の解決。それのみ。優先事項はそれなんだ。
僕は改めてこの事件を見なおすべく奥の間へ向かった。警察はもう撤収しているようだ。仕事が早い。光留がさっさとやれって、沖島さんに電話で話していたおかげだろう。
僕は自分に用意された部屋に入った。気分が悪い。お化け屋敷の中にいるよいうな不安感が常にあった。
だが、応接室でやるには邪魔が入るといけないし、資料もここにある。結局、僕は光留よりもこの事件を把握できていない。自分でまとめなくては。あいつのペースでやってたら、まるで意味がわかったもんじゃない。普通に考えよう、努めて「普通」に。それは僕にしかできないことのように思えた。
八月九日
午前八時十六分。青山霧江より通報。毎朝八時頃、朝食の準備ができ次第かよ子を呼びに行くことになっていた。
「やけに静かに寝てらっしゃると遠目では思っておりましたが、近づいてみると……。あぁ、私には一生その顔を忘れることはできないでしょう」
部屋の中は特に荒らされた様子もなく、外部からの侵入の痕跡もなし。
布団の中で眠りについたまま死亡。老衰(?)
特記事項 死因 窒息死(原因不明)
何者かによって絞殺されたようだが、何者かが体に触れた痕跡はない。
死亡推定時刻 深夜一時~三時
検視結果 絞殺による窒息死
しかし、一切の痕跡発見できず。外傷なし、争った様子なし。
顔のゆがみは、死後一日経過せずとも硬直したまま解けない。
八月十一日
午後二時十分頃、雪成の死体をかよ子の部屋にて発見。
かよ子と全く同じ現場状況。
特記事項 かよ子同様、絞殺された痕跡はないが、絞殺による窒息死
白いロープが部屋に落ちていたが指紋も何も検出されず、使わ
れた様子もない。
なぜかよ子の部屋にいた? ロープの意味は?
死亡推定時刻 深夜一時~三時
八月十二日
午前五時十分頃、清次の部屋にて清次の死体を発見。
包丁による三カ所の刺し傷を確認。登一郎により寝ている間に殺害された。
傷はいずれも深く、心臓を狙ったであろう一刺しによりショック死したと推測
される。
特記事項 なし。
登一郎は、妻と長男を失った為、清次を犯人だと根拠なく
思いこみ、犯行に至った
と思われる。
しかし、清次が二人を殺した事実はない。
そもそも前者二人には何も痕跡を発見できず。
「窒息死」。人の手によるものではない……
……はずはないだろう。一人で窒息したのか? ここは海でもないのにどうやって? 確かに息苦しいのは認めるが……。僕はあぐらをかき、腕を組む。一休さんみたいに、このポーズしてりゃ、ポーンと何か浮かんでこないかなぁ……とか、そんなことで済めば警察はいらない。
とにかく、三日で三人が死んでいる。ひどいもんだ。
僕は、とりあえず三つ目の清次さんの事件に斜線を引こうと思った。これは関係ないだろう。持っていた三色ボールペンを黒から赤へカチッと切り替える。真っ赤にバツを書いてやる……。
そう思った時、手がひとりでに止まった。本当に、関係ないのか? 事件そのものは関係ないかもしれないが、関係ないことなどここであり得るのか?
犯人は、この殺人を望んでいたのかもしれない。かよ子と雪成を殺せば、必然的にこの殺人は起こると思っていたんじゃないのか? そして、都合よくかよ子と雪成の罪も被せようと思っていたんじゃないか? 「殺人」なんてもの、世間一般でみれば夢物語だろう。一家に人を殺せる人間が二人もいるなんてことはありえない。小説やドラマみたいに、殺人犯は、真犯人は一人だと決めつけてくれるとでも思っていたんじゃないか?
……子どもじみた話だな。そんなバカなこと思わないか。なんせ、犯人がいるならば、光留いわく存在するんだろうが、なんの痕跡も残さず二人も殺したんだ。頭は切れる奴だろう。……いや、本当に殺人は三つも起こったのか? 考えれば考えるほど頭が混乱してくる。
話を戻すぞ、そう、三つは繋がっているなら、やはり動機が大きく絡んでくるんじゃないかな。「偏狭な資産家一家」。叩けばいくらでも出てきそうだな。きらびやか過ぎて見れたもんじゃない大きなホコリが。
僕が一人で長い間唸っていると、「失礼します」と声がした。
「はい」と僕は答える。
「まだここにいらしたんですね」
その声は霧江さんだった。霧江さんは襖を開けると部屋へ入ってきた。霧江さんの顔は青ざめていて、普通に微笑んでいるのだろうが、幾分歪んでみえる。
「ええ、ここしかないですし……」
「あぁ、それでしたら……」と霧江さんが被せて言葉を発した。僕はその霧江さんの顔を見ていたら、時は今、ここしかないし、この人しかいない、と思った。
「……かよ子さんとはどういう関係だったんですか?」
他人行儀な聞き方だった。もちろん、他人だが、住み込みでの捜査ということで、今までは穏やかな雰囲気で接していた。ここでは数少ないまともな人間でもあるし。
「え?」、霧江さんの顔がますます青ざめていく。「どういう意味ですか?」
「そのままですよ。どういう関係だったんですか? 霧江さん、一応第一発見者だし」
「し……使用人です」
僕はすぐにその言葉が霧江さんから返ってくると思っていたのに、予想よりも遅く、そして動揺していることに疑問を抱いた。
「かよ子さんの死を悲しいと思いましたか?」
霧江さんは、憎しみを込めたような苦い顔をして僕を見た。初めて見せた表情だ。仮面が崩れてくるぞ。霧江さんも仮面を被っていたんだな。
「何を……、言うんです? 当たり前です!」と霧江さんは強く言い切った。
「この家で、かよ子さんの死を悲しむ人間は残ってますか?」
『残ってますか?』。僕はあえてそう言った。
「みっ……」、怒りを表した顔は言葉を発する。
「みんなです?」と僕は素早く言った。霧江さんは言葉をなくした。僕がさらったから。
「何が……言いたいんですか!? 私ももう疲れているのに……」霧江さんは手で顔を覆ってしまった。
「それを言いたいのはこっちですよ。僕はできることなら今すぐここから離れたい。ねぇ、霧江さん、もう一度質問してもいいですか? この家でかよ子さんの死を悲しむ人間は……」
「残ってます!」
僕が言い終わらないうちに霧江さんが答えた。秘密を持つ人間は感情的にさせたほうがいい。
「真実みたいですね。誰でしょう? あなたと?」
「夫と……」とゆっくりと霧江さんは言う。「圭一さん……」
そのまま言葉は続かなかった。「へぇ……、随分と減ったじゃないですか。『みんな』なんてとんだ大ぼら吹きですね」
「軽蔑します!」
霧江さんは真っ直ぐな目をしていた。まるで善人のような。そして強い非難を込めて僕を見ていた。まるで、僕が悪人のように。
「それも、こっちのセリフですよ」と僕は冷たく言った。「じゃあその人たち以外は、全員動機があると考えていいですね」
「何を……」
「雪成さんは?」と僕はたたみかける。「清次さんは?」
霧江さんはもう怯えていた。何に? 僕に? いや、それ以外の何かにも怯えているように見えた。「じゃあ登一郎さんは?」
僕は波に乗っていた。波に乗りさえすれば、後は自然とついてくる。「あなた、登一郎さんがこの家から消えて、悲しいですか?」
霧江さんは答えない。かよ子さんの時とはえらい違いだな。
「もう、残っている人全員、動機があると考えていいですかね」
「何を、言えばいいんです?」
霧江さんは諦めたようだ。僕は嫌らしく笑ったと思う。
「そりゃあ、いつだって聞きたいのは、隠していること、『秘密』ってやつですよ」
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