第20話 禁断の遊び
(夏樹)
なんだろう、この感じ、胸くそ悪いってやつだ。だって、あまりにも汚い奴らが、あまりにも汚い消え方をした。清次おじい様は登一郎おじい様によって殺された。登一郎おじい様……。僕は、登一郎おじい様の顔を思い出すだけで気分が悪くなった。
これで、良かったのかな。僕の嫌いな人間は消えた。でも、僕らはこれからどうなるんだろう。僕らの家業は? 今度は誰に仕えるんだろう。もしかして、もう終わり? そう思うと、僕はなんとも言えない空虚感に襲われた。あんなにここから出たがっていたのに。こことの繋がりが、百合との繋がりが消えるのか?
百合……。不思議なほどに今更自分に確信が持てた。僕って、やっぱり百合のこと好きだったんだ。
結局、綾北家一族ってものを、憎むに憎みきれなかったのは、百合のこと、好きだったんだ。夏のために、百合に会えるこの夏のために、僕は他の季節を生きていたんだ。もう、そういうの、なくなるのかな。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。誰かの喪失がもたらすものはとてつもなく大きい。それがどんなに自分が嫌悪していたものであれ。自分の中で占めるその感情が大きかった分だけ、どういうかたちでか返ってくる。僕は、綾北家に捕らわれていた。身も心も全て。綾北家が終わったら……、僕は……。
僕は強い、この上なく強い不安に襲われた。この不安を和らげてくれるのは……。
僕は離れへと走った。百合がどこにいるのか、まだ春香さんと一緒なのか、知らない。だけど、とにかく会わなくちゃ……!
「なつき」
その声が聞こえたのは、僕が焦りのあまり、靴を探せず、つっかけの草履も探せず、本邸の玄関から裸足で外に出ようとしていた時だった。
「雨降るよ、曇り空」
その声は続けてそう言った。空? 僕は言われるまま空を見た。確かに、空は黄みがかった灰色をしていた。いずれは雨を降らすのだろう。
「芽依……何してるの。今日は親と一緒にいろってば」
僕は一瞬驚いたが、まぁ、これもいつものことだ。芽依はいつも突然そこにいる。呆れの表情とともに、芽依に向かって僕は溜息混じりにそう言った。
「ふふ……、でもねぇ、私といたくないのはあっちなのよ」と言って芽依は笑った。正気を取り戻したような顔で。
今まではあまり目につかなかったが、おかしい事件が起こった今年は、芽依の「おかしさ」もまた一段と色濃くうつる。芽依、会う度に違和感の増す女だ。女? 芽依に対して「女」という感覚は今までなかった。だけど、僕の中で、芽依はもう「少女」ではなかった。
「そう……か」と僕は言った。それしか言えなかった。
「それになつき、じゃあ誰に会いに行こうとしてたのよ」と、芽依はトロンとした瞳で、なめまわすように僕を見ながら言った。いつもの感じだ。
「そ……それは」
そう、親といろって言ったのは僕だ。あれ? 僕は? 僕は今自分の親の存在を思い出した。今日は父さんにも母さんにもまだ会っていない。
「ねえ、秘密の話、しましょうよ」と芽依が僕に言った。
「いや……、断る」と僕は言って、強い敵意をみせた。
「ふうん……、本当?」と、芽依は小馬鹿にしたように首を傾げながら言った。付き合ってられないよ、全く。僕はそうこうしているうちに見つけだした草履をはいた。
「曇り空と密談。あまり相性がいいものじゃあないわね」
芽依は何かブツブツ言っていた。
「じゃあな、芽依。さっさと戻れよ」
僕は捨て台詞を吐いたつもりだった。
「ゆりとゆらってねぇ、ちょっと似すぎじゃないかしら?」と芽依は言った。「いくら双子でも」
芽依は見透かしたように僕を見た。「男と女なのにさ」
「何言ってんだよ」
僕は、立ち去りたいのに立ち去れない。
「私が持ってるのはね、ゆりの秘密よ」
もう、僕は立ち去れない。
「白いテーブルセットで、似合わない二人でデートしましょ。曇り空と密談。徹底的に似合わないわ」
「曇り空と密談がなんでそんなに相性が悪いのかわからないけど」
「だって……」と言って芽依が無邪気に笑う。「雨の音でしか囁き声は消せないじゃない」
「晴れの日は……」と僕が言い出した瞬間に、芽依が被せるように言った。「夏は蝉さんが守ってくれる」
少しの沈黙が僕らを包んだ。沈黙ぐらいしか僕らを包めなかった。
「だからね、相性が悪いんだってば」
そうなのかな……。僕は素直に納得することになった。
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