第18話 それぞれの愛のかたち(続きの続き)
八月十二日
どうしよう、どうすればいい? 夏樹が言ってた。夏樹が、芽依が見てたって、芽依がかよ子おばあちゃんが死ぬ、その時を見たって。
私じゃない! 私じゃ! 私じゃない! 芽依! だからあんな目を僕に見せていたのか? あぁ、どうしたらいいんだろう。ねぇ、君は本当にやったの? どうして? 僕がいけなかったの?
昔、してた、あの遊び。かよ子おばあちゃんとしてたあの遊び。君だけ連れていかれたあの遊び。いくら聞いても教えてくれなかった。私は君で、君は私。あれ? 僕は……。いつからこんな風になったんだっけ。あの頃からおかしくなった気がする。あれ? 僕は……そもそも男じゃなかったっけ? わからない。わからなくなってきた。ここはとてもこわい。
もう終わりだ。何も考えずにここから出よう。芽依のことももういい。芽依、僕のかわいい芽依。君のこと、守ってあげたかったんだ。ずっと見ていたかったんだ。かわいいその顔、その仕草、羨ましかっただけなのかな。芽依、さよなら。僕は、絶対に見捨てられないんだ。見捨てないよ、だって、君は僕で、僕は君だもの。
終わろう。もう、いつからか、終わっていたのかもしれないけれど。
(秋島)
僕は応接室のソファーに座り、「お前って、本当に刑事だったのな」と光留に言った。皆は、生気を失ったような表情で、静かにそれぞれ出て行った。彼らにも考える時間が必要だ。まだ頭が混乱していることだろう。いまいちわかりにくいこの一族の感情。捜査の厄介極りない。
「うん、当たり前じゃん?」
光留は長いソファーに横になっていた。まぁ、言われてみればそうだよな。
「それにしても、いいのか? 全員帰すって。だって、この家の誰かが犯人なんだろ?」
「うん、今夜わかる。てか、わかってる」
「そうか……」、ならいいんだけど……、って、「え!?」
僕はダレて座っていたソファーから跳ね起きた。
「えへへー」と光留は得意気に笑う。笑い事じゃない! こいつにこのつっこみをいれるのはもう嫌だが、僕は何度だってつっこんだ。
「何? わかったって、誰?」
僕は我を忘れて、光留に跳びつくように聞いていた。まるで「恋人は誰?」って質問みたいな明るさがそこにはあった。でも、もう僕は不謹慎だなんて思わなかった。
「うーん……、誰なのかなぁと思って」と言うと光留はサングラスを外した。外からの光は部屋には届いていなかった。
「え?」と僕は拍子の抜けた声を出す。
「誰なの? アレ」と再び光留は言った。しかも僕に向かって首をかしげている。
「わかってるって言ったじゃんか!」
「いや、意味が違うんだってさー」
光留は少し考え深げに俯いた。「誰?」と僕は懲りもせずに聞く。やっぱり光留はわかっていると思う。
「女か男」と光留は言った。
え? 当たり前じゃないか。このつっこみは僕の心にしまっておく。
「じゃあさ、僕は女だと思うな」と僕は言った。軽い弾みで言ったようなものだったが、光留は目を大きく見開いて僕を見た。光留の時だけが止まっているようだった。
「なんで!?」
そう言うと、光留は僕に跳びついてきた。ソファーから跳ね起きて、両手で僕の手を掴んだ。
「えぇ……?」、僕はそれに戸惑う。大事なこと言ったっけ? 光留から手を掴まれると、僕の腕には鳥肌が立った。
「何?」と光留がそれに気付いて聞く。
「いや……」、僕が女だと思った根拠は……。「放せよ……」と僕は力なく言った。
「りっちゃん……、怖がりなんだね」
「ばっ……」、ばかやろう、図星じゃないか。僕は素直に顔を赤らめてしまった。
「でもその女は違うって」と光留が言った。はて、読心術でもあるのか? その女ってのは、僕が思い浮かべている女でいいのだろうか。あの暗闇の中、垂れた長い髪。僕の腕を掴んでいた……。
「あれは俺だから」
「え?」
「りっちゃんの手を掴んでたのは俺なの」
「違うっ! 髪の長い女だ」、僕は言い切った。
それを聞いた光留がにやりと笑った。「ふーん……、髪の長い女なんだね」
なんだかしてやられた感がある。「ばかばかしい! 忘れてくれよ、悪夢に出てきた女なんて!」
「いやぁ、零課らしくなってきたじゃん、りっちゃんも」と光留は嬉しそうに言った。ばかばかしい! 僕はまた思った。そしてそのまま席を立った。
「あ、りっちゃん! ちょっと今夜なんだけどさ、今夜、何かが起こるんだからね」
「何?」と僕は言った。誕生日のサプライズパーティーが起こるぐらいのノリだった。
「現行犯で捕まえなくちゃなのよ、これ」
「今捕まえればいいだろ!」
「現行犯しかないんだって、証拠も何もないんだからさ」
「じゃあ……なんで……誰だよ!?」と、僕はやけくそになって言葉を吐き捨てた。
「りっちゃんの言う通り、髪の長い女なんじゃないの?」
冗談か? 光留は嫌らしく笑っていた。光留の目の奥を見ても、何も見出すことはできなかった。瞳には光が宿っていない。それは、きっとこいつのせいじゃない。太陽のせいだ。だけど、太陽がこいつを嫌うのもわかる気がした。
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