第15話 無様でいて場違いな殺人(続きの続き)

(秋島)



 葬儀屋みたいな連中だなぁ。自分を客観的に見たらこんな風なのかな? だったら嫌だなぁ、僕はボケっとそんな事を考えていた。葬儀屋は雪成さんを淡々と片付けていった。ただの流れ作業だった。彼らにとっては死体は人形と一緒。そうしなきゃやってられないから。『生』と『死』、対象が生きているか死んでいるかで扱いが変わる。同じ人間であると頭では理解していても、脈が止まればそれは「モノ」となる。じゃなきゃやっていけないんだ、こんな仕事。

 だけどそれは、「恐怖」ではないか? 担架に乗せられたもの。「人間」でも「人形」でもない。「恐怖」を乗せている。質量を伴って物体として存在できないモノだが、あれは「恐怖」そのものの気がしてならない。

 僕は縁側に座り、雪成さんが車に乗せられていく様を見ていた。シルバーのワンボックスカー。黒塗りの窓。どこででも見かける国産車だ。皆、まさかあんなモノを中に乗せているとは思わないだろう。その車は素早くこの敷地から消えてしまった。何も聞かず、語らず、彼らは、ただ死体を車で運ぶ仕事を、数秒の手間どりもすることなくやってのけた。あれも警察か? 『白痴』。僕の頭の中にその二文字が白い光と共に浮かびあがる。落ち着かないから、僕は親指の爪を人差し指で掻いていた。


「秋島警部!」

 そこには、こてこての警察の制服を着た青年が一人立っていた。立派に伸びた背筋は若さを感じさせる。正義感に溢れ燃える瞳。僕にはこんな瞳の光はなかったと思う。いつの頃にも。

「何?」と僕は返事をした。

 僕は爪いじりをやめてその巡査に向き合った。

「現場検証はあらかた終わりました。確認をお願いします」

「あぁ……」と言って、僕は重い腰をあげた。本当に重かった。

 血しぶきが舞い踊る猟奇殺人、そんな名称をつけたい。巨大な獣が深夜未明、綾北家の塀を乗り越え、運悪く清次さんの部屋を嗅ぎつけた。その部屋にある箪笥やその他の家具はぞんざいに踏みつけられ、粗雑にあしらわれた。そしてそのついでに、清次さんも壁に飛ばされ地に落ち、踏みつけられた。

 ……と、いうことにしてもいいんじゃないかな。僕は冗談を言っているのか、本気でそう思っているのか、自分でも判断がつかなかった。

 無残に飛び散った血しぶきは、湿気を帯びて薄く緑に変色している襖や壁を染める。鮮やかではない、どす黒く錆びついた、茶色に似た赤だった。流れている血が濃すぎるんじゃないか? この人間の血はそもそも赤くないんじゃないかな、不思議とそんな事を思いながら、第三の「現場」となった清次さんの部屋を見渡す。注意深く見ることなんてしなくていい。今までの二つの死体とは違う。明らかに殺された。憎しみが動機による犯行。謎は解くまでもない。堂々と、「俺が殺した」と奴は言った。


 汚い血を、汚い顔に、手に、服に浴びて、人間の中で最も醜い部類のように見える男は、遥か昔の偉大な戦国武将でも倒したかのように勝ち誇っていた。何か名誉のあることを、正義のためにやったのだ、と言わんばかりの達成感と誇りに満ち満ちた顔で言った。

「俺が殺した」


「なぜですか?」と僕は聞いた。

「お前の手助けをしてやったんだよ」

「なぜ殺したんですか?」

「かよ子と雪成を殺した犯人を、俺が殺してお前の代わりに終わらせてやったんだよ」

「なぜ犯人だと思う?」

「かよ子と雪成は俺のものだからだ」

 醜く笑う登一郎さんの口元は、永遠にその下劣さを隠すことはできないだろう。

「全てを終わらせるのはこの俺だ。ここは、俺の家なんだから」

 その時の登一郎さんは、まだ手に凶器を持っていた。僕は一通り話を聞いて相手を満足させると、目で合図を送った。渡さんに。

 渡さんは、素早く登一郎さんの凶器を持つ手めがけて鮮やかに手刀を放つ。自分の腹心の素早い動きに呆気にとられる登一郎さん。隙だらけだった。僕に向かっていた視線が逸れた瞬間、僕は登一郎さんに向かって駆け出し、白い長襦袢の襟を掴み、足をかけ、床に倒した。登一郎さんが倒れ込む音は、地の底から響くような、とても大きな音だった。

「もしかして、切腹でもしようって腹でしたか?」と僕は顔を近づけ、ぼそと囁く。「許すわけないでしょう、罪は償ってもらいますよ」

 登一郎さんの顔から笑みは消えていた。僕はひどく冷たい声を出したと思う。「あなた一人の命で償える罪なんてないんですよ」

 そんなやりとりをしていると、地元の警察がとりあえず来た。とりあえず、だ。「ほっ、本庁からのお達しで、私どもが担当をしろということでっ」と、慣れない感じで言われた。どうにも頼りなかったが、ただの殺人だったのでそのまま任せる。

「舌切らせないように気をつけてくれ」と僕はそれだけ注意した。

 登一郎さんは、でかい図体を二人の警察官に抱えられ、従順な犬のように連れられて行った。意外だった。あっさり戦意を喪失していた。興奮していた頭が、体に衝撃を受けたことにより一気に冷め、一瞬で我に返ってしまったのかもしれない。似合わない、余韻を残す哀しい目をしていた。そしてそれは……、渡さんに向けられたものだった。当の渡さんは、目を地に伏せ、小刻みに震え続けていた。


 僕は、今一度その部屋を見渡し、酷く憎しみを込めて清次さんの布団に一瞥をくれた後、事情聴取を受けている渡さんに目をやる。僕に気付くと、渡さんを聴取していた警察官が敬礼した。僕は会釈でそれをあしらった。相手がムスっとしたのがわかる。

「何か格闘技でもしてたんですか?」と僕は割り込んで渡さんに聞いた。渡さんの隣には霧江さんが寄り添っている。

「いえ……、いや、まぁ少し……。あのお二人のケンカを止めるには、体を鍛えてないとダメだったんで……」と、困ったような笑みを浮かべながら渡さんは答えた。

「巡査長! ちょっといいですか?」

 遠くから、背筋の伸びた警察官の大きな声が聞こえた。

「渡さんなんですけど、ちょっと署での聴取は待ってくれませんかね……」と僕が言うと、さっきムスっとした巡査長とやらが、またもやさらにムスっとした。

「わかっていますよ」と言い放ち、渡さんを置いて声の元へと向かった。

 僕も、連れていってくれないか? 僕はそっち側の事件を扱うそっち側の人間なんだよ。だけど、その彼らからしてみれば、僕はあの葬儀屋と同じ人間だと思われた。上も別事件としてとらえてる。それはいい、それはいいんだ。この清次さんの事件は、やはり今回の本筋からは外れたものと見なしていいはずだ。……多分。

「僕は、そろそろ光留と合流して皆さんに報告することにします。だいぶ片付きましたから」と僕は気を取り直して言った。

「はい、それで私たちは……」と霧江さんがか細い声で、すがるように僕に問う。

「あの警察官たちの聴取に付き合って下さい。おそらく長くはならないでしょう。もう手がまわってるみたいだし」と言って、僕は少し皮肉って笑った。「落ち着いたら来て下さい。あっちのことは任せてもらっていいですよ。だって、これで役者は全て消えたんじゃないですか?」 

 役者は全てそろった、の逆だ。

 そう言った後、急に胸が苦しくなった。僕はいつのまにか笑っていたようだ。これじゃ光留と同じだ。渡さんと霧江さんの視線が痛かった。「奥の間」の人間はみんな消えた。……みんな。あなたたちは違いますよね? 僕は二人に、心の中でそう問いかけた。

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