第6話 開かずの間にて

(秋島)


 僕と光留は、霧江さんに連れられ木板の廊下を歩いている。

「あの、本当によろしいですか?」と霧江さんが聞いてきた。

「えぇ、僕たちはそんなこと気にしないので」と僕は笑って答えた。

「そりゃ、刑事さんですものね。かよ子様のお隣のお部屋が怖いなんてことはありませんよね、すみません。部屋はたくさんあるんですけれど、皆様が帰ってくるこの時期だけは、部屋が足りなくて。一人一部屋お使いになられたりするものですから……」

「家族でもですか?」と僕は聞く。

「ええ、そうなんです」

 そこで、後ろから続く光留の足音が止まった。僕はそれに気付いて振り返る。光留はある部屋の前で立ち止まっていた。

「何だ?」と僕は渋々聞いた。僕は早く自分の部屋まで行きたかった。

「霧江さん、部屋はそこでしょ?」

 光留は、立ち止まったその場所から霧江さんに聞いた。

「え、ええ。ここですよ」

「そうなんですか!」

 僕はすでに自分の部屋の前まで案内されていた。ということは……。

「霧江さん、もういいよ。ありがとう」と光留が言う。霧江さんはなんとなく流れる不穏な空気を読み取った。

「はぁ……、では、何かありましたらお申し付け下さいね」と、霧江さんは少し怪訝そうな表情を浮かべながら言い、それでも最後に少し笑みを添えて、光留に言われるままに去って行った。

「光留、とりあえず僕たちの部屋に入ろう」

 僕は立ち止まったままの光留に呼び掛ける。そこは後でいいって。

「りっちゃん、とりあえずここに入ろう」

 光留は僕を見ることなく、真顔でその部屋だけを見て、呟くようにそう言った。当然、僕は今すぐかよ子さんの部屋に入るなんて気分じゃなかった。

「なぁ……、荷物ぐらい置こう……」

 僕が一度下を向き、頭をかき、そして再び光留を見ると、すでに襖には光留の手が添えられ、今まさに襖を開ける、という瞬間だった。

「やめっ……!」、僕は思わず声を出した。

 光留は部屋の前に立ったまま、薄ら笑みを浮かべて僕を見た。嫌な予感がする。

「ビンゴだぜ、りっちゃん」

 僕はその言葉を聞くと、光留に駆け寄り、開けられた襖から中を見た。「うっ……」、またもや思わず声が出た。嘘だろ……。

「誰……だ?」

 僕らは中に入って行く。

「んー……、残念な初対面だね」と光留が軽快に言った。「綾北雪成さん」




 (夏樹)


 とりあえず本邸に戻るしかない。予想通り離れにはいなかった。一体どこに行ったんだ? この敷地内にはもういないんじゃないのか? でも、誰にも言わずに一人で? 雪成おじさん……、優しい人だった……気がする。

 僕は草履に片足を突っ込んだ。その時、外から人の話し声が聞こえてきた。それは近づいてくる。僕は草履を履くと急いで表に出た。

「あれー、夏樹じゃん?」

 真っ先に僕に絡んでくるのは由良だ。まぁ、男同士だし、仲がいいんだ。僕から見れば、由良はちょっと子供っぽいんだけどね。僕は、僕になついている弟って感じで接している。

「夏樹だよ」と僕は堂々と言った。「もう刑事さんの話は終わったのか?」

「うん、終わった終わった。ほんと疲れちゃったよ。どうでもいいよ、俺らにはさ」と、由良は溜息まじりに愚痴っぽく答えた。

「でも、どうなるのかな。やっぱり何かあるんだろうね。こうやって警察が来るんだもの」

 由良の隣で、百合が用心深そうに小声で言った。

「心配することなんてないよ、百合」

 百合の不安を感じ取って、由良はすぐに百合に言葉をかけた。その顔には、なんとも言えない優しさが含まれているような気がした。双子か……。僕はなぜか心の中でそう呟いた。

「……そうね」

 その言葉を聞いて、百合が力なく笑う。だけど、百合から完全に不安は取り除かれたわけではなさそうだ。

「あっ!」、百合が声を上げた。

「どうした?」と由良が聞く。

「芽依ちゃんは!?」

 一同ではたと気づく。いつも隙をついて逃げるのは芽依の得意技だ。

「あれ? 本邸にいるのかな、いるんじゃないの……」、「探すっ!」

 由良が面倒くさそうに頭を掻きながら言うのを遮り、百合が断定的に言葉を放った。

「え? なんで?」と由良がきょとんとした顔で聞いた。

「だって、心配じゃん。今、こんな時に」

 百合はもう体の向きを変えて走り出そうとしていた。

「待って!」と僕は言い、百合の手を掴んだ。「僕が探すよ。どうせ本邸に戻るんだ」

「本当っ!?」

「百合……、いつものことじゃないか、芽依がいないなんて。敏感になりすぎだよ」と僕は改めて百合に言った。警察なんかが来たから、急に怖くなったんだろう。推理ゲームなんてしている場合じゃなくなったんだ。

「百合、おいで」と由良が言った。百合は由良のもとへ行く。由良は百合の肩を抱きながら離れへと向かう。「あ……」、その時、由良が何かを思い出したように呟いた。


「父さんは?」


「……、見つからないんだ」と僕は素直に答えた。


「そうか……」と虚ろ気な目で由良は言った。

 僕は何か言いたかったけど、そのまま二人が離れへ入って行くのをただ見ていた。一筋の汗が僕の頬を伝った。僕はそれを手で拭う。「暑い……」

 僕は小走りで本邸へと戻る。探し物が二つ。まったく……、手のかかる綾北家だ。

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