第2話「叩けボールをミートで、広く打ち分け遠くへ…」
—とある公園—
彼女に依頼するのが最終手段だと教祖が話していたことを泉は思い出していた。
彼は自分の入会している宗教団体がLSDを使って信者を洗脳をしていることが、公安に告発されそうになっているという情報と証拠を掴んでいた。その証拠は資料形式になっていて、写真までついている。
(これが公安に渡ってしまっては、我が教団がカルト認定されて、俺を含めて、教祖も逮捕されてしまう)
この資料を作った人物を探し出そうと、教祖と泉の2人で全ての信者の調査を秘密裏に行なったが、公安と繋がりのある人物は見つけ出せなかった。
「だから、この資料を作った人物を特定することと、この資料を全て消し去ることが依頼なんだ」
泉は目の前の女子高生に話した。
「話はそれだけ?」
ともこは泉に聞き返した。
「ああ。それだけだ」
泉はともこを疑うような目つきで見る。教祖が話していた「ともこ13」という一流の仕事屋が目の前の女子高生だなんて信じられないからだ。
「わかった。依頼金が振り込まれ次第、仕事にとりかかる」
ともこは素っ気なくそういった。泉は本当に彼女に任せていいか不安が拭えないが、教祖が彼女のことを信頼しているし、依頼金も馬鹿にならない値段なのだ。彼女のことを信用するしかないと思った。
……しかし、こんな女子高生に何ができるんだ?
—宗教道場—
泉はともこに道場の案内をしていた。彼女に対して包み隠さず全てを話すように教祖から命じられていた彼は道場の中を丁寧に説明する。瞑想するための大広間や、洗脳に使う地下室だったり、一部の信者の為につくった寮を見せて回っていたが、彼女は特に興味もなさげで、メモすら取ろうとしなかった。
ひとしきり見せて回ったところで応接室に戻り、お茶を出した。
「他に見たいものはあるか?」
泉の質問にともこは応接室に置いてあった仏像を指さした。それは両手で抱えることのできるサイズだ。
「あれがあんたたちの崇拝している神様?」
「そうだけど……」
ともこは仏像に近づき手で触った。それは専属の職人たちが木を彫って作っているものだ。彼女は仏像を拳で軽く叩き始める。
「おい! 何して……」
「静かにして」
ともこは泉を制した。彼はどうしてか彼女の言葉に凄みを感じ萎縮してしまう。仏像からポコポコと軽い音が響く。
「これは何処で作ってるの?」
「それは工場にいる職人が作っている」
「最近になって作られたもの?」
「そうだ。ちょうど今日の午前中に入れ替えたばかりだ」
ともこは仏像の首の部分にわずかに切れ目が入っているのを見つけた。仏像の頭を捻ってとると。中身は空洞になっていて、資料が入っていた。ともこはそれを取り上げて、泉に渡した。
「これは…」
泉は資料に目を通した。告発文章のコピーだった。彼の手は震えていた。まさか、職人が裏切り者だったとは。職人は、協力者が今日生産した全ての仏像のどれをとってもいいように、全ての仏像に資料のコピーを入れたんだ。
「これ以外の今日に作られた仏像はどこに?」
ともこは泉に訊ねた。
「この道場の分は50体ある。そこのダンボールに積んである分だ」
泉は応接室の隅に積んであったダンボールを指差した。まだ、1つも信者に配っていないのは幸いだが、それが全てではない
「関東支部に送る分も150体ある。それは午後1時の貨物列車で送られる予定だ」
泉は腕時計を見た。午後2時を指していた。もう貨物列車は出てしまっている。
「ちっ。どうすれば……」
ともこは泉の言葉に構わず応接室を出た。
「おい、どこに行くんだよ?」
「関東に送られる分の資料を消しに行く」
泉はともこの言葉に驚いた。
「そんなの不可能だよ。もう貨物列車は出てしまっているんだ」
「そんなこと関係ない。資料を消し去るのが依頼と聞いている」
—とあるスポーツ用品店—
ともこは小さな作業場の隣にある、SSKの看板が掲げられた薄暗いスポーツ用品店に入った。
山本は人の気配を感じて、スポーツ新聞から顔を引き剥がし、老眼鏡をとると、ともこの姿を認めた。
「久しぶりだね、ともこちゃん。バットの注文かい?」
ともこは首を横に振った。
「バットの芯の辺りに点火ハンマーをつけて欲しい」
店主の山本はともこの注文をうまく飲み込むことができなかった。
「このバットに点火ハンマーをつける? どういうこと?」
ともこはポケットの中から、一見するとただの鉄屑に見えるような小さな点火ハンマーを取り出した。それはグレネードランチャーの部品の一部だ。
「この鉄を取り付けることはできないでもないけど、バットが重くなってしまうよ?」
山本は点火ハンマーを受け取り、ペンライトで照らして観察する。
「だからバットを全体的に細くしていつもと同じ重さにしてほしい」
「……できないことはないけど、2日ほどかかるよ?」
「待てない。2時間後に受け取りに来る」
そう言ってともこは封筒を机の上において、立ち去った。
やれやれと山本はため息をついて、茶封筒を開けた。中には1000万円が新札で入っていた。
—とある峠—
泉は峠道で車を止めた。
ガードレールの向こう側は深い谷になっていて、底に線路が引かれてあったが、深夜なのでよく見えない。
ともこ曰く、様々な駅で集荷しているので、まだ大阪府外を出てはおらず、深夜になってやっと東京へ向かうらしく、仏像をのせた列車はここを通るらしい。
ダッシュボードの時計を見ると、ともこの指定した時間の10分前だった。泉は車のヘッドライトを消して、運転席を倒した。
泉はともこがここに呼び出した意図が全くわからなかった。こんなところでいったい何をしようというのだ? 貨物列車を無理やり止めて強盗でもしようというのか?
不意に対向車線側からヘッドライトで照らされた。泉の車のそばにタクシーが止まり、ともこともう一人の女子高生が降りてきた。
ともこは制服の上から阪神タイガースのユニフォームを羽織り、バットケースから特注のバットを取り出した。
その様子をみた泉はギョッとする。
(アイツは一体何をしようというのだ?)
「ここでバッティング練習でもするのか?」
泉は車から降りて、ともこに話しかける。
「貨物列車のコンテナに“たま”を打ち込んで、資料を消す」
泉はともこの言葉に呆れた。今から世紀の手品ショーでもはじまるというのか?
「冗談もやすみやすみにしてくれ。ボールを打ったとしても狙って当たるわけがないだろう。仮にボールが当たっても、コンテナは鉄で出来ているんだ。跳ね返るにきまっているだろう」
「ボールを打つんじゃない。“たま”を撃ち込むの」
と千尋は言って、カバンからグレネード弾を取り出し、手のひらで弄ぶ。
「弾のお尻の部分についてるプライマーポケットに、点火ハンマーがぶち当たればバレットが発射される。ともこのバットに点火ハンマーがついてるから……あとはわかるでしょ?」
そう言って千尋はプライマーポケットを指先でつついた。
泉はその様子を見て度胆を抜かれた。彼はそんなこと不可能だろうと言いかけると、ともこが素振りを始めた。泉はその様子に思わず口をつぐみ、息をのんだ。
そのスイングは無駄のない美しいものだった。強豪校の野球部でプレーしていた泉は、あるチームメイトのことを思い出す。
(そいつのスイングを見て、俺はプロ野球選手にはなれそうにもないと思ったっけ……。そいつはプロに行ったけど、彼女はそいつと全く同じスイングをしている……)
やがて、仏像を載せた貨物列車がトンネルから出てきた。線路を軋ませて這うように進む列車を見た千尋はグレネード弾をともこにトスする。ともこはバットをスイングすると、バットの芯に取り付けられた点火ハンマーが、弾のプライマーポケットを正確に叩いた。
まるでエアガンを撃ったような音が響いた後、バレットは月に届きそうなぐらいに高く上がって、落下していき、目標のコンテナに当たり爆発した。
泉はともこの放った打球に心を奪われ、放心状態だった。
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