ともこ13
乱狂 麩羅怒(ランクル プラド)
第1話「気高きその雄姿、比ぶ者はないさ…」
―とある暴力団事務所―
暴力団の組長と若頭、顧問弁護士が深刻な表情で話しあっていた。
「どうしても警察は面会を認めないようです。差し入れなんてもってのほかです。あんな事件を起こし、社会に多大な影響を及ぼしたのだから当然でしょう」
弁護士はどうにもならないと言いたげに首を横に振る。
「もうどうにもなりませんか?」と、若頭は弁護士にすがるが、
「ええ、私の力ではどうにもなりません。では、次の仕事があるので」
そう言って弁護士は部屋を去った。
「どうします組長? 息子さんに用意した誕生日プレゼントは渡せないですけど」
若頭は机の上に置いてある丁寧にラッピングされたプレゼントに目をやった。
「……まだ、手段はある」
組長は重々しく口を開いた。若頭はその言葉に首を傾げる。
(手段はある? もうこれ以上、どうすることもできないのに……)
「電話をかけてくれ、番号は……」
若頭は言われたとおりに電話をかけた。
—とある高校—
授業中、机の上に突っ伏して寝ている女生徒は携帯のバイブレーションで目を覚ます。
「先生。トイレに行っていいですか?」
「ああ、どうぞ」
女生徒はトイレには向かわず、空き教室へ向かい、そこで携帯を取り出した。
―とある公園―
若頭は指定された公園にやってきた。腕時計で時間を確認すると、約束の時刻まで10分もあった。
周りを見回しても誰もいなかったので、時間を潰すためにポケットからタバコを取り出し、火をつけようとすると、
「話を聞こうか…」
若頭は突然後ろから声をかけられた事に驚き、思わずタバコを落としてしまった。
振り返ると、女子高生が木を背に立っていた。黒髪のショートカットで事務所の近所にあるあすなろ高校の制服を着ていた。顔つきは美人であるが、どこか威圧感がある。
「嬢ちゃん。人を脅かせるようなマネはするなって親に教わらなかったのか? ああ?」
若頭は女子高生を凄んで追い払おうとしたが、彼女は怯まなかった。
若頭は、自分が凄んで怯まなかった人物がこれまでいなかったので、彼女の動じない姿に驚いた。
それに、彼女のたたずまいは沢山の場数を踏んできたと若頭の勘が告げている。
「高橋組の若頭、佐藤芳郎。組長の高橋啓二の連絡係でここにいるんでしょ?」
「どうして俺の名前を…」
「あんたが知る必要はない。さっき私の携帯に電話をかけてきたんでしょ?」
彼女が電話番号を告げた。その番号は若頭の携帯の電話番号だった。
彼女は小遣い稼ぎで連絡係をしているのだろうと若頭は思い、依頼の話を切り出した。
「プレゼントを渡して欲しいんだ。組長の息子さんはいま刑務所の中に居て、面会も差し入れもできない。だが、明日は息子さんの誕生日だ。どうにかしてプレゼントを渡してほしい」
「ふうん、それで私のところに来たんだ」
女子高生はそう言った。
それで私のところに?
その一言が若頭の頭に引っかかる。まさか、この女子高生が仕事をするのか? 女だから色仕掛けでも使って刑務所の中に入るのか? それとも警察の重役の娘とか?
「プレゼントの大きさは?」
「5cm×1cmの小さい小包だ」
「もちろん、そのプレゼントは原形をとどめておいたほうがいいよね?」
「はあ?」
若頭は言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
「当然だ。大事な誕生日プレゼントなんだぞ」
「そのプレゼント持ってるでしょ? 見せて」
「ああ、これだ」
若頭はセカンドバッグからプレゼントを取り出し、彼女に手渡した。
「それと依頼に条件がある。プレゼントを届ける現場には組長が立ちあうことだ」
若頭は組長に口酸っぱく言われた条件を口にした。
彼女は疑うような目つきで一通りプレゼントを見回したあとにこう言った。
「わかった。依頼を受ける。このプレゼントは私が組長の目の前で責任を持って届ける。これはしばらくあずかっておく」
「ああ、かまわないが」
若頭は言葉の意味をうまく飲み込めなかった。
『私が組長の目の前で責任を持って届ける』だって?
若頭はよっぽど彼女に無理だろうと言おうとしたが、組長から仕事人の言うことに従えと言われていたことを思い出した。
「じゃあ、依頼金は指定のゆうちょ銀行の口座に振り込んでおいて。入金を確認したら仕事を始める」
そう言い残して女子高生は立ち去った。
若頭はその後ろ姿を眺めていた。
……無茶な話だ。刑務所の中で、誰にも会うことが許されない状況で、あのプレゼントを届けるなんて。しかも、組長の目の前で届けろって、あんな女子高生じゃなくても、誰でも不可能だ。
―とある暴力団事務所―
「それで、依頼できたんだな?」
「ええ、銀行に金が振り込まれ次第、実行するそうです」
若頭は組長に今日の行動を報告した。
「……今年のホームラン王はだれになると思う?」
若頭は突然の組長の質問に面食らった。
ホームラン王? プロ野球のことだろうか?
「えっ? ええと…たぶん、西武の山川じゃないですか?」
「ああ、このままのペースで行けば彼だろう。だが、それはプロ野球に限った話さ。プロ野球に限らないとなると、おまえが今日会った女子高生がホームラン王になる」
「はあ…」
「俺の言葉の意味がわかる時がくる。今日はさがれ」
「はっ」
若頭は頭を下げて部屋をでた。
今日は変な1日だ……。疲れたな。
若頭は首を傾げながら自分の持ち場に戻った。
―とある拘置所から数十メートル離れた公園―
深夜1時をまわった。若頭と組長は拘置所の近くにある公園に立っていた。辺りは住宅街で人通りはない。そこは先日の女子高生が電話で指定した場所だった。
「そこでプレゼントを渡す」と彼女は言った。
しかし、現実的に考えてそこからプレゼントを渡せるわけがない。渡す相手がそこに居ないし、そもそも拘置所から距離が離れている。
しばらくすると、一台のタクシーが公園の近くに止まった。2人の人物がおりてこちら側にやってきた。
片側は例の女子高生だった。彼女は制服の上から阪神タイガースのユニフォームを着ていた。もう片方は同級生だろう。同じ制服を着て、リュックサックを背負っていた。
「おまたせ、例のプレゼントを今から届けるよ」
彼女は組長にそういって、もう片方の荷物からソフトボールの様なものを彼に見せた。
「これの中身はプレゼント」
彼女はボールを開けるとプレゼントが入っていた。
彼女の助手と思われる女子高生は静かに彼女に近づき木製バットを手渡した。
おいおい、まさか……と若頭は思わず尋ねた。
「それを打つのか?」
「そう」とだけ彼女は答え、素振りを始めると、バットが風を切る小気味よい音が聞こえる。
「ちょっと待ってくれ…」
そう言いかけた若頭を組長が後ろから肩を掴んで制した。
「…………」
組長は何も言わずに女子高生を見ていた。それをみて若頭も黙った。
彼女が素振りを終えると、拘置所を見上げた。
あの建物の7階の独房に、組長の息子はいる。
風は出ていない。
窓の外に柵が付けられているが、柵と窓に隙間がある以上、それは意味を成さない…。
軸足で地面の硬さを確かめて、軽く穴を掘った。左手を下におろして軽く振りながら、右手を拘置所の方へ突き出しバットを立てた。ともこはある程度目測をつけてからバットを静かに構えると、月明かりがユニフォームの背番号13を照らした。
助手は静かにプレゼントの入ったボールを彼女のほうへ、トスした。
彼女は鋭くバットを振り切ると、乾いた、調子の良い音が響いた。
ボールは空高く上がり拘置所の方へと飛んでゆく。
そのままボールは窓の外の柵の間を見事にすり抜けて、窓ガラスを割った。
―独房の中―
突然、窓ガラスが割れ、部屋の中にボールが飛んできた。そのせいで高橋信二はベッドから飛び起きた。
いったい何なんだ?
寝起きで頭がよく回らない中、部屋を見回すと、ボールが割れて中に小さな箱が入っていた。なんだろう?
箱を手に取ると親父が書いたであろうメッセージカードがひらりと落ちた。
―息子よ、誕生日おめでとう。もう21歳になるんだ。死んだ母ちゃんを悲しませるようなことはするな。―と親父の筆跡で書いてあった。
信二は鼻をふんとならした。俺は別の組の連中に嵌められて檻の中にいるんだ。母ちゃんを悲しませるようなことはしてない。
プレゼントを開けると、中から鍵が出てきた。
それは彼が入っている独房の鍵と一致していた。
―とある拘置所から数十メートル離れた公園―
若頭は口を大きく開けていた。
まさか……あんな女子高生が大きな打球を放つなんて……。
女子高生2人は打球の行方を見届けると、荷物を纏めて静かに立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
若頭は彼女を引き留めた。
「あんた、一体何者なんだ?」
女子高生は振り返った。
「ホームランを打つのが私の仕事」
彼女らは捕まえたタクシーに乗り込んだ。
組長は仏頂面のまま口を開いた。
「彼女はプロだ。どんな仕事も必ず成功させると聞いた」
若頭にそう言った。
「あんなやつが居るなんて。名前はなんて言うんですか?」
「俺も詳しく聞いたことは無いが『ともこ13』と呼ばれているらしい。ある意味女子プロ野球選手だ。惚れ惚れとするいいスイングだったな」
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