ダンジョンもぐる

麦 梵太蝋

第1話 M市の廃ホテル -intro-

―――ひとくちに東京と言っても、実は広いんだよ。


深見 もぐるは、上京前に母に聞いた言葉を反芻した。


全くその通りで、のもぐるが想像していたより、東京はずっとフクザツだった。

東京と聞けば誰もが想像する、華やぐ街や、空の青を映した鏡のようなビルの群れ。

そういう場所も確かにあった。


だが、それだけではなかった。

車窓の外、街の灯の上にのしかかるような重黒い影を、もぐるは見やる。


山。

東京とS県の県境に、特に有名でもないその山はあった。

日中は地元の老人の散歩コース、夜は真っ当な者は寄り付かない。

そんなありふれた山だ。

東京からS県に向かうトラックは、この山を縦貫する道を行くのだという。


もぐるは、昔遊んだファミコン・ゲームのことを思い出す。

町と町の間にフィールドがある。

フィールドにはモンスターが出る…


カーラジオからは、もぐるが生まれる前の古めかしいポップスが流れている。

運転席の「センパイ」はこのチャンネルがお気に入りらしい。

上機嫌にも、ラジオに合わせて歌を口ずさんでいる。


《あなたに会いたくて 行くあてもない旅に出るわ 飛んでいきたいの》


含蓄のない歌詞に耳を傾けながら、もぐるは深く目を閉じた。


ああ、―――



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



M市の山中にあるホテル「紅梅楼」には、前々から良からぬ噂があった。


いわく、幽霊が出る。

いわく、ならず者の溜まり場になっている。

いわく、ホームレスが住み着いている。


「紅梅楼」は昭和XX年には既に営業を停止していた

「らしい」という言い方になるのは、廃業届が出ておらず、いつ店を畳んだのかも定かではないためだ。

昭和XX年に、ここにたむろしていた不良グループが小火ぼやを起こし、初めて行政は「紅梅楼」が廃墟であることを認識した。

事業主の行方は不明。夜逃げか、あるいはどこかの山か海の中にでも埋まっているのかも知れない。


小火騒ぎ以降も、「紅梅楼」は廃墟としてそこに在り続けた。それなりに大きな建物であるし、所有者が見つからぬ現状では代執行も行政の手弁当だ。腰が重いのも当然のことだった。

先に述べた良からぬ噂があるから、真っ当な地元民は「紅梅楼」には近づかなかった。だから何事もなく、時が過ぎていった。


ところが3カ月前、行政の重い腰を蹴飛ばすような事件が起こった。


「紅梅楼」で、肝試しだ―――

市の中学生、Aは友人グループとの勝負事の結果、そのような罰ゲームを言い渡された。このことを警察が知った時には、既にAの行方が知れなくなってから1週間が経過していた。


すぐに巡査部長Bおよび巡査Cが捜索に向ったが、夜になっても帰ることはなかった。未熟な巡査CはAの父親Dに肝試しの件を漏らしてしまっていた。人知れず「紅梅楼」に向かったとおぼしきDは、もみの樹に逆さにくくられているのを早朝のジョギング客に発見された。


特定危険建造物ダンジョン―――国土庁による認定には、さほど時間を要さなかった。認定と同日、警察は捜索隊の解散を宣言。捜索の一切を組合ギルドに移管した。


「第279号特定危険建造物」。それが持ち主の失せた「紅梅楼」に与えられた、新たな名である。

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