第一幕 2.レェィズィパーソン、驚かれる

AM10:54 ヴィム家~ヴァネッサ地方役場


 「ふぁ~、眠っ。」

いかんいかん、欠伸が止まらん。これで家を出てから丁度、10回目の欠伸だ。それにしても、折角の休日だというのに貴重な寝坊する為の時間が失われてしまった…。はぁー、16才の誕生日か…。全く、ヴァネッサ家も面倒な義務を作ったものだ…。そう、我がアウエンミュラー帝国の2番目の家柄であるヴァネッサ家は代々、ヴァネッサの音楽史を守る為に治めている民から音楽の才能をある者を決め、16才になった者を招集しその適正を見極めているのだ。どうやらというものがあるらしいがそれに合格した者を音楽の加護持ちと言い、名誉職である、ヴァネッサ家専属の音楽楽団に抜擢される。これがヴァネッサが音楽の都と呼ばれる原因でもある。因みに、アウエンミュラー家が帝国第1の家柄であり、その家長が皇帝を名乗っている。その為、アウエンミュラー帝国と形式上はなっているのだ。

「しかしなぁ、適正も何もクソもないよなぁ…。」

思わずぼやいてしまった。だって、自分が選ばれるとは到底思えない。音楽音痴だもの…。学校の音楽の成績は大抵1、良くて2。実技はいつも最低判定。ハーモニカ、ダメ。リコーダー、ダメ。鍵盤ハーモニカ、ダメ。声楽ですら、ダメ。本当に絶望的である。まだ、家にピアノやら、ヴァイオリンやらあれば練習出来ていいのだか、生憎、家はそんなに裕福ではない。アレクシアの家には、ピアノもヴァイオリンも、中にはハープ等まである。所謂、豪邸だ。まあ、普通の家庭にはそこまで持っている奴はいないとは思うが、さすがは音楽の都。ピアノくらいは殆どの家庭が持っている次第である。纏めると、選ばれる確率は限りなく零に等しい訳だ。そんな分かりきったことに時間を割いて、睡眠という大事な時間を取られるなんてなかなか理不尽であると思わないかい?いや、思う!断じて、思う!!



 そんなこんな考えていたら、あら不思議!いつの間にかヴァネッサ地方役場の入り口前に着いていた。全く、考えすぎるってことは怖いもんだ。

「あぁ、そうだ。時間は大丈夫だよ、na…!?」

時計を見るとまたまたあら不思議!!午前11時は6分ほど過ぎていた。あぁ…。またド叱られるだろうな…。やれやれと思いながら、意を決して役場の中に入る。



       「遅いっ!」


ははっ、案の定のシチュエーションだ。予想できた自分が怖い。

「ごめんごめん、アレクシア。遅れる気は更々無かったんだけど、気が付いたら遅れてたんだ。あと、怒るんだったら、自分じゃなくて、自分の脳味噌に怒ってよ。」

心外だなぁ、って顔をして見せる。

「全く…!茶化さないでよ…。こっちは心配で心配で堪らなかっta…。っ!違う違うっ!心配なんてしてなくて、何処をほっつき回してやがるって思ってたんだからねっ!もう…っ!」

あれ?ド叱られると思ってたら、そこまで怒られなかっただとっ!?しかも何故かアレクシアの顔が赤くなってるいるし…。うーむ、恐らく怒りで赤くなっているんだろう。そこまでは想像できなかったなぁ…。反省反省。

「とにかくっ!私はもう適正、終わったんだけど、担当の音楽相談科のおじちゃんはまだあんたを待ってるんだから速く行ってあげた方が良いわよ!あんまり人を待たせたらいけないし…!まあ、おじちゃんも、まあ、ヴィムだから仕方ないなって納得してたからまだ良いと思うけれどね…。本当に皆に迷惑をかけてるんだから…!反省してよね!」

「はーい。気を付けるようにはしまーす。」

気の抜けた声で返事を返す。はぁー、相変わらず、お説教タイムが長いんだよなぁ…。でも、確かに人を待たせるのは良くない。速く行こう。

「んじゃ、また後で。」

「あぁー!うん!後でね!」

挨拶を交わし、くるりと背を向けたその時。

「あぁ!そうそう!私、守護持ちだったから!ハープの!」

後ろからアレクシアの自慢気な声が飛んでくる。

「あ、そうだったのか。おめでとう!」

本当はもっと褒めてあげたいし、一緒になって喜ぶべきだろう。しかし、何だろうか。素直に喜べない何かが自分の中にある。結果、こんな言葉しか出なかった。

「じゃ、気を取り直して行ってくるわ。」

そう言って自分は歩き始めた。これでいいのだ。そう思っていると、

「ヴィムも頑張ってきて!!」

その時の感覚と云えば、何と言おうか、まるでアレクシアの声が自分の背中に当たり、そのまま自分全体を包み込んでくれるようだった。



 音楽相談科は役場の4階にある。エレベーターに乗り、4階へ向かう。

『チーン。4階です。』

アナウンスが流れ、エレベーターのドアが開く。降りて真っ直ぐ進んで行くと、

「おお、やっと来よったか!この寝坊助が。」

笑いながら話す老人の声が目の前のテーブルから聞こえてくる。テーブル上の天井には、音楽相談科と書かれた紙が釣下がっている。

「すみませんでした。ロンメル叔父さん。」

「良いってことよ!お前の遅刻は今日に始まったことでは無いからの。」

相変わらず笑っているロンメル叔父さん。叔父さんって言うだけあって、親戚である。母親の弟に当たる。そしてここ、ヴァネッサ地方役場の音楽相談科の課長を勤めている。

「ご理解、ありがとうございます。それでは本題へ。えーと、を受けるんですよね?」

「あー、うん。そうじゃな。まあ、試験ちゅうよりじゃけど。」

試験と検査?何が違うと言うのだろうか?そういえば、アレクシアもそう言ってた気がするが…。

「何、そんな難しい顔をすることもないぞ!ただ手を見せてくれるだけでいいからの。」

「えっ!?それだけ??」

嘘だろっ!?だって、それによって名誉職である音楽楽団に入れるか、入れないかが決まるんだ。人生を大きく左右するその決断がまさか手相占いとは…。

「何じゃ、その目は…!お前の言いたいことは何となく分かる。けどな、わしは本当に手を見ただけで分かるんじゃよ。だからこそ、こうやってヴァネッサ家からもこの役を頼まれておる。」

まあ、ここにいるってことはそうなんだろうけどやっぱり何かなぁ…。

「まあ、良い。速く手を見せなされ。時間がだいぶ押しておるしの。」

はい。と手を差し出す。ロンメル叔父さんは虫眼鏡を取り出して手を観察し始めた。最初はふんふん。と独り言を抜かしていた。しかし、焦ったように段々目を見開いてきて、そして遂にはこう叫んだ。

「なんじゃぁ、この加護はぁっ!!!」

その叫び声によって、役場中の時間は一瞬止まった。

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