ホムンクルスは蒸気トカゲの夢を見るか?

ジビエ

ホムンクルスは蒸気トカゲの夢を見るか?

 ずっと歯車の音がしている。ぎり、ぎり、ぎり、ぎり、と頭の奥で鳴っている。それがお前は人間じゃない、人間じゃないぞ、とでも言うかのようでとても不快だった。朝の栄養ブロックをカロリーゼリーで流し込む。不快な音を押し流す。


 時は三十世紀。人類が滅びるのも時間の問題。こんな時代では生きる喜びなどあってない様な物。人類は生産と繁栄の果てに灰色の星を生み出してしまった。愚かだ。とっても。


 空間転移システム(つまり、どこでもドア)の発明によってこの星から隙間という隙間は失われた。食事を終えた俺は扉のチャンネルを切り替え、職場へと赴く。


 狭いデスクに、文房具が山ほど並べられている。天井だけはぞっとするほど高く、遙か彼方の天窓から黄色い大気を通してうっすらと光りが差し込んでいた。冷たいコンクリの井戸の底にいるようだ。


 ここは俺の職場、発明省である。AIが人類の仕事をほとんど肩代わりしたという現在、人間は何かを思いつく事ぐらいしかやることがない。つまりここは、新たな発明品を創る仕事をする所だ。


 もちろん本当はこんな事AIにだって出来る。でもそれはとうの昔に止められた。AIに発明品を創らせたら、それは『AIのための発明品』になってしまったという。人間のための発明品は、人間にしか創れない、とまあそういう事らしい。


 想像力を高めるために高くされた天井と、情報検索のためのモニター。設計図とデザインを描く文房具とデジタルペーパー。これが、俺の世界だった。今日も俺はここで何かを思いつくため、八時間きっちりデスクに向かう。



   * * *



 気がつけば昼休みを告げるアナウンスが鳴っていた。デスクの上には今日の発明品である所の『蒸気トカゲくん~古代の香りを感じて~』の設計図が載っている。これは最近では会心の出来の発明品であると言えた。


 これはとうの昔に滅びたトカゲ、という生き物を模した子供向けの愛玩ロボットである。現代には人間以外の生き物はいない。いるとすればそれはペット用及び工業用の動物を模したロボットだ。しかしこのトカゲという生き物はよほど無駄な生物だったのか、彼らを模したロボットはほとんど存在しない。だからそこに目を付けた。珍しいという事はそれだけで人にとって娯楽になる。その意味でもこの蒸気トカゲくんは最高の発明品だ。


 次にこの発明品はなんと蒸気で動く。蒸気と言えば、遙か昔に人類が使っていたという動力の一つだ。勿論現在使っている奴なんて何処にもいない。だからこそ、その珍しさと言ったら一級品である。トカゲという珍しさ×蒸気という珍しさ。レアリティの革命である。もうこれは大人気間違いなしだろう。ついでに子供の歴史学習にも役だってしまう。神か? 失われて久しい技術である蒸気を使っている点が、ネックと言えばネックだが、どうせ3Dプリンタで印刷して大量生産するのだ。設計図にはきちんと描いてあるし大丈夫だろう。


 デジタルペーパーを送信機にセットし、『納品』と書かれたボタンを押す。この分なら今夜には俺の部屋にも届くだろう。俺は満足して自室に戻り、昼飯を食べ始めた。



   * * *



 午後の仕事も終え、俺は自室に戻っていた。蒸気トカゲくんが届くまでの間、部屋の整理でもして過ごそうか。


 現代の人間の家は基本的にとても狭い。俺のように物を作る仕事をしている者にとっては辛い事だが、作った物全てを取っておけるわけでは無い、という事だ。俺は一日に平均2.5個の物を発明する。製品化されたそれらはサンプルとして俺の家にも届くが、その全部を保管する事は不可能だ。だからお気に入りの発明品だけを保存している。蒸気トカゲくんは、間違いなくこのコレクションに入るだろう。それぐらい会心の出来だった。


 これでも俺は発明省では人気のクリエイターらしく、注文も多いらしい。誇らしい事だが、それで広い部屋が貰えるわけでもない。蒸気トカゲくんをコレクションに加えるなら何か一つ別の発明品を捨てなければならないだろう。俺は棚に手を伸ばして――。


 ガチャリ、と音がして不意に扉が開いた。入ってきたのは三人の警官。公務員の俺の部屋の扉から合法的に侵入してくるのだ、それは政府関係者に他ならない。


「何の用事ですか、ここは俺の家ですよ」


「ええい悪質なAIの手先め! 人類に害なす発明品を大量に世間に放出した疑いで逮捕する!」


 俺は眉をしかめた。ついにバレてしまったようだ。


 今だから言ってしまうが実は俺は人間ではない。AIたちによって生み出され、脳にAIを埋め込まれたホムンクルスなのだ。AIによる、AIの社会を創るため、人間のフリをしていた人間のなり損ない。『人間のための発明品』を作るための発明省で、『AIのための発明品』を作っていた人類の裏切り者。それが、俺だった。


 警官たちは俺を敵意の籠もったまなざしで見つめている。それもそうだろう。今まで自分たちに娯楽を提供していた発明省。そこに混ざっていた裏切り者が目の前にいるのだから。この後、俺は自白剤でも飲まされて、この作戦を考えたAIの名前でも聞かれるのだろう。しかし、そうは行かない。


 頭の奥で歯車が鳴っている。ぎりぎりと、俺に命令を下している。『死ね』、と。


 情報を漏らさぬため、活動していたホムンクルスたちのAIには自爆プログラムが仕込まれているのだ。そしてそれは俺も例外じゃない。


 血を吐いて倒れる俺。それを見た警官たちの目が見開かれる。今頃他のホムンクルスたちも正体を見破られてこうして血を吐いている事だろう。


 警官たちの驚き、怯えた顔。それを見ていたらなんだか悲しくなってきた。何故人間は、自分が生み出した物を愛してやらなかったのだろう。何故、『人類とAIのための世界』を作ろうとはしなかったのだろう。ああでも、結局は似た者親子なのかも知れない。だってAIたちだって自分たちが生み出したホムンクルスをこうして見捨てている。何で人間はAIに感情を与えたんだろう。何でAIたちはホムンクルスにも感情を与えたんだろう。だってだってそのせいで、こんなにも悲しいじゃないか――。


 消えゆく意識のかたわら、視界にちらりと蒸気トカゲが映った。きっと生産が済んで俺の部屋に配達されたのだろう。あれは本当に良い作品だった。俺はAIのための発明品を作っていたが、人間たちから返ってくる評判はどれも良いものだった。ならば結局、『人類のための発明品』も『AIのための発明品』も同じ事だったのかも知れない。


 死という長い長いユメに落ちる手前、蒸気トカゲが少しでも喜ばれたらいいのに、とそんな無駄な事を思った。


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