第2話婚約者
「え!?テミス様が来られるの?」
部屋に戻り蒸しタオルで泣いた痕をなるべく目立たない様にしたり、淹れ直した紅茶と共にケーキを食べて貰ったり、その間お嬢様に頼まれて制服を着替えに行ったりと少し慌ただしい状況が少し落ち着いたので内心の感情を殺して婚約者様のことを話した。
「もう!!そういうことは速く言ってよ!!準備とか色々あるのよ!!」
栄養満点とは言い難い朝食を食べ終わって一息していたせいか、はたまたその名前のせいか、その話を聞いて割と俊敏に動き自分のクローゼットを開け様々な服を真剣に眺め始めた。
「すみません。しかし、帰ってすぐ話せば再び慌て始めて感情が一杯一杯になると予想がつきましたので」
片付けする手を止め、こちらに背を向けているが故に自分の顔が見られていないと分かっていも笑って言った。
「そ、それでもよ!!こっちだって化粧とかドレスの準備とか香水と色々レディには時間が掛かるのよ!!」
一瞬身に覚えがあったのか少し自信無さげだった。
「えぇ、存じております。」
やっとこちらを見たお嬢様の表情は少々起こった表情をしていたが、それすら嬉しく思自然と笑顔になる。
「それでも私は今のままでも素敵だと思いますよ」
「っ、もう!“!ディアは出ていって!!」
恥ずかしそうに言われ名残惜しさを感じながら部屋を出る。
お嬢様の部屋を出て少し経った後玄関周りが騒がしくなり見に行けば今日の来訪者と目が合った。
「やぁ、執事君久し振りだね。元気してたかい?」
屋敷の中から様子見していたのにわざとらしくにこやかに笑って話しかけられ内心ため息を吐きながら柵寄りにいる来訪者に近付く。
「えぇ、お陰様で」
「相変わらず僕相手になると名物である笑顔は引っ込めるね。まだ彼女の事を引きずっているのかい?」
婚約者様の言うことは恐らく初対面の時に言われたことを指しているのだろう。「仮面を張り付けたみたいだ」と遠回しに言っている。それでいてお嬢様の事も。
「貴方相手に笑顔をくれてやる程こちらは暇ではないにですよ」
わざとらしくニッコリと笑ってやれば婚約者様はため息をつく
「君も素敵な女性が周りに居るだろう?あ、あのラモールというメイドはどうだい?君にピッタリじゃないか」
こっちを見るその視線の意味を理解した瞬間これ以上無いぐらいの憎悪が溢れる。
「何をおしゃっているのですか?笑い話もいい加減にして下さい」
「・・・・・まぁ、そういうことにしとこう」
丁度良いのか悪いのか、このタイミングで女性の声が響いた。
「テミス様!!」
振り返ればお嬢様がこっちに来ていた。
「おや、アンジェロ。久し振りだね。相変わらず美しい」
お嬢様が私の隣に着いてから婚約者様は言った。
「っもう!!テミス様は相変わらず恥ずかしいことをおっしゃる!!」
お嬢様は頬染めながら言った。
「本当のことを言っているのに君も相変わらず信じてくれないんだね」
「・・・それは・・・その・・」
婚約者様の発言に気まずくなったのか俯いて黙り込んだ。
「あまりお嬢様を困らせないで下さい」
その様子を見て婚約者様に言う。
「ディア・・・」
お嬢様の視線を感じながら婚約者様と少しの間目を合わせた。
「・・・そんなつもりは無かったがこれ以上君の怒りを買うのは怖いからこれに関しては黙るとしよう。それより近くを散歩しないかい?丁度来る途中で綺麗な花畑を見かけたん。だ。良ければどうだい?勿論執事君もいっよに、だ」
意味ありげにこちらを見てきたため内心舌打ちをする。
「よろしいのですか?是非!!あ、でも、ディア・・・」
最初は嬉し気に反応したお嬢様が不安げにこちらを見上げられので笑って答える。
「お嬢様が行くのなら喜んで連いていきますよ」
「本当?良かった」
嬉し気に笑うその笑顔が綺麗で眩しく思う。
「話も終わったみたいだし、では行くか。あぁ、そうそう馬車はここに置かせてもらおう」
さっさと行こうとする婚約者様を止める。
「少しお待ち下さい。そういう事なら屋敷の者に教えてからになります」
「君は真面目だな。しかし善は急げというだろう?」
「その発想で行くなら、急がば回れともいいます。使い道は少々違いますが、安全に行きたいのなら後で大騒ぎにならない内に報告した方が貴方の為になるのでは?」
「・・・はぁ、分かった。此処で待っていよう。それで良いかい?アンジェロ」
「え!?あ!!はい」
さっきから解らなかったのか一生懸命考えてたお嬢様に笑って婚約者様が言えば反射的にお嬢様が答えた。
「それでは行ってきますね。なるべく早く帰ってきますから」
「え、えぇ」
未だに分かっていない様子のお嬢様のその様子が微笑ましく思いながら屋敷に戻る。
「まぁ、なんて素敵な花畑!!」
「気を付けるんだよ」
興奮気味に駆け回るお嬢様とその姿を後ろから見ている婚約様とその少し離れた所からその光景を眺める私。
「君もそんな所で見ていないでもっとこっちに来ないのかい?」
振り返りそんなことを言ってきた婚約者様に笑って言ってやる。
「おや、行っていいのですか?」
「・・・・あぁ、当たり前だろう」
「作用で」
それだけ言って婚約者様の隣に行く。
ふと、お嬢様を見れば座り込んでとある花を眺めていた。
「っ」
その花を見て思わず足が止まる。
「おや、アンジェロ。何をしているんだい?」
「あ、テミス様・・・・。少々好きな花があったもので、つい」
“スターチス”
「おや中々のボリュウームのある花だね。」
「えぇ、でも花に似合わず茎はカサついているのですけどね。・・・私、この花のピンク色が好きなんです」
「そうか・・・」
お嬢様は愛おし気にその花を眺めていた。
その様子に、その言葉に動揺する。
お嬢様は覚えているのだろうか。小さい頃の話だ。泣いてた彼女に私はピンク色のスターチスを渡した。その時はまだ執事ではなかったから渡せたが今は無理だ。だからあの時の約束だって当然無理な話なのに彼女の様子を見ると少しだけまだ覚えているのかと不安になる。
夕日の時だった。たまたま見つけたスターチスを片手にお屋敷に行ったがお嬢様はその時お屋敷にはおらっしゃらなかった。それどころか屋敷の者たち皆お嬢様を捜していた。聞けば行方をくらませたとのこと。慌てて捜しに行った。中は散々使用人たちが捜していたから外に行く。あの時の必死さはきっと人生初めて受け入れてくれた人だったからだと思う。太陽が隠れそうな時にやっと見つけたお嬢様は近くの山の少し奥に行った所で泣いていた。考えればあの時からだったと思う。お嬢様の御両親の理不尽な躾が始まったのが。
お嬢様に何があったのかを聞けば使用人に優しくするなと言われ拒絶したら目の前でその光景を見せられたと言うこと。当時のお嬢様はご両親の変わりようを見て怖くなったと泣いていた。御両親だけじゃなく皆が御両親と同じように変わっていくのではないかと。その怯える姿を見てずっと握っていたスターチスを思い出しそれを渡す。
『じゃあ、この花を受け取ってくれませんか?これは私からの証です。貴女をこれからも変わらず愛し、そして貴女を幸せにすると』
キョトンとした彼女に笑って教えたスターチスの花言葉を。
“変わらぬ心”
“永遠に変わらない”
ピンクのスターチス
“永久不変”
どれも変わらない事を指す言葉だ。お嬢様はそれを聞いて嬉しそうに笑う。そしてそれだけだと不安だからと指切りをして屋敷に手を繋いで帰った。
実際今も昔も彼女への想いは変わってない。でも、彼女はもう手の届かぬ場所へと行く。
「しかし君にはそんな花よりうちの庭で育てている薔薇の方が似合う」
「え・・・」
婚約者様の相変わらの発言にお嬢様は戸惑う。
「え~と、それは一体?」
「言葉通りの意味だよ。そんな自然界で偶然綺麗に生えた花より僕の庭で栄養満点の栄養剤を与えられていてその手のプロがお世話した薔薇の方が明らかに綺麗だ」
「それって・・・・」
鈍いお嬢様でも分かったらしい暴言にお嬢様は少し怒った様子だった。
「婚約者様、お嬢様の好きなものを文句言う資格ないですよ」
「執事君、何を言っているんだい?僕はただ彼女の為を思って言ったんだ」
悪気なかったみたいだ。
「・・・・そう、なのですね」
お嬢様は少し顔を引きづらせて答えた。
「・・・アンジェロ。君は何か誤解しているようだが不快に思っていたらすまない。僕が言いたかったのは君への誘いのつもりだが」
反省らしい反省もなくハッキリと言った言葉は確かに自分の心に蓄積される
「え、あ、すみません」
婚約者様曰く誤解していたことに恥ずかしかったのか頬を染め俯くお嬢様。
「いやいや、気にしていないさ。それよりどうだい?」
「・・・・行かせてもらいます」
少し考えた様子のお嬢様は無慈悲にも
そう答えた。
「そうか、嬉しいよ」
ふと婚約者様と一瞬目が合った。その目は見せつけるような、自慢しているような目だった。
「ただ、ディアも一緒に。そうじゃないとお父様達に怒られてしまうわ」
「・・・・・・そうか、分かったよ。僕は一向に構わないさ」
少々不満気な様子の婚約者様をただ眺める。
噂の薔薇を見に行くことになり先に乗った婚約者様の次に入ろうと片足を踏み入れる。
「・・・・・」
「・・・ディア?」
入り口で片足を入れてから動かなくなったのを心配気に後ろに居たお嬢様が聞いてきた」「・・・すみません。屋敷に大切な物を忘れてたみたいで、持ってきますね。少々置いた場所が正確に思い出せないので時間が掛かりますから先に行っててください」
「え?」
「おや、そうなのかい?ではアンジェロ、二人だけで行こう」
お嬢様の戸惑った様子になるべく優しく笑う。
「・・・・しょうがないわね!!私も手伝ってあげるわ!!」
「え」
お嬢様の言葉に今度は婚約者様が戸惑う。
「そんなわけなので、すみませんが先にお屋敷に帰ってもらっていいですか?お願い」
そんなお嬢様を婚約者様はしばらく眺めため息を吐いた。
「構わないさ。そもそもそれが条件なんだから」
仕方ないと笑って答える婚約者様にお嬢様は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
馬車が去っていく姿を見ながらお嬢様に聞く。
「一緒じゃなくてよろしかったのですか?」
「えぇ、私はテミス様の事は確かに好きだけどそれでもディアが許してくれる間は傍に居たいの」
夕焼けが背景となってこちらを見たお嬢様は美しく、あの時の事を思い出す。
「さて、ディアのいう忘れ物を見つけないとね!!」
残酷なまでに優しい彼女。だけどそれでも幸せを感じてしまうのは仕方ないと思う。
「お嬢様に探してもらうなんてとんでもない。いいのですよ。私が捜すので」
「あら、一人で探すより二人で探した方が時間は短縮されるし見付かる率が高くなるわよ」
何処か得意げな姿に笑う
「・・・仕方がないですね」
私の言葉に嬉しそうに話す
「それで、どんなの?」
「・・・・・あぁ、それは・・・・」
どれだけお嬢様の残酷さを感じながらもそれすら居心地が好いと思えるのはきっと、私も同じだからなのだろう。素知らぬ顔で架空の忘れ物を教える。
「あぁっ見付かったわ!!」
お嬢様の手を見れば適当にでっち上げたs紙を握ってた。
「これでしょう?ディア!!」
自信満々に聞いてくるお嬢様の姿が失礼ながらまるで犬のようで笑いながら受け取り読んだフリをして礼を言う。
「ありがとうございます。助かりましたよ。お嬢様」
「良いのよ。さあ、早く行きましょう」
彼女は隠している気になっているのだろうが彼女の俟とう雰囲気はすごく嬉しそうだった」
「そうですね、っと言いたいところですがもう夜遅いですよ」
「・・・う、そうね、ご飯も食べちゃったし。どうしようかしら・・・・」
気まずそうにしてるお嬢様に笑う。
「安心なさってください。婚約者様はこれぐらいで怒るような方ではありませんよ。それに、心配なら後程私から手紙をだしますよ」
「ディア・・・・ありがとう」
安心した表情で言われ笑い返す。
「さて、時間も時間ですし寝ましょうか」
「えぇ」
私はお嬢様の寝る準備をするために一緒にいざ私の部屋から出ようとドアに近付いた瞬間廊下が騒がしい音で何かが近付いていることに気付き私よりドアに近いお嬢様のうでを引く。
「っうわ!?」
「大変です!!テミス様が、テミス様が・・・」
引いた瞬間思いっきりドアが開き、息を切らしながらメイド長が言葉を繋げる。
「テミス様が・・・・・・・・・・・・・・亡くなりました」
「・・・・・・え?」
メイド長の言葉にたっぷり間を開けてその一文字を言ったお嬢様。
「な、何故?」
同様気味に聞くお嬢様にメイド長は視線をあっちこっちとズラす。仕方ないとはいえ入って五年しか経っていない彼女はお嬢様を刺激しない言葉を考えているようだ。
「ねぇ!!何故!!」
しかし動揺しているお嬢様にとってはその行動が彼女を刺激した。これ以上黙るのも良くないと感じたのか途切れ途切れ話始める。
「その・・・帰る際に使っていた馬車の車輪が片方取れたみたいで・・・・その、・・取れた場所が運悪くあの崩れやすい崖の所だったので・・・・・そのまま浅い川に落ちたそうで・・・・・それを見てた御者が慌てて近くの村人や屋敷の者に助けを求めに行きましたが・・・・・その・・・・見つかった時には・・・既に・・・・」
「う、嘘よ。そんな!!」
お嬢様の言葉に思いっきり顔を逸らした毎度長を見てお嬢様はその場で座り込み泣き始めた。
「なんて、酷い・・・!!」
「・・・お嬢様・・・・。メイド長すみませんが出で行ってもらってもよろしいですか?」
「え・・・あ、はい!!」
メイド長はお嬢様のその姿が珍しかったのかまじまじと見ていたが話しかけたら我に返ったかの如くそそくさと出ていった。その様子を見届けてから開けっ放しになっていたドあを閉め、お嬢様が落ち着くまで傍に居た。
泣きすぎて疲れて寝たお嬢様を部屋に連れていく途中。
「あ!!ディアさん!!」
遠くから小走りに大声で言いながら近づいてくるモールさん
「すみませんが静かに来てくれませんか?お嬢様が寝ていますので」
「え・・・」
後数メートルという所でモールさんの足が止まり抱いてるお嬢様を驚いた表情で見て固まった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・あ、あの・・・・・すみません。邪魔するようなことして。ま、また空いてそうな時に話しかけますね!!」
モールさんの様子を見ていたら慌てて去っていった。私は特に気にせずお嬢様の部屋へと向かう。
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