黒い舞台
黒寝
第1話 お嬢様
好きになることは難しいと思う。
でも、想い続けることは難しいと思う。
「今すぐ私を愛しなさい!!じゃないと今殺すわよ!!」
喉に突き付けてられる包丁なんか気にせず目の前の瞳を見つめる。
「・・・・私は貴女を今から愛すことなど出来ません」
膝をつけていた足を床から離し血が流れる事なんか気にせず包丁を掴みながら立ち上がり声とは裏腹に弱々しい彼女を抱きしめる。
やっと手に入れた幸せを噛み締めながら。
ボルジア家の朝は忙しい
「何よこれ!!口に合わない所か不味いわ!!最悪。やる気あるの?辞めさせてもいいのよ」
とある一室に入った瞬間高く割れた音が聞こえた。
見れば床に割れた皿の破片と中身であろう食べ物が散らばり絨毯に染みて汚している汁がありその近くに真っ青な料理長が震えていた。
その机を挟んで向こう側に不機嫌そうに料理長を睨んでいる高貴の人、お嬢様が居た。
「す、すみません!!き、気を付けますからそれだけは・・・どうかそれだけは・・・」
「フン!!そう言って何度も失敗しているのは貴方じゃない」
料理長は数ヶ月前に入ってこられた方だが今まで失敗は両手指をとうに超えていた。
「・・・・もういいわ。食欲も失ったし料理長のしょうもない失敗のせいで気分は最悪だしで部屋に戻るわ」
お嬢様が動く度に料理長は肩をビクつかせた。
お嬢様が部屋に戻られて数分後あっちこっちに隠れていたり息を潜めていた使用人が集まり眼を潤ませていた料理長を慰める
「今日も相変わらずの傲慢っぷりでしたね~」
ふと隣にやってきたメイドに視線を向ける。
「モールさん」
「おはようございます!!ディアさん!!」
年相応の幼い笑顔を向けられて、こちら側も笑顔で返す。
「はい、おはようございます。しかしお嬢様を悪く言うのはいただけませんね」
私の発言にモールさんは顔をムッとさせる。
「何を言ってるのですか!!料理長は毎日毎日朝早くから夜遅くまで頑張っているのですよ!!なのに食えたもんじゃないと言って目の前で捨てているのですよ!!」
彼女の話を聞き流しながら厨房の中を思い出す。
「聞いてますか、ディアさん!?」
「・・・・。はい。聞いてますよ。しかしお嬢様とて何か考えがあってこその発言だと思いますよ」
「まぁた、それですかぁ?」
呆れ交じりの反応が返ってきた。
「はぁ、ディアさんは優しすぎるんですよ。・・・・でも、そんなところも・・・」
本人は小声で言っているつもりなのだろうが、私の耳にしっかりと届いてしまった。
「・・・・・・」
「そ、そんなことよりも!!あ、あの、屋敷で分からないことがあるんですが、もし、よければ・・・」
居心地が悪かったのかあからさまに話を変えた。
「すみません。この後お嬢様の為に口直しおのお食事を持っていきますので時間がないです。」
いつものように笑って言う。
「それに、執事である私よりおなじメイド達に聞くほうが的確かと」
何か言いたげなモールさんを無視して厨房へと向かう。
「ディアさあん!!」
この世に幸せなど無いと、私は思う。幸せだと感じるのは不幸、自分にとって不快、不安、マイナスな事態がおきた時にマシだと思える光に近いものの錯覚だと思う。
アンジェロ・ボルジア
このボルジア家の唯一の一人娘。
子に恵まれなかったボルジア夫妻がやっとのことで産んだせいか甘やかされ過ぎて今では我儘し放題の傲慢娘だと使用人達に言われてる。
しかし、本当は・・・・。
ドアを三回叩く。
「お嬢様」
返事がない。
「・・・・入りますよ」
一時間を置いて中に入る。
中に入ればその美しい白髪で顔が隠れているがすすり泣く声が聞こえる。
「お嬢様」
なるべく優しい声で言うもお嬢様は肩を揺らした。少しの間停止した後静かに顔を上げてくれたが潤んだ瞳と痕が出来ていて胸が痛くなった。たまらなくなって近くの机に持ってきたケーキと紅茶を乗せたお盆を置きお嬢様に近づく。お嬢様はそんな私を見ながらその美しい瞳を震わせたかと思いきや私の胸に飛び付いた。
「っごめんなさい!!また暴言を言ってしまって!!」
彼女を受け止めた後許されない事だと感じながら彼女の触り心地の良い頭を撫でる。
彼女の発言はさっきの料理長に向けての事。曰く皿の中に虫が入ってたから誤魔化すためにあんなことをしたと言う。
「仕方ありませんよ。お嬢様は何も悪くありません」
彼女の抱きしめる力が強くなった。
本来の彼女は心優しく、頑張っている使用人や無理している人を見れば手伝おうとする女性だ。しかし、彼女の御両親であるボルジア夫婦はそんな彼女を認めなかった。貴族に生まれた以上貴族らしく使用人をこき使えと教え込んだ。彼女が使用人に優しくしていることをご両親に知られればその使用人含め大変なことになる。使用人は辞めさせられるなんて軽いぐらいの罰が下される。彼女はそれが嫌なのだ。されどその様をお嬢様に見せしめの様に目の前でやる。それが彼女に対しての罰。彼女はその様子を泣き叫ぶ「止めて」と言いながら。されどその終わりは最悪なもので終わり、彼女はその終わりを見て絶望する。
なのに未だに使用人を心配したり庇ったりする。怖いはずなのに、心が傷つくのにそれでも崩さないその姿が眩しかった。それでもそんな彼女が好きなんだと常に感じる。
「・・・・その、・・・・ごめんなさい。急に・・・」
泣き終わってから気まずいのかおずおずと離れ俯きながら言った
「いえ、私はお嬢様の執事ですから、これぐらい大したことじゃありませんよ。寧ろ役得です」
私の言葉に顔を上げたお嬢様は私の気持ちが通じたかそれとも不快では無かったことを読み「取ったのか安心したように笑ってくれた。
「それでは紅茶を淹れなおしたいのですが大丈夫ですか?」
「!!大丈夫よ!!というかそんなことしなくて良いわ」
急に意地を張ったお嬢様を見てなんとなく勘違いしていることに気付く。
「お嬢様何も子供扱いしているのではないのですよ?ただ、私が離れている間になにか困ることが無いか気にしているのです」
「ディアの事だからどうせ自分が居なくなったら私が寂しくなるんじゃないかって気にしているのでしょ?お生憎様子供じゃないんだからならないわ。だからさっさと自分の仕事をしなさい」
一番心配していたことを的中された。
「・・・・・えぇ、確かにそうは思いましたが私はお嬢様の執事ですのでお嬢様の身の周りのお世話をすることがお仕事です」
「・・・・だからって・・・」
何処か不満気なお嬢様の目を見て言う。
「お願いですから私の為に心配させてくれないでしょうか?そして、お嬢様の為にお嬢様のお世話をキチンとお世話をさせてくれませんか?」
「ぅ。・・・・わ、分かったわ。仕方ないから許してあげる」
「ありがたき幸せ」
お嬢様に頭を下げてから部屋を出ていく。相変わらずのやり取りはお嬢様にとっては些細な事かもしれないが私にとっては僅かな幸せだった。自分の身の周りぐらい自分でやりたいと言うお嬢様には申し訳ないが・・・
「ディアさん」
ふと出てすぐに話しかけられた。声のした方に顔を向けると心配気に見てくるモールさんがいた。
「いかがなさいました?」
笑って聞けばビクっと肩を揺らした。
「その・・・・・大丈夫でしたか?色々と」
視線を逸らしながら言われ理解した。
「えぇ、寧ろ役得みたいなものです。それより私はまだ仕事がありますので、そんなことなら行かせてもらいます」
頭を下げて言う。言われている筈のモールさんはメイド服のスカートの生地を握りめていた。少々待っていたが何も返事が返ってこないのでさっさと目的の部屋へと廊下を進む。「あ、あの!!!」
「はい?」
「さ、先ほどテミス様がこちらに来ると連絡がありました」
思わず足が止まりそうになった。
「分かりました」
安易にお嬢様をそいつに任せろと言われた気がした。いや、実際にそうなのだろう。だけどその名を聞くだけで嫌悪感が大きく襲うのにお嬢様を任せろと言われた気がしたせいかその様子を思い浮かべては不快だっだ。仕方ないだろ?だって相手はお嬢様の婚約者なんだから。
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