警鐘
「ここか」
昔のチャイナタウンの様な柄の悪い街並みを数分歩いてあの家畜が言う区画にやってきた。
実際この場所を歩いてみてわかったことが2つある。
1つは太陽がいくら待っても出ないこと。今は時計をみると正午過ぎ。普通は太陽が出ている時間のはずだ。それなのに一切陽の光のようなものは感じない。感じるのは人工的な蛍光とネオンの光だけだ。
もうひとつは、右を見ても左を見ても落書きやドラッグをしたような奴らばかりなこと。治安なんてここではおそらく関係ないのだろう。
道行くものは珍しがって僕に声をかける。無視をし続けるのにも限界がある。声をかけられるたびに僕は気分が悪くなっていった。
最悪だ。18年間生きてきた中で今が一番だと言える自信がある。たとえ記憶が一部なくとも。
幸い、瞬間的な記憶力だけは良かったから、あの家で一瞬だけ見えた地図だけでもなんとかなった。不幸中の幸いといったところだ。
おかげで家畜に道を聞くなんていう醜態を晒さずにすんだ。
LH区画。ほかの場所とは違い、荒廃が進んだその場所には確かに出口らしきものがある。
金庫に使われるような重い扉。
周りに人は誰もいない。今がチャンスだ。
扉に手をかける。見かけとは裏腹に、意外とすんなり開く扉に驚いた。そしてその重い扉の向こう側にある外の空間に足を踏み入れる。
そこには見慣れたニューヨークの街並みが広がっていた。
「やっと戻れたな。早くルイスに伝えないと。」
自然と胸が高鳴った。一体いつぶりだろうか。1日もたってないはずなのにとても長く感じた。
セントラルパークのきっと一番端っこにある小さなまだ新しいモニュメントから出ることができた僕は、この喜びと体験を伝えるためにまずはルイスの元に行くことに決めた。
本当は警官の元に行かなければならないということはわかっているが、沢山の警官に取り押さえられたトラウマもある。それにルイスのところへ行けばきっとなんとかなるだろう。そんな気がした。
少し歩き、町の中心部に近づくにつれ自然と人通りも多くなった。時間はやはりお昼時。
僕はカフェを目指して歩くことにした。なぜかルイスと会える。そんな気がした。
そしてそこには案の定、見覚えのある1人の男がいる。僕はその男にすぐさま近寄った。
「ルイス!やっと会えた!散々な目にあったんだ。おもしろい長い話になるぞ」
ルイスは何も言わない。
無言が続く。
そして彼は僕に言った。
「お前なんて知らない。俺を騙したクソ野郎なんて知らない。たかが家畜風情が俺に近づくな。」
「…そん…な」
衝撃だった。ルイスではない誰かではないのか?
そんなことない。僕が彼を間違えるわけない。
冷たい。
なんて、冷たい言葉なのだろう…。
人はここまで冷たくなれるのか?
ルイスの周りにいる人が僕のことを嗤う。嘲る。
そして僕は連れてかれる。
今回ははっきり覚えている。
僕も認めた。彼の言葉を聞いて。自分がメカニカであるいうことを。
連れていかれるさなか、ふと彼の耳に目がいく。
彼の耳にはまだ黄色のピアスが輝いていた。
下の世界。これからの自分の居場所に戻ってきた。
人とメカニカ。飼い主と家畜。
いつのまにか僕の中ではメカニカが家畜のような存在として定義されていた。
それはきっとただの自虐にすぎないだろう。今はこうしていないと、とてもじゃないが身がもたない。
決して家畜は飼い主の上には立てない。
ならどうする?
いつだって世の中は弱肉強食。あの日のテロで思い知ったじゃないか。
飼い主に反抗する牙を立てればいい。反抗する爪を削ればいい。
飼い主を喰い荒らし、獣になればいいだけだ。
下に戻ってきた僕は行く宛もなくただたださまよっていた。
「よぉ、元エリートの子猫ちゃん。」
声をかけられた。
体型は僕なんかよりよっぽどがっちりしている。腰には銃やら刃物やらがぶら下がっていていかにも戦闘狂といういで立ちだった。
「エリートなんかじゃない。僕は捨てられたんだ」
「へぇ、珍しいんだな。ちゃんと自分の立ち位置をわかっているじゃないか。それに、セレッサから聞いたが、お前本当にメカニカなのか?俺には普通の人にしか見えないが…。」
ほう、コイツも僕のことが人間に見えるのか。つくづくおめでたい奴だな。コイツに然り、ルイスに然り。
「僕だってそう思っていたさ。自分が人だって、人間だって思って生きてきた。それがどうだ、かつての親友に現実を突きつけられて今じゃすっかりガラクタの一部さ」
そういえば今コイツ、セレッサがどうとかいっていたか?
まぁ、今の自分にはどうでもいいことだ。
自分に力さえあれば、獣のように復讐できるのに…。僕を家畜呼ばわりした奴らに復讐できるのに。
「なぁ、お前、もしかして復讐したいとか考えているだろ?」
「!?」
なぜそれを…。コイツは超能力でも持っているのか?
「お前、心情が身体に出やすいタイプなんだよ。俺みたいな人生経験豊富なオッさんにかかればそんなもん朝飯前だ。」
確かに以前にも身体に出やすいタイプだということはルイスに聞いていた。
「それでな、お前の復讐の件についてだが、実は俺もお前みたいな経験をしているんだ。詳しくは今は言えねぇがな。どうだ、一緒に来ないか?」
そう言って彼は僕に握手を求めた。差し出されだ手は明らかに機械の手。彼は先ほど人生経験がどうとか言っていたから恐らく人間なのだろう。だが、人間であるのにも関わらずこのような手であるということはどうやらワケありのようだ。
そしてこの握手は契約の証らしいが、いかにも機械であるその手に触れるにはまだ迷いがあった。僕はその手を払って名前を言った。
「アダムだ。お前は?」
「俺はベリル。早速だが、明日、上で大規模なパーティを企画しているんだ。お前も手伝ってくれないか?」
そう言って今度はチョコレートを僕に渡してきた。どうやらこれはついでらしい。
パーティだと言葉を濁してはいるが、おそらくこの前のテロのようなものだろう。
僕の答えはもちろんイエスだ。
確かに後ろめたい気持ちもあるが、今はもうそんなこと考えられないほど興奮していた。僕のココロは既に復讐というドス黒いものに取り憑かれていた。
「その答えを待っていた。明日の夜ここで集合だ。なに、狩り道具なら俺が貸してやるよ。楽しみにしてろよ。」
「ああ。待ってるよ。」
彼は僕の声を聞き終わる前に去っていった。集合と言われても、僕にはここ以外に行くあてがない。だから、ずっとここで待っていることにした。
貰ったチョコレートを頬張る。
最後に食べたのはいつだったか…。
ルイスに貰ったチョコレートとは少し違う、僕のことをを深い暗闇に堕とす甘い甘い誘惑。
僕の耳で青く光るピアスだけが今の僕には聞こえもしない警鐘を鳴らしていた。
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