桜
2990年、あと10年もすれば2000年も終わってしまう。僕たちが住んでいる町、ここニューヨークでは生活全てをAIに任せる『メカニークシステム』を30年前から導入している。このシステムを導入した国や地域は多いが、中でもニューヨークは初の導入地域として全世界に新たなる旋風を巻き起こした。
アメリカの中でもこのニューヨークという都市が選ばれた理由はおそらく土地が関係している。ここニューヨークは簡単にいうと中洲のような土地になっていて、四方を川に囲まれている。そのため独立性が高く、全AI化も簡単にできるというわけだ。
そしてこの『メカニークシステム』は基本的に家事などはAIが全てこなしてくれる。それに、通勤通学なんてしなくとも、自宅でVRを使用し授業や仕事ができるし、ほかにも部屋のレイアウトをその日の気分によって室内に設備されたプロジェクターで変えることだってできる。車だって自動運転が当たり前だ。ほんの何10年前かの小説に出てきたような未来の理想の生活そのものの中で僕たちは今を生きている。
そしてこの『メカニークシステム』の中で最も改革をもたらしたもの。それは完全AIシステム搭載ロボット。通称『メカニカ』の登場である。
メカニカは全人類待望の独立したAIを搭載したロボットだ。だから、言われたことはもちろん、学習機能もあるため、日々進化し、僕たちの役にたってくれるすぐれものである。
しかも、最近はココロをもったメカニカも開発されているという噂もある。
ただ、1つの難点はあまりにも人に似すぎたために起きた恐怖心からの暴力や、人間に似ているからこそのスパイ行為。更にはメカニカそのもののシステムを有害なものに組み直して起こる犯罪が後をたたなかった。
ともあれ、人の役にたっているメカニカなしでの生活なんてニューヨーク市民全員が考えられないと思う。
そしてそのメカニカの開発職になるために、誰もが憧れるエリート学校を今日トップで卒業する僕には明日から素晴らしい生活が保証されているだろう。
学生生活最後の大役として僕は代表の言葉を任された。ルイスは自分のことのように喜んでいたけれど、僕自身は少々面倒くさかった。
ルイスとはもう長い付き合いになる。彼と初めて会ったのは僕が記憶を失ってしまった直後。というのも、僕にはこの学園に入る前の記憶がない。医師によれば、事故にあった際に頭を強く打ちつけた時に記憶がなくなってしまったのではないかという話だ。彼は不安な僕のそばにずっといてくれた。両親のいない僕にとって大切な心の支えになっていた。
それにしてもルイスがいつも以上に待ち合わせの場所に来ない。普段から時間を守らないやつだったが一体何をしているだか。
「ごめん、遅れた。」
「遅い」
「だからごめんって。ほら、詫びのチョコレート持ってきたから許してくれ。」
「もので釣ろうって魂胆か。しょうがないから今日だけは許してやるよ」
「今日だけはってそう言っていつも許してくれるじゃないか。相変わらず舌だけは子供だよな。」
「そんなことは…」
ある。無類の甘党である僕はいつもこの手口で彼を許してしまう。
僕らが通う。正確には今日をもって通ってたという言い方になるだろうこの学校は、メカニークシステムを導入したニューヨークでは唯一の、"校舎で生徒と先生が直接顔を見て授業をする''珍しい学校だ。
きっと、僕たちが生まれるずっと前まではそれが普通だったであろうが、今を生きる僕たちにとってはとても珍しいことである。
僕らの通学路は地元でも桜の名所といわれている。なんでもこの桜達は今から30年前に初代のメカニカと一緒に日本からプレゼントしてもらったらしい。今日も桜の雨が降る道を2人で歩いていた。ちらちらと舞い散る桜は地面に落ちて薄い桜色の道を作っていた。まるで僕たちの未来への道のようだ。
「いよいよ今日卒業だな。」ルイスが舞い落ちる桜の花びらを捕まえながら小さく呟いた。
「意外と長かったな」僕がそう言うと彼は「そうか?俺は短かったな。」と正反対なことを言う。こうやって反対な事を言っている時間が僕にとってはとても心地いい。
学校の先生の悪口、友人のこと、勉強のこと。話すことはいつも同じ。そんなたわいのない会話をしているうちに学校に着いてしまう。最後の通学路もやっぱりいつもと変わらなかった。とても最後には思えない。まだ明日があると思ってしまう。
卒業式のリハーサルがある僕はいったん彼と別れ、先に舞台の方へ向かった。
リハーサルも順調に終わり、いよいよ卒業式本番が始まった。僕は舞台裏で卒業生の代表としての顔を作る。
表向きの顔。どんな人も持っている表向きの顔をつくるのが僕は苦手だった。
理由は昔、その顔がメカニカの様に冷たい顔をしていると言われたからだ。いくら技術革新が進み、人の役にたつようになったメカニカだが、所詮はココロを持たないロボットであり、どんなことがあっても人の上に立つことはない存在。それに犯罪に使われたことだってあるのだ。優れているからといって一緒にはされたくない。僕は人間なのだから。
それに言われたのはつい最近。学校の顔として表にでるようになってからだ。感情がないと言われて腹が立たない人はいないと思う。
目の前の風景にあきあきしていた頃、やっと生徒全員に証書が行き渡った。いよいよ僕の出番だ。練習通り舞台のセンターに立つ。たくさんの人が僕をみている。
ふと右に目をやるとルイスが僕をみてウィンクをした。この中からも見つけられたぞ、と彼に向けて僕は少しニヤッとした。
僕は紙を取り出し、そこに書いてあるつまらない定型文を読もうとした。
そのときだった。
突然の爆発音と悲鳴があがった。壇上にいた僕はすぐに周りを見渡した。どうやら会場の後ろの方で爆発があったようだった。わかるのはそれだけ。他に何が起こっているのかはさっぱりだった。
「テロだ!」誰かが叫ぶ。
絶え間ない悲鳴と恐怖が広がる。恐怖の伝染はとてつもなく早い。すぐに会場いっぱいを絶望へと叩き込む。行き場をなくした人々は右往左往しながら出口に向かう。警備のメカニカは一体何をしていたんだ。
生命の危険だと人が判断するともう子供も大人も関係ない。体の弱い子供や年寄りはなぎ倒され、後回しにされる。われさきにと駆け込む光景は弱肉強食そのもの。
僕だってただ傍観しているだけでは殺されてしまう。
動かなければ。動かなければ死んでしまう。
それなのに僕は何も出来ずにただじっとたたずんでいることしかできなかった。
「おい!アダム!聞こえてるか、メカニカのテロだ!!逃げるぞ!」
「あ…」
なかなか正気に戻れない僕の腕をひっぱって走ったのはルイスだった。
僕とルイスは人の波とは真逆の方向に向かって走っていた。人の波に流れて行ってもどうせ出口でつっかえるだけだというルイスの提案で僕たちは裏口を目指していた。そして彼の案は見事に当たっていて、メインの扉につっかえていた人々は無残にも向けられた銃口の餌になるしかなかった。
「俺たち一体どうなるんだろうな。」
走りながらルイスが呟いた。
「さぁ、どうだろうね。死ぬかもしれないな」僕の一言にルイスは「そう簡単に言ってくれるな。」と半ば怒りながら僕に言った。
それに、いまは逃げるのに必死でそれ以上に思考が追いつかない。
「生き残りたいなら神様でも信じることだな」
僕は自分に言い聞かせるように小さく呟いた
なんとか2人で裏庭園まで逃げ込むことができた。息は切れ、普段以上に体力をつかってしまった。
「とりあえずここまでは逃げられたが…」
周りの状況を確認する。幸いこの場所は被害にあっていないようだ。
僕たちが逃げ込んだ裏庭園はこの学校の設立当時からあるものだ。この学校の関係者なら知らないはずのない場所。
この場所に誰もいないとなればこの事件を引き起こした犯人は…。
「こんな時までアダムは冷静だな。」
僕の思考を止めたのはルイスだった。昔、こんなときには冷静にならねばならないと教わったことを覚えてないのか?コイツは。そういえば、教えてくれたのは一体誰だったか…?
それに、気を緩めたくても緩めない状況だ。ここだっていつみつかってもおかしくない。もしもみつかった時、僕達2人でどうしろというのだ。そう思いながら僕は地面に倒れるように座る。
「おい!大丈夫か?」
「まぁ、なんとかね。」
彼も少しは自分の心配をすればと思ってしまう。口に出しても無駄だろうが。
「っ!」
ルイスがいきなり僕の後ろにふりかえった。
「なにがあった!?ルイス?」
僕も慌てて立ち上がる。
「何かいる!この近くに。」
何か?そんなもの僕にはみえない。だが、こういう時のルイスの嗅覚は敏感だ。僕も何回も助けられてる。例えば、先生から逃げるときとか。だがそれがテロリストなんかに通用するだろうか?それもメカニカの。
風で揺れる草木の音。僕の、そしてたぶんルイスの気持ちとは正反対にさえずる鳥の声を慎重に聞き、僕はみえない敵に集中した。
どれだけ時間がたっただろうか。きっとほんの2、3分だったと思うけれど、とても長く感じた。
集中力も切れてきた時、ふいにカラスが一言鳴いた。それが僕らの最期を告げる合図だった。
パンっという短い乾いた音がなった。
「ルイスッ!」
僕は勢いよくルイスを守るように飛びつく。
シュンと体を何かが掠る感覚がした。それが銃から撃たれた弾だということに気付くのには時間がかかった。
僕はルイスと一緒に地面に倒れ込んだ。音を聞いた警官が一斉に押しおせてくる。
安心した。これで助かる。僕達2人とも。
「ルイス!大丈夫か!?怪我していないか?」地面に寝転んでる彼に聞いた。興奮していた声はいつもより高かった。
僕の声を聞いたルイスは何も言わず、ただじっとこちらをみていた。
「おい、どうしたんだルイス?僕達助かったんだぞ。お前らしくないな」
ここまでいえば彼もなにか反応してくれるだろう。しかしその反応は僕が思っていたものとは正反対だった。
「おい、アダム、お前…なんで傷口から血が出ていないんだ…。」
「え…」
僕の中でなにかが壊れる音がした。
次の瞬間、僕を強い力が襲う。さっきの銃とは違う威圧感。ふと目の前の人の服装を見ると、その胸には警備隊の証である星のエンブレムを身につけている。
僕は多くの警官に取り押さえられていた。
僕達を助けに来たわけじゃないのか?
なぜ僕だけ取り押さえられているんだ?
わからない。なにがなんだか。
「アダム、お前今まで俺のことを騙していたんだな。失望した。」
え……。騙す?失望?何を言っているんだ?
「わからない。わからないよルイス。一体僕が何をしたって言うんだ?」
戸惑う僕の腕を指で指して彼は言った。
「その腕はメカニカの腕だ!血が出ないただのロボットの証だ!お前は今まで僕を騙して生活していたメカニカなんだよ!!」
「何を言っているんだルイス… 僕がロボットなわけないだろ!」
「メカニカにしては舌がよく回るんだな、お前。さぁ!吐けよ!どうせ誰かのスパイとかなんだろ!一体どこのどいつがマスターだ!?何のために俺のところにいたんだ!」
ロボ……ット?僕が…?そんなことはない。
それなら僕は一体何者なんだ…?
警官たちは無慈悲に僕を連れていく。
わからない。脳がパンクしそうだ。いや、脳なんて初めから存在しないんじゃないか…?
無様に引きずられていきながら僕は考えた。これが何かの間違えである可能性、ルイスの冗談である可能性。もしそうなら笑い事なんかではすまされない。
ルイスだけを残した冷たい地面には確かに銃弾ではない鉄の破片が落ちていた。
僕の体は落ちていく。どこまでも。
人の手が届かない暗闇へ。
不用品になったメカニカが行き着く先へ。
アンダーワールドへ。
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