僕は弟である

@Amemuro

第1話

兄さんが閉じ込められてから一週間もたった。誰が何の目的で閉じ込めたのかはわからないけど、扉の奥から苦しそうな兄さんの声が聞こえてくる。母さんも父さんも僕に非協力的だったから、僕一人で兄さんを助けるしかない!いつも僕を助けてくれて、遊んでくれた兄さんに今こそ恩返しをするべきなんだ!震える脚を抑えながら、僕は兄さんが閉じ込められた大扉を見据え、心に誓った。


まず、調べなきゃならないのは大扉の観察だ。どんな素材でできているのかとか、詳細な大きさとか、もしかしたら開くチャンスがあるかもしれない!

誰もいないのを確認して、大扉にそっと近づいて見上げた。見上げても1番てっぺんが見えないくらい大きな扉だ。こんな扉はこの世界にいくつか存在するけど、このような扉を兄さんはいとも簡単に開けていたなぁ。僕はノブに手も届きやしない。兄さんくらい大きかったらすぐにでも助けてあげたのに。

次にどんな素材でできているか調べることにした。柔らかい手のひらでポンポンと叩いてもとても固いことが分かる。匂いを嗅ぐと、木独特の香りがした。分厚い木の板を破る力は僕にはない。なんでも噛みちぎるこの牙も大扉の前では錆びて脆くなった刃物同然。怒りや憎しみをこめて引っかき傷をいくつかつけておいた。

これでわかったことは、僕ではこの扉を開けられない、壊せないということだ。



次に時間経過による変化を調べるため張り込みをすることにした。どの時間に何が来るか、どんな変化があるかを記録するのだ。

1日目。早速寝坊してしまった。しかし、育ち盛りの僕に睡眠は不可欠だし、この時間に僕が寝るということは他のやつもぐっすり眠っているに違いない!ということでこれは大して問題にはならない。

空は暗くなっていたが大扉付近は明るかった。僕は大扉のそばにさりげなく座り込んで寝たフリをした。フリをしたはずなのに、どんどん瞼が重くなっていく……ダメダメ、ちゃんと起きていなきゃ。兄さんを助けるための調査はしっかり完遂しなくちゃならない!そう思っているとドスン…ドスン…と大きな何か近づいてくる音がした!慌てて壁の後ろにまわって、そっと大扉のほうを見ると、大きな生物が大扉を開けているところが見えた。チャンス、と思ったけどここで変な行動を起こすと僕も捕まりかねない。そうすると兄さんを助けることなんて夢のまた夢になってしまう。張り込みを終えて、計画を練ってからにしなきゃ。よく見ると生物は手に何か持っている。多分食べ物だ。白い固まりがふたつと、暖かそうな液体だ。兄さんの食事かな?なんてことだ。一日にあんなものしか食べさせてもらえないなんて!僕でももっといいカリカリを食べさせてもらうのに!

生物はすぐ大扉から出てきたけど、そのとき僕の顔を見られた。僕は慌てて逃げたけど、僕も敵の顔を見ることが出来た。なんだか母さんに似ていたけれど、これは兄さんや僕を騙すための変装だろう!

二日目。また寝坊。寝ないと死んでしまうんだから、しょうがないしょうがない。

昨日とだいたい同じ時間に母さんに似た生物は昨日と同じものを持って現れた。もしかして決まった時間にこいつは現れるのか?だとしたら計画を練りやすい。

三日目も同じ時間に同じことをした。と思う。寝坊してしまったうえに張り込み中寝ていたからよく分からない。でも、ドスンドスンという足音は聞こえていたから、この憶測もほぼあっているだろう!


さて、計画を練らねばならない。観察と張り込みで得たことを組み合わせれば簡単にできるはずだ!今回は兄さんの救出だけが目的だったけど、うまくいけば兄さんと共にこの事件の親玉も倒せるかもしれない!

計画は単純明快。食事配給のタイミングで僕持ち前のしなやかさでするりと侵入!まずは兄さんと再会し、不安がっている気持ちを落ち着かせて、翌日の食事配給のとき強くて大きな兄さんと力を合わせて敵を倒し脱出!強い兄さんが自分から脱出しないのは僕が助けに来れないとか、お前に味方はいないとか、不安を沢山吹き込まれてるからだろう。絶望して自分から出る気にならないのだ。そこで僕が現れて兄さんを安心させれば、兄さんもいつもの力を取り戻してくれるはず!うーん、我ながら完璧。早速今日実践だ!


いつもみたいに、重い足音が響いてくる。僕は壁からそっと出て、敵の後ろに回り込む。自慢じゃないけど僕はとても静かに素早く行動出来る。このおかげで狩りを素早く簡単に行うことが出来るのだ。やはり敵は気づいていない。

大扉がズゴゴと開いて、ホコリが舞った。兄さんのいる部屋は小さい明かりがぽつんとついてるだけだった。可哀想に、こんな悲しい部屋にいれられて。すぐに助けるからね!


と走り出した僕の首根っこを何者かに掴まれた。見ると、扉を開けた敵だ!僕は大暴れしたけど敵にとってはなんともないらしい。兄さんの姿を見ることも叶わず僕は大扉から追い出されてしまった…。


気がつくと寝床にいた。多分あのままここに連れてこられたんだと思う、しかし僕を閉じこめなかったのは失敗だったようだな!僕は簡単には諦めない。兄さんのためならと思えばなおさらだ。それに、昨日の侵入も無駄ではなかった。敵は鍵を開ける様子がなかった、つまり鍵をかけてなかったのだ!鍵をあいていることを知りながら開けられないほど、兄さんの心は弱ってしまったのだろう。そこまで兄さんをおいつめた敵に対して、怒りの炎がますます、この火で大扉を燃やし尽くしてしまうくらい大きくなった。もう一度作戦を練り直さねばならない。



兄さんはきっとひどく不安がってる。僕の存在を認識すれば扉を開いてくれるかも…。

大扉が厚くて固くて破れないとしても、きっと声は聞こえるはず。僕は僕なりの精一杯の大きな声で兄さん、兄さんと呼び続けた。兄さんっとか、にいさーーんとか、おにい!とか、呼び方も変えてみた。


大扉が少しだけ開いた!そこからにゅっと手が伸びてきて僕の頭を撫でた。大きくてゴツゴツした、兄さんの手だ!懐かしい良い匂いがして、僕の好きなところをうまく撫でてくれる。この時間が永遠に続けばいいのに!と願った瞬間、手が引いて扉が閉まってしまった。僕はこの幸せな時間が続かなかったことにがっかりしたけど、それより、兄さんが僕を認識しても大扉をあけてくれなかったことに気づいて大きなショックを受けた。僕を見ても、触っても、そこから出たいと思わなくなってしまったんだ。


どう寝床に戻ったか覚えてない。今は兄さんがとても可哀想な、大変なことになってしまったことばかり考えている。僕を助けてくれた兄さん、遊んでくれた兄さん、ご飯をくれた兄さん…優しく強い兄さんはもういない。希望の光がなくなり真っ暗な世界で僕は一人ぼっちで生きていくしかないんだ…。お気に入りの、ダンボールの寝床に身を沈め、目を閉じた。起きたとき、世界が変わっているように願いながら。




「圭介、夜食」

「ありがとう母さん」

俺は井上圭介。絵に描いたような受験生だ。学校から帰ってすぐに部屋にこもってずっと問題を解く。賛否両論あるだろうけど、俺に1番向いてるのはこれだった。そんなもんだから晩飯を食い忘れる、というより晩飯を食う時間が勿体なくて母さんにおにぎりと味噌汁作って持ってきてもらってる。母さんは嫌な顔ひとつせず、俺に協力してくれた。

「圭介、お勉強もいいけど、たまにはみぃ助と遊んであげたら?ドアかいてたし、ずっと鳴いてたし、この前なんか入ってきたでしょ。どうしてこの部屋に入れてあげないの?」

みぃ助は、俺が拾ってきた子猫だ。半年くらい一緒に居るけど弟のように可愛がっている、我が家のアイドル猫だ。

「俺が遊びたくなるんだよ。一緒にいるとさ、みぃ助には申し訳ないけど。この前ちょっと撫でてやったんだけど、そのあとみぃ助と遊びたくなって仕方なかったよ」

「圭介がずっと勉強に集中したいなら、それがいいかもね…」

「これが終わったらめいっぱい遊んでやるつもり。それまでみぃ助よろしくね、母さん」

母さんはわかった、というように微笑んで部屋から出ていった。そう言ったけど、みぃ助のことを話すと遊びたくなる。勉強しすぎかな?たまには、みぃ助と遊んでやるのも悪くないかもしれない。俺はおにぎりを片手に貪りながら、また机に向かって手を走らせた。

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