信頼
下上筐大
言葉の力
「君は社会は何で成り立っていると思う。」
目の前にいる白衣を着た、痩せた男は僕に問う。
「なんでしょうか…頑張る人たちによってですか?」
「そうだね。それもあるかもしれない。けど、僕はこう思うよ。」
「この社会は世の中は信頼で成り立ってるんだ。」
「はあ…信頼ですか…」
「そうだよ。信頼。例えば君が階段を降りているとしよう。」
「そうしたら、君の後ろにいる人は君の背中をちょいと蹴飛ばすだけで、君も君の前にいた人も階段をかけおちて最悪死ぬかもしれない。」
たしかにそうかもしれないが、そんなことするやつ聞いたこともない。
「…けど、それは大袈裟じゃないですか…?」
「大袈裟。そう思えるってことはやっぱり君は信頼を置いているんだよ。少なくとも君の背後を歩いている人に対してはね。」
「はあ…」
なんだか騙されてるような気分だけど。
「けど、それって法律で、人に危害を与えたら、なんというか、面倒なことになるからじゃないんですか?」
「ああ、それもそうだよ。つまりこの場合の信頼はきっと法律で作られた信頼なんだろうね。君も面倒くさいことはきらいだろ?」
「だから、法律は面倒なことを省くために信頼を築いた。この人の増えすぎた世の中では、そうでもしなければ、外に出るだけで、皆んな疲れてしまうから。そんなの嫌だろ?」
「はあ。それもそうですね。」
「次は、言葉の話をしようか。」
「言葉のはなしですか?」
藪から棒に話が変わった。
「そう。言葉。言葉はすごいんだ。この僕もなんど言葉に救われたか分からないよ。」
「例えば、名言の話をしようか。名言って聞いて色々思い浮かべるところはあるだろうけど、名言なんていうのは何の実用性もない、耳に心地いいように言葉を並べただけのものなんだよ。」
「はあ。」
なんだか、ひねったものの見方だ。
「君には難しい話かもしれないね。ところで、君は言葉で元気づけられたことはあるかい?」
「まあ、あるっちゃありますけど…」
「そうだろうね。僕にもあるよ。けど、言葉で元気づけられるなんてことは本当には無いんだよ。そんなことは本当はない。」
「だけど、言葉で元気づけられたような気になるのは、誰かからもらった言葉を自分のいいように解釈して、自分の頭の中を整理する手助けにしてるからだ。だから、なんだか、元気づけられたような気になったりする。」
「はあ…」
「要は、頭の整理をするのに言葉は役立つってことだね。そして、言葉は絶対的なものでもある。」
「絶対的ですか…?」
「そう。絶対的。例えば、そうだね。なんでもいい。頭の中に何か凄い怪物のようなものを思い浮かべてみて。」
「怪物ですか。」
「そう怪物。」
「はい。思い浮かべました。」
「じゃあ今度はそいつをその怪物を出来るだけ詳細に言語化してみて。」
「ええーと。まず、頭の形が細長くて、角が五本頭んに生えてて、それから、」
「ああ、もういいよ。それで十分。ここで僕が言いたいのは、君が思い浮かべることができるもので、言語化できないものはないっていうことだ。」
「ああ…たしかに。」
確かに、言語化できない部分がない。逆に言語化できないようなものを考えるとイメージがぼやけて、思い浮かべることはできない。
「つまりね、この世の全てのものは言語化できるということだよ。言語化できないものはこの世に存在できないんだよ。」
「一理…ありますね。」
「君はこれから先様々なことに出会うだろうけど、そのもの全てを言語化することに勤めてほしいな。言葉はこの世で一番強いんだから。」
「はあ。肝に命じます。」
「それじゃ、今日はこれでおしまい。おつかれ。」
僕は部屋を出た。部屋をでて、入れ替えりで次の人が部屋に入る。
「さて、君は社会は何でできていると思う?」
「ええと、…頑張る人でしょうか?」
信頼 下上筐大 @monogatari
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