Saturday
7月14日
今日は卵とトーストが朝ごはんだった。
朝から友達を食べれなかったのは寂しかったけど、後でおいしいものをあげるって言われたからがまんした。
だけど、もらえなかったんだ。
新しく会った友達、ルークを食べたら病院に連れて行かれちゃった。
ケイティよりもずっと硬くて噛めなかったから、全部飲み込んだんだ。
なのに、ママはぼくをお医者さんの所に連れて行った。
あんまり覚えてないけど、病院ではいろんな事をした。
お医者さんは”食べて良いものと駄目なものがあるんだよ”と言って、ぼくが食べたはずのルークを見せた。
ぼくが”でも、友達だから”って言うと、お医者さんは首を横に振った。
そしてぼくはママとルークと一緒に家へ帰った。
ママはちょっと怒ってて、おいしいものは明日になった。
早く明日にならないかな。
みんな、みんな殺さなきゃ。
―『ジャックの日記』より
――――――――――――――――――――――――――――――――――
よく晴れた日の朝、少年はいつものように新聞を取りに行く。
今日はいつもより出勤時間が早いのか、少年が家に入る前に父親が出てきた。
「今日は早いんだね、パパ」
「あぁ、明日たくさん遊ぼうな」
「うん!」
「良い子にしてるんだぞ」
と言って、少年から新聞を受け取り、父親は車に乗って出勤した。それから少年は嬉しそうに家へ入っていった。
少年が嬉しいのは明日父親と遊べるからではない。今日の友達は誰なのか、いつ訪れるのか楽しみなのだ。
しかし、少年は用意された朝食を見てがっかりした。テーブルに置かれていたのはトーストと目玉焼き、そしてサラダだったのだ。
少年は母親に尋ねた。
「今日はパンなの?」
「えぇ、嫌いだった?」
「嫌いじゃないけど……」
そう言って俯くと、母親がある提案をした。
「そう……それじゃあ、後で美味しい物をあげる。だから朝ご飯は食べて」
「おいしいもの?」
「そうよ、とびっきり甘いの」
「そっか。分かった、ぼく食べるよ!」
母親は頷き、二人は朝食を食べ始めた。
暫く静寂が続いた後、母親が立ち上がり食器を片付ける。それから少し後に少年が「ごちそうさま」と言った。
朝食を済ませた少年は大好きなボールを持って庭へ行く。少年はのびのびと走り回り、壁に向かってボールを投げ、少し湿った芝生を転げ回った。
一頻り遊んで疲れたのだろう、そのままの姿勢で呼吸を整えている。
少年がふと頭上を見ると、灰色の瞳をした子供と目が合った。
瞳と同じく髪も洋服も灰色で、暗い印象のある子供だ。
起き上がった少年は、彼に話しかけた。
「こんにちは。ぼくはジャック、きみはだれ?」
すると、目の前の子供は少しだけ口角を上げて答える。
「こんにちは、ジャック。ぼくはルークさ」
「そうなんだ」
「あぁ、ボクの兄弟も紹介しようか?」
「兄弟がいるの?」
「勿論、でもみんな姿も名前も一緒なんだ」
「へぇ。すごいね」
「ほら、木の陰や花の下を見てごらん。たくさんいるだろう?」
「ほんとだ」
少年は瞳を輝かせた。
「色んな事に使われるボクたちだけど、キミは何をするんだい?」
「ぼくはね、きみを食べるんだよ」
「え―――」
何かを言う前に、少年は彼の頭に齧りついた。
ガリガリ、ジャリ。
「固くて噛めないや」
「やめてくれ!ボクは食べられたくない!」
「きみはそうかもしれない、でもぼくは違うんだ」
そう言って少年は口を大きく開け、手のひらに乗せた灰色の丸い物を食べた。暫く口の中で転がした後、一息に飲み込んだ。
少年は自分の体内にしっかりと”ルーク”がいるのを感じた。美味しくはないだろうに、少年はとても満足気な顔をしている。
そして、少年は木陰にいる子供たちに目を向けた。ルークが言っていた兄弟たちだ。お腹にいるルークと比べて小さい彼らは、恐らく弟というものだろうと少年は思った。
先程の”食事”を見ていたのか、小さい彼らは恐怖に怯えている。そしてその表情は少年が歩み寄る度に強張っていく。
「やぁ、小さなルークたち」
「来るな!あっちに行け!」
「かなしい事言わないでよ」
そう言って小さなルークを一人、掴み上げた。
「離せ!」
「ルークを離すんだ!」
「やめろ!」
小さなルークたちが口々に叫ぶが、少年は聞く耳を持たない。
良い子にするために、両親から褒められるために、甘い友達を食べるために。友達をたくさん食べると決めたからだ。
「ヤだよ」
そして小さなルークはゴクリと飲み込まれた。それを見て地面に残された小さなルークたちは悲鳴を上げた。
少年は体内でルークが再会できたらいいなと思いながら、次の小さなルークを掴む。
ガタガタと震えて怯える小さなルークを見て、少し可哀そうだと思った少年はこう言った。
「すぐにみんなと会えるから」
優しい声色とは裏腹に、少年は小さなルークを一飲みにした。
それから一人、二人、三人と食べられていくうちに、残った小さなルークたちは段々声を上げなくなった。
それを少年は”分かってもらえた”と勘違いし、残りの小さなルークたちも食べようとした。
しかし、伸ばそうとした手を叩かれた。
少年が振り向くと、そこには怒った母親がいた。
「何時まで経っても家に帰ってこないと思ったら……どうして石を食べたの!?」
「え……?」
「あなたは小石を飲み込んだの、飲み込んだらダメでしょ!」
「違うよ、石じゃなくて―――」
「いいえ、あれは石よジャック。病院へ行くわよ」
そう言って少年は母親に抱えられ、無理矢理連れていかれた。
母親を怒らせてしまった事に驚いた少年だったが、自分が間違ったことをしているとは思えなかった。
”きっと食べすぎたから怒られたんだ、食べたことは間違ってない”
と、少年は自分を言い聞かせるようにずっと思っていた。
病院で適切な処置を受け、少年の体内から石たちは全て取り出された。
空腹感があるのか、少年は自分の腹を撫でている。
待合室で母子が待っていると、名前を呼ばれ診察室に通された。
そこには気難しそうな顔をした医師が待っており、少年と母親は椅子に腰かけた。
医師がまず話しかけたのは少年の方だった。
「君はこれが何か知ってるかい?」
そう言ってトレイに入れられたルークを見せると、少年はそれに手を伸ばして言った。
「ぼくの友達!」
しかし、医師からトレイを遠ざけられ、手が届かない所へ置かれた。
そして少年の目を見ながら言った。
「いいかい、君の周りには食べて良いものと駄目なものがあるんだよ。アレは駄目だ」
「でも、ぼくの友達だから……」
「友達なら大切にしなさい。食べてはいけないよ」
それを聞いた少年は俯いた。反論したとしても、医師に理解されないと思ったからだ。
一方、医師はすでに母親と話を始めている。少年には難しい言葉が飛び交う会話だった。
する事のない少年は考えた。
”どうして怒られたんだろう”
”どうしてルークじゃ取り出されたんだろう”
”どうしてパパとママが言う事とお医者さんが言う事は違うんだろう”
そう考えている間に難しい話は終わり、母親から声を掛けられた。
疲れている母親の顔は少年には怖く見え、身を竦めた。
「さぁ、帰りましょうね」
優しい声色だが、確実に怒っているのが分かる。
少年は黙ったまま母親について行き、待合室や車では静かにした。
帰りの車の中で、母親は少年を叱った。口を開こうとしない少年を見て、母親はもっと口調を荒げた。
家が近くなる頃、少年に向かってこう言った。
「美味しい物はお預け、明日食べましょう」
更にこう続けた。
「今日のジャックは悪い子だったから」
そして土曜日は終わった。
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