Friday

7月13日


今日はくもりで、朝ごはんは牛乳だけ。

それと目の前にはフィーナがいた。

ぼくはママに”朝ごはんはどこ?”って聞くと、”目の前にあるでしょ?”って笑いながら言ったんだ。

フィーナの柔らかい頬を掴んで、食べた。

すごく美味しかったから、ぼくは夢中で食べた。

フィーナを殺したぼくをママは褒めてくれた。

すごく喜んだママは、青い目のジンを連れてきた。

ぼくはジンの手足を折って、手に噛り付いた。

ぼくが食べる様子を、ママはうれしそうに見ていた。

ジンも満足そうに笑ってた。


でも、変な子がおかしな事を言うんだ。

いじわるそうな声で”モットクエ、モットコロセ”ってずっと言ってくる。

耳を塞いでも、テレビを見てても、ずっとぼくの近くで声は聞こえてくる。

ぼく、ちゃんとフィーナもジンも食べたのに。

朝から2人も殺したのに。



                     ―『ジャックの日記』より



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 昨日の大雨を少し残した曇天の空。

しかし、天気とは真反対な様子の少年は、元気よく新聞を持って家まで走っていった。

それからしばらくして、玄関から父親が出てくる。

傍から見れば日常風景の1つに過ぎないが、その家族にとっては大きな変化があった。

少年がお菓子を食べるようになったからだ。


 少年はリビングの席に着くと、目の前に準備されているものに目を丸くした。

「ママ、朝ごはんはどこ?」

すると、母親は少し不思議そうな顔で笑いながら答えた。

「目の前にあるでしょ?」

確かに、少年の目の前には牛乳とマフィンが置かれているが、少年はそれを”朝ごはん”だと認識はしていない。

少年の目には”友達のフィーナ”として映っているのだ。

小麦色の頬をした”友達のフィーナ”は、何も言わず少年に笑いかける。

まるで何もかも見透かしている様な目だ。

 少年はその柔らかい頬を掴んで千切り、口に含んだ。

「おいしい」

ぽつりと小さく呟き、更に食べる。

段々と食べる速度も早まり、気づけば”友達のフィーナ”は欠片も残らないほど食べ尽くされていた。

 家事が一段落した母親が少年を褒めた。

昨日の飴玉だけでなく、マフィンも食べられるようになったからだ。

「すごいわ、ジャック!偉いわね」

母親は嬉しさのあまり、少年の頭を撫でたり頬擦りをしたりしている。

そして、何か閃いたのか戸棚の方へ向かった。

「ねぇジャック、これも食べてみない?ジンジャーブレッドマンよ」

と言って、戸棚の中くらいな瓶から1枚取り出してジャックに手渡す。

 アイシングで白い縁取りとにこやかな口が描かれ、その上に青い2つの点は愛らしく見える。

当然、少年にはそれがジンジャーブレッドマンには見えておらず、優しく微笑む”友達のジン”だと認識しているのだ。

 少年が”友達のジン”を受け取ると、パキパキと根本から手を折って食べ始めた。

ザクザクと咀嚼し、口元についた友達の欠片を舐め、母親にこう言った。

「あまい、すごくおいしいよ!」

それを聞いた母親はとても喜び、瓶から更に3枚取り出した。

「気に入ってくれてママは嬉しいわ。さぁ、これも食べて良いわよ」

と言ってマフィンが乗せられていた皿に並べた。

「ありがとう、全部食べるよ」

「えぇ、喉に詰まらせないようにね」

そして母親は優しく微笑んで家事に戻った。

連日の出来事で最近はずっと少年を気にかけていた為か、溜まっている家事がいくつかあるのだろう。少し足早にリビングを出て行った。

 母親の事情などお構いなしの少年は、皿に置かれた”友達のジン”をどう殺そうか考えながら、彼の足に齧りついていた。

がりがりがり。という音が静かな部屋に響いている。

 時折り、少年の呟きが雑音のように混ざるが、ほとんど咀嚼音で掻き消される。

辛うじて聞こえるのはこんな言葉くらいだ。


「あまい」


「おいしい」


「食べなきゃ」


「殺さなきゃ」


 少年はジンジャーブレッドマンを夢中で食べ、いつしか最後の1人までも食べてしまった。

寂しげな顔で最後に残された彼の頭を齧った少年は、突然何もない空間をじっと見つめ始める。

まるでそこに誰かがいるようにも見える仕草で、視線の先のに向かって首を横に振った。

そして耳を塞ぎながら、近くのテレビまで速足で向かう。何故耳を塞いでいるかは少年にしか分からない。

 テレビの前に座って電源をつけ、映し出された映像を見つめた。少年にとってテレビは、知らない人が黒い箱の中から語り掛けてくるというものだ。

まだ幼い少年には分からない言葉をたくさん話す人もいれば、軽快な音楽と愉快な動きをする動物もいる。今、少年が見ているのは前者だ。

 白い部屋にいるスーツを着た男性が、昨日起こった出来事を淡々と話している。

少年にとって虫食いがあるメモ紙のように分からない事も多いが、人が話しかけてくる様子が楽しいらしい。じっと画面を見つめている。

 しかし、しばらくして先程と同じ行動をとった。突然自分の真横を見つめ、首を横に振ったのだ。

そしてまたテレビ画面へと顔を向ける。

しばらく同じ番組を眺め、スーツの男性が画面から消えた頃に母親が部屋へ来て言った。

「今からお昼の準備するから、そのまま待っててね」

「うん」

少年は大きく頷いた。

 そして番組は変わり、色んな人たちがテレビに現れた。賑やかな音楽とたくさんの拍手と笑い声が聞こえてくる。

その人たちのほとんどが早口で喋っており、少年が言葉の意味を理解する前に笑い声が響く。

それを幾度か繰り返した頃に、リビングにいる母親から声を掛けられる。

「お昼ご飯食べるからいらっしゃい」

「はーい」

返事をしながらテレビを切った少年は、立ち上がる時に少し妙な顔をした。

まるで何かを唆されたようでもあり、口元を緩ませて笑っていた。

その表情に母親は気づかなかったが、少年自身も自分が今どんな表情をしているのか分からないでいる。

 それから平穏な食事が始まり、少年はいたって普通に振る舞っていた。

父親が帰宅してからもそれは変わらず、お手本のような”良い子”だった。


そして金曜日は終わった。

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