第5話 さらに地獄へと
近くにいた人によってすぐに救急車は呼ばれていた。彼女の頭からは血が流れており、呼んでも返事はない。だから俺は道路で倒れている彼女のためにこの道を通る車を止めることに必死だった。両手を大きく広げ車を止め、チラチラと倒れている彼女の方を見る。医者ではないのでどれくらいまずい状況なのかは分からないが、素人目にもはやく病院へ連れて行かなければいけない状態なのはわかる。
病院はここから15分ほどの救急病院に運ばれるらしい。俺もタクシーを捕まえてその救急病院へと急ぐ。
着いた時に彼女は集中治療室にいた。まだ、集中治療室のランプは赤くなっている。俺は集中治療室の前の椅子に座り、両手を合わせ、どうか彼女の命だけは助かることを祈るほかなかった。
事故が起きた瞬間の事はまだスローモーションのように覚えている。だから余計不安になる。あの時に俺がもう少し彼女と話をしていれば、彼女を家まで送っていたら、事故は起きなかったのではないかと考えてしまう。
赤いランプが消え、中から眼鏡をかけた見るからにベテランのお医者さんが出てきた。
俺はすぐに立ち上がり、今にも泣きだしそうな表情で聞く。
「彼女は大丈夫何ですか!」
「うん、彼女の命はね。ただ……彼女のお腹の子供は助からなかった。それと……彼女自体いつ目を覚ますかは分からない。」
「お腹に子供ですか……?」
「そうだ。君との子供だったのか?」
「いいえ、そうゆうわけではないです」
「そうか。まあ今は彼女が目を覚まさない限りにはな」
「はい……」
彼女の命が助かった嬉しさと目を覚まさないかもしれないという不安とおろしたと聞いていた子供を実はおろしていなかったことなど様々な気持ちが混じり合い、 なんとも表現できないようなもどかしい気持ちになる。
だが、彼女はなぜそのような嘘をついたのか。考えれば考えるほど嫌になる。
まだ今日は彼女とも面会できないと言われたので今日はおとなしく帰った。
月曜日となり、学校へ向かうも結局彼女の事が気になり昨夜は寝むれなかったため頭がモヤモヤしている。
「潦人! おーい」
「……」
「おーい。聞こえてる?」
誰かに呼ばれた気がしたと思い横を振り向く。
「ん? あ、蒼汰か」
「ほんと大丈夫かよ」
「俺は大丈夫。俺は……」
彼女の状態が気になり頭がそのことばかり考えてしまう。昨日寝ていないため本当は寝たい気持ちもあるが、やはり彼女が気になり寝れない。
「何があったのか言ってみ?」
「実はその……。好きな子が出来てさ」
「おー。とうとう潦人も恋を知ったか」
「うんまあそう、でもその子が今事故にあって命は助かったけどいつ目を覚ますか分からない状態で」
「あー心配で夜も眠れないと」
「そうゆうこと」
この辺の勘の良さはさすが蒼汰といったところだ。しかし、彼女のお腹に子供がいたことは伏せておいた。
「それは結構きついな。でも今ここで潦人が悩んでもその子が回復するわけでもないし、忘れろとまでは絶対言わないけど、考えすぎないほうがいいと思うよ」
「うん……」
「まあ、理屈じゃないしな」
ちょっとでも気がまぎればと思い学校もバイトも毎日行った。夢ちゃんからのラインも来ることはなく気が付けば彼女のことを考えてしまっていた。
1週間たてど夢ちゃんからの連絡はない。日曜日はいつもバイトをいれていないため、もちろん学校もない。だからといって女の子と遊ぶ気にもなれない。蒼汰は部活だから遊ぶこともできない。しかもそんな日に限って早起きしてしまう。まだ朝の7時である。トーストを食べ、いろいろ考えたのち、やはり今日は彼女のいる病院に行ってみようと思った。
病室をノックするも誰からも返事はない。中に入ってみると、彼女はいた。ベッドに寝ている彼女は痛々そうでつい目をそらしてしまう。横に置いてある椅子に座り大きく息を吐く。それからして、そっと彼女の手でも握ってみようかと思い、手を近づけたが手に触れる寸前で止めた。彼女の表情が変わることはない。それにどこか寂しさを感じる。
時刻は昼の2時ごろになる。ここに俺がいたところで彼女の容態が良くなるわけではないしお腹も空いてきたからそろそろ帰ろうと思い、立ち上がり斜めがけのバックを頭から通す。すると、ガサっと布がすれる音がした。俺はすぐに彼女の方を見る。するとさらに、ガサガサと音がして彼女が少し動いた。
「ゆ、夢ちゃん⁈」
「ん、んん……」
とりあえず俺は夢ちゃんの頭の上にある呼びだしボタンを慌てて押す。ピピピという音がして1分と経たない内に看護師さんが来た。
「どうされました?」
「彼女が目を覚ましました!」
「あ、はい。金崎さん大丈夫ですか? 意識ありますか?」
「ここ……どこ?」
彼女はまだ現状をよく理解していなさそうだ。でも今はそんなことはどうでもいい! とりあえず、今は彼女が意識を取り戻したことがうれしい。ついつい、顔から笑みがこぼれてしまう。
「ここは病院ですよ。覚えてませんか?」
看護師さんがゆっくり聞く。彼女もゆっくり話し返す。
「潦人くんとユニバ行って……。帰ってきて……。そこから覚えてない」
「あ、今初めて名前呼んでくれたってそれどころじゃない。大丈夫?」
「すぐに先生呼んできますね」
そう言って看護師さんは駆け足で部屋を出て行った。
「よく覚えてないや……。頭痛いな」
あんな事故にあったらそれはそれは痛いことだろう。とりあえず目が覚めてよかった。
お医者さんが部屋に入って来て、今から検査するとのことだったので今日は帰り、明日のバイトは休んでお見舞いに来ることにした。
1日が経ちまた俺は彼女の病室の前にいる。今日はちょっとしたフルーツも持ってきた。トントンとノックをする。「はい」と返事が返ってきたのでドアをスライドし1歩だけ入ってみる。
「よう! だ、大丈夫?」
「うん、検査の結果だとしばらく安静にしていたら退院できるって」
「そっか~。良かった~」
「どうやら私トラックに轢かれてこうなったんだね」
「うん……。やっぱり覚えてはないんだ」
「何かね~。頭を強く打つと記憶が飛んだりすることがあるって」
「あーね」
本当は彼女に聞きたいことがある。それはお腹にいた赤ちゃんのことだ。でもそれは、俺から聞きにくいことである。だからといって彼女がその話を自分から打ち明けてくれるとは思えない。
「何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
彼女は微笑みながらそう言ってきた。俺は反射的に「え?」と言ってしまった。
「あるけどさ……」
「聞いていいよ」
なぜかは分からないが彼女が今俺の思っていることを分かっているらしい。
「お腹の赤ちゃんおろしてなかったんだね」
「そうだよ。あれだけ潦人くんに聞かれたときは大丈夫とか言ったけど、実は未練アリアリで、おろせなかったんだ~」
彼女が笑って答えるその言葉にはどこか悲しさが感じ取られる。
「相談してくれてもよかったのに……」
「ごめんね」
「いや、別に夢ちゃんが謝ることじゃないよ」
「ありがと」
「誰だよ! そんなクズの男は! 俺が一発殴ってやる」
俺はフンっと鼻息をし、拳を合わせる。
「ほんとありがとね。そこまで言ってくれて。確か潦人くんって芥川高校だったよね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、もしかしたら知ってるかもね」
「え? 俺と同じ学校の人?」
「そうだよ」
「誰?」
「新垣蒼汰っていう人」
彼女から出た名前は俺の大親友である蒼汰だった。
「うそ……だよな?」
「なんで私が嘘つくの」
「蒼汰が逃げた男⁈」
意味がよくわからない。仮にもあの蒼汰だぞ⁈ 俺が1番学校で仲良くて尊敬もしている蒼汰が……。まだイマイチ状況を理解できない。
「知ってる?」
「知ってるも何も……俺の大親友だよ」
「え?」
「ごめん、ちょっとあいつのところに行ってくる」
俺はそう言い、夢ちゃんが何か言う前に部屋を出た。
病院を出た俺は蒼汰に電話を掛けながら走った。プルルルという音が鳴り4コールくらいで蒼汰は出た。
「もしもし~。どうしたー?」
「ちょっと今すぐ会えないか?」
「何? 俺に告白でもする気?」
蒼汰はクスクスと笑いながらそう答える。
「いいから。今どこ!」
俺の強めの口調に蒼汰も何か感じたのだろう。真面目の答えるようになった。
「さっき部活が終わって今家に帰る途中、森の前公園の近く」
「じゃあ、森の前公園で待ち合わせできる?」
「いいけど」
蒼汰が答えた瞬間俺は電話を切った。正直驚きが大きく未だにこの事態を本当の事と思えない。だが、夢ちゃんが嘘をつくとも思えない。だから、今は苛立ちも覚えているし、実際に会って確認したい。俺は急いで蒼汰のもとへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます