第20話 プール
「僕ら、置いてかれちゃいましたね...」
僕と桜和、そして目の前にいる彼女の3人で来たプール。けれど今は、僕と彼女─水澤さんの2人がプールサイドに取り残されている。僕たちの視線の先には、お気に入りの水着を着た桜和がプールに入っていくところが見える。
さっき桜和はお先に、とこっそりとウインクしてきた。その意図が、長年の付き合いと、昔、自分の中に引っかかって抜けない小骨のせいで分かってしまった。
──あの、おせっかい馬鹿。
内心は軽く毒づきながら、せっかくだから少し話しましょうか、と彼女をベンチに誘導すると、おずおずとそれに応じた。彼女は桜和の弟がきっかけで緑川家に引き取られた。といっても、養子縁組は組んでいないことなどから名字は変えないらしいが。僕はあくまでも部外者でしかないから詳細は聞いていないけれど、彼女と向き合うと何となくはわかる。
僕のことを見る瞳に乗っているのは、警戒の色。目の前の人間も自分を害するのではないか、と思っている、のだと思う。心の距離を感じる。僕は彼女ではないから、理解したくたってできないけれど。
けれど、あの子にそっくりだと、初めに会ったときにそう思った。信じたものに裏切られて、何にも期待できなくなって、それでも捨てられたくないと泣いていたあの子に。
そんなことを思いつつも、重ねて考えるのは彼女にもあの子にもとても失礼だろうと隅にやって、少なくとも疎まれていると彼女が勘違いしないような笑顔を心がけて話を振る。
「あの、初めて来られた時に出したお茶、どうでしたか?今後のためにも、感想をお聞きしたくて。」
そういうと、彼女は少し目を見開いてから言葉を探すように視線を揺らして、小さく笑みを浮かべて答えた。
「その、甘くて、おいしかったです。なんていうか、ほっとするというか...」
「口に合ったみたいでよかったです。それと、自己紹介がまだでしたね。僕は斎藤直樹といいます。あのカフェでキッチンと、時々ウエイターをしています。」
「えっと、私は水澤玲、といいます。いま緑川さんのお家...にお邪魔しているというか、その...」
彼女はそう言い淀むと、落ち着かない様子でからだを縮こませる。僕は里子として引き取られたことを知っているからいいけれど、そうでない人にはなかなか説明が難しいのかもしれない。
「そうなんですね。ところで、唐突ではあるんですが、あなた...水澤さんは、好きな人がいますか?あぁその、付き合いたいとか結婚したいとかそういうのではなくて、友達として、家族として、好きだと思える人は今いますか?」
「好きだと思える、人...」
彼女は復唱してから考え込む。口に出すのを戸惑うように口を開いては閉じる。そして大きく息を吸って、
「...そう、ですね、そう思えそうな人は、います。」
と言った。
「今の環境にいて、そういう人は増えそうですか?」
また問いかけると、控えめにコクンと頷く。その表情は優しげで、漠然と大丈夫なんだなと、そう感じられた。それに安心していると、プールから上がってきたらしい桜和が声をかけてくる。
「もう二人とも、いつまで話してるの?せっかくプールに来たのに、全然プールで泳いでないじゃん。ほらほら、あっちに流れるプールもあるし、みんなで行こう!」
「えっ、あっはい!」
そういって彼女の背中を押す桜和は、やけに上機嫌だ。彼女がとても自然に笑っているからだろうか?なんて思っていた数秒前の自分を少し殴りたくなった。
「もうすぐ私たち結婚して玲ちゃんとも家族になるんだし、玲ちゃんが直樹君と仲良くなってくれて良かった。」
「えっ、それは良かったです...?えっ?」
なんで桜和はこう爆弾を落とすのが好きな愉快犯なんだろうか。お義母さん譲りだと思うので、彼女にはどうか移らないことを願っている、なんて。それくらいずっと一緒に過ごせますようにと、普段しない神頼みなんてしてしまった。
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