夏休み

第19話 お誘い




 林間学校の行動班が決まり、あの日逃げてから話ができずに避け続けている赤城さんと同じ班になった。

 私が学校であったことをニュースにするとすればこれくらいで、それ以外は強いて言えばテストについて何も言われなかった、というだけだ。そうしていつの間にか学校は終わり、夏休みに入っていた。




「え?玲ちゃんってプール入ったのは小学校が最後だったの!?」


 私が黙々とお皿を洗っていると、そんな軽い絶叫がリビングに響き渡る。驚いたのはわかったけれど、流石に少し耳に響く。

 中学生になってから入っていないのは何かと怪我が多かったからで、今年もそんな理由で入っていない。だからもう泳げるかどうかすらわからないというのは内緒だ。


「せっかく夏なんだし、市民プールにでも行ってみたら?水着なら、ラッシュガード売ってるから買いに行こう。」


「えっと、椿さんは行かれないんですか?」


 私がそう首をかしげると、椿さんは困ったように笑う。その間にもその手元は全く止まらずに洗濯物を畳み続けているのはびっくりだ。


「私、夏はライブとかがあって仕事が立て込んでるから、ごめんね。」


 確かにそうだ。いつも七時くらいに帰ってきてくれているけれど、椿さんは芸能人だ。いつまでも甘えてられない。盗撮とかの可能性もあるし。


「一緒に行く人は私が声かけてみるから。」


「お願いします。」


 そんな成り行きで私は2年ぶりにプールに行くことになったのだ。



 ***



 プールの日。何度か聞いてはみたものの、「お楽しみ」だと言って誰を誘ったのかは教えてくれなかった。ただ、悠介さんは行かないらしい。残念そうな素振りで、玄関口から見送ってくれた。


 待ち合わせ場所は、桜和さんのカフェだ。火曜日の今日は定休日らしいのだけれど、外で待つのは危ないとわざわざ場所を提供してくれた。

 中で待ってしばらくすると、桜和さんと1人の男の人が奥から出てきた。しっかりとした体つきに、黒縁のメガネ。その瞳は、優しそうな雰囲気を感じさせる。初めて桜和さんのカフェに行った時、紅茶を出してくれた人だ。来た時に何度か見かけたことはあるけれど、名前はいまだに知らない。


「おまたせ。それじゃあプール、行こうか。」


 当然のようにそう告げる桜和さんに思わずキョトンとしてしまう。


「この3人でですか?」


 桜和さんは首を縦にふる。全く聞いてない、そんなこと。そんな顔をしていたのか、笑いながらそれに応えてくれた。


「その顔、お母さんが秘密にしてたでしょ。そうだよ。じゃあ、混まないうちに出発しようか。」


 強引に桜和さんに背中を押され、私たちは駐車場に向かった。




 太陽が夏らしくカンカンと照っている中、プールサイドに集まっている私たちは水着を着ているが、その形や柄はバラバラで、着ている人の性格が目につく。

 私の水着は水色の夏らしいデザインのトップスにスパッツ。椿さんに言われるがまま選んだものだ。

 桜和さんはオレンジ地の花が描かれたハイネックのビキニ。

 そして桜和さんが「直輝くん」と呼んでいた男の人は、様々な模様が描かれた白黒の水着を。


「久しぶりにひと泳ぎしてくるね。」


 なんて言って桜和さんは軽く準備運動をしてからスタスタと泳ぐ人専用のレーンの方に行ってしまった。


 場には、私と名前もまだ知らない男性の2人が残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る