第17話 遭遇




「最近の調子はどう?ちゃんと寝れてる?」


 白い診察室の中で、赤城先生が私に問いかける。今日は緑川家にいってからしばらく経ったので、無理をしたりしていないかという健康チェックだ。


「大丈夫です。ちゃんと7時間は寝れているので。」


「夕食っていつも何時くらい?終わった後は何してる?」


「7時くらいですね。勉強したりお皿洗いをしたり、洗濯物を畳んだりしています。」


 そう一気に答えると、赤城先生はせわしなく手を動かして、カウンセリングのメモのようなものに記入する。

 そして赤城先生は私にとって肝の質問...学校について問う。


「学校、どう?話せる人はできた?」


「はい、できました。全然少ししか喋りませんが。」


「玲ちゃんが少ししか話さないの?それとも相手と少ししか話さない?」


「1コ目の方です。」


 心の中で、絶えず流れ出る冷や汗を拭う。もし今ので少しでも不審に思われたのなら、完全にゲームオーバーだった。だが幸い、それには気づかなかったようで一安心だ。

 そのあとの診察も、特に綱を渡るようなことがなかったのでホッとした。



 帰り道。今日こそは夕飯を1人だけで作りたいと、そういうと決めていた。だから家に帰ったらちゃんとそれを言えるようにと脳内でシミュレーションを行う。すると、いきなり後ろからドン、と誰かがぶつかる。


「あ、ご、ごめんなさい。」


「こちらこそ...ってちょっと、ちゃんと道空けといてよ。」


 なんで謝ってから怒り出すんだろう。最初からならしょうがないって思えるのに。そう思って顔をみると、帽子が影になっていて分かりづらいけれど、どこかで見たことがあるような気がする。そうだ、確か...。


「同じクラスの、赤城さん?」


「気がつくのが遅いでしょ。それより、一緒に暮らしてるって噂、本当だったんだ。この前、一緒にいるとこ見たよ。」


「 ・・・。」


 全く何も言い返せない。暮らしているのは事実だし、制服というか、いつも見ている服装でないと人の認識すらうまくいかない。そうやって黙っていると、赤城さんはさらに言葉を積み重ねていく。


「だいたい、いきなり来て人の憧れを取っていくなんて何様?こっちが話しかけてあげても全然反応しな──。」


「おい、いい加減にしろよ。」


 刺さる言葉に目の前が真っ暗で、なにもわからない。理解できない。ただ、うっすらとわかるのは、背中の大きな誰かが、私を影にしてくれていること。敵意を向けてこないこと、それだけで、救われた気がした。そのあとは、一体何をしていたのか、起きていたのか寝ていたのかさえ、全く覚えていない。




 気がつけば横になっていて、温かいぬくもりを感じる。少しずつ目を開けると眩しい光に、つい口からうめき声が出る。

 その明るさに慣れてくると、目の前に誰かが座っているのが見える。青色のマットとフローリング。キャスターのついた椅子。


 ここはどこだろうと思考する前に、その座っている誰かが顔を覗き込んできた。先ほど会った赤城さんと少し面影のある──悠介さんの友達の優志さんだとわかる。その優志さんはまじまじと私を見つめている。


「おい、気分は悪いか?なにか、変なところは?」


「え、えっと...。」


 私が言い淀んでいると、優志さんはさらに顔を近づけてくる。正直すごく近い。


「大丈夫です、少し汗をかいているくらいで。」


 私がそう答えると、優志さんは胸を撫で下ろしたようだった。だが、それもつかの間。それがまるで嘘であったかのように目つきが鋭くなる。


「なぁ、いつもあんな扱いを受けているのか?」


──私には、何も答えられなかった。

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