第15話 図書室にて



 ───少しでも集中できるところで勉強を。と昼休みは図書室でワークを解いていた。今日は、英語をしていた。特に何かを考えてそれを選んだわけではないのだけれど、何かの紐で決められていたのかもしれない。


 私の横には、少し傷んだ長い茶色の、メガネをかけた女の子が座っていた。その子は手元にある本を読もうともせず、私が書いた答えをただじっと見ていた。

 どうせ嫌がらせか何かなのだろうと、できるだけ気にせずに進めていると、たった今書いた答えをその子は指差した。


「これ、"must"とかの後ろ、原型じゃなくて現在進行形になっちゃってるよ。あとここ、スペルミス。shakeに"c"はいらない。」


 そこを確認すると、確かにその子の言う通り間違っていた。教えてくれたのはありがたいけれど、話しかけても大丈夫なのか心配だ。素直に言ってくれるから余計に。


「あ、ありがとうございます。だけど、」


「言ってることわかる。けど、私も話についていけないから。」


 えっ、と驚いて俯いていた顔を上げると、その子は笑っていたけれど、どこか悲しげだった。



 話しかけてくれた子は、お隣の3組の、登坂とうさか華蓮かれんだと名乗った。イギリス人とのハーフで、小学校の五年生から日本に帰って来たらしい。

 話についていけない、というのは、ハーフだから感覚が違うのか、一緒にいること同じものを楽しめなくて、ただ話を聞いているだけになってしまっていると。確かに、自分の話を聞いてもらえないのは辛いだろう。


「でも、それでなんで私に?同じものを好きな人やその話を聞いてくれる人はいなかったんですか?」


 だから私のところへ来るなんて、いくらなんでも損する部分が多すぎる。違うグループにくらい居るだろうに。私と同じところなんて、いる人は居ない方が絶対にいい。

 あの子も、あの人だって。私が居なければ、きっと。


「いたけど、でも、その...。あなたとなら話せるって、安心できるって、なんとなく感じたから。」


 その言葉を聞いて、思わず私はあげていた顔をふせてしまった。心の中では、いろんな思いがごちゃまぜだ。


 自分のことをわざわざ選んでくれたと言ってくれて嬉しいし、だけどそのせいでこんなに優しい子が、と思うと悲しい。この子と、登坂さんと一緒なら少しは変われるんじゃないかっていう期待感もある。

 だけど、私が実際にどうやって扱われているか、どういう目で見られているか...自分の目で見たら、私のことなんて興味をなくしてしまうんじゃないかって、とても不安だ。

 でもそれは、本当にそう思っていたらの話だ。何かの罰ゲームで来たのかもしれないし、それとは関係なくからかいにや、点数上げのためにかもしれない。そうやって、信じたいと思いながらも、こうやって疑っている。


 ───私は、最低だ。



 だからこそ、私はそれに、何も答えられなかった。

俯いた私を心配しながら、「友達になってほしい」という申し出にも、何も。こんな空っぽの私には、相手も、対話も、何もかも対等にはできないから。

 何秒、何分経ったのか。沈黙を続けている私たちの間が途切れそうになったその時、今まで何回も助けられてきた、鐘の音がなった。

 

 登坂さんはまだ何も答えようとしない私をちらりと見てから、

「また、明日も来るね。」

と言って図書館を静かに出て行った。一度も、振り返りはしなかった。


 私は登坂さんが見えなくなってから広げていたものをまとめて、掃除場所へ向かう。

 その途中、いつもなら引っかかったりなんてしないのに、足元を見ていたのに、私は、転んだ。

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