第12話 代弁



 私が学校に行くという意思表示をした後、まず一番最初に向かったのは制服やだ。

 前の時は全部近所の方からもらった、というかもらえるように私が頼み込んだから、最低限個人で買わないといけないようなものを買って帰るだけだった。だけど、こうやって見回すとなんだか新鮮、というか初めてこういう店に来たかのように思える。


 制服は白い生地に紺の襟というシンプルなセーラー服で、スカートはジャンパースカートではなく腰で履く、一般的なスカートと呼ばれるようなタイプのものだった。前は紺の生地でジャンパースカートのタイプだったから、こんなに違うと私が行った中学校をリセットするようで、少しだけ気分がすっきりした。

 他にも体操服などを買い、文具屋などいろいろな店でまた必要なもの、なりそうなものを買った。



 そうやって歩き回った後、帰る途中に桜和さんのカフェがあるからと、『ペリドット』に寄ることになった。



 カフェに入ると昨日と同じように桜和さんが応対してくれて、今度はカウンター席に案内してくれた。今日は平日だからか、夕方といえども店内に人は少ない。

 メニューを開くと、アレンジティーというものやコーヒーの種類などが書いてあり、目を通して見ても全くそういうのがわからない私は、椿さんに選んでもらうことにした。


 私に運ばれてきたのは、アイスのミルクティーっぽいものと、チョコが挟まれたクロワッサン。椿さんにはコーヒーだった。


「本日のティーセットの、アイスキャンブリックティーとパン・オ・ショコラです。冷たいから一気に飲まないように気をつけてね。それと、コーヒーです。ごゆっくりどうぞ。」


 私の所に置かれた「アイスキャンブリックティー」は、よく見ると少し黄色がかった薄茶色をしていて、とても美味しそうだ。グラスを傾けてその紅茶を飲むと、冷たい紅茶が歩き回って乾いた喉を潤す。昔少しだけ飲んだ記憶のあるミルクティーより、はちみつが入っているからか、少し甘さ控えめな気がした。

 「パン・オ・ショコラ」は、食べるとサクッとしていて、チョコが口の中でとろける。


 どちらもとてもおいしくて、けれどすごいな、おいしいな、なんてありきたりの言葉しか出てこない。少しそれで自己嫌悪に陥ってからやっと、椿さんに言いたかったことを吐き出した。


「あの、私、なんでもいいんですけど、何かお手伝いをしたいんです。気にしないで、って言われても、その。」


 何かさせてもらえないと、理由もなくそのうち飽きて捨てられるんじゃないかって。迷惑をかけたままにしたくないって。言いたいのに、喉の奥に突っかかって出てこない。

 今暖かくだって、明日もそうである保証はないって、今までで身にしみているから。

 それに、何かしていないと、イヤでも良くない未来のことや、昔のことを、考えてしまうから。


「でも──。」


 申し訳なさそうに、「それでもやっぱり」と断ろうとしたであろう椿さんを、カウンターを挟んで桜和さんがさえぎる。私はそれに目をパチクリさせた。


「お母さん、玲ちゃんを心配する気持ちもわかるけど、玲ちゃんの気持ちを尊重してあげて。」


 それに反論しようとした椿さんにまだ「待った」をかけ、桜和さんは続ける。


「私にとっては、お母さんからのそういう気遣いは『親だから』って理由で享受できるけど、玲ちゃんからしたら、『〜だから』ってないわけでしょ?たとえ里親でも、あくまで他人であることには変わらないんだし。理由のない愛ほど、失いそうで怖いって、そう玲ちゃんは思ってるんじゃないかな。」


 桜和さんは、そう言ってこちらを見てから、注文を聞きに行ってしまった。


 重い空気が流れる。途中で、桜和さんを止めた方が良かったかもしれないと、今更ながらも後悔する。今の話は、多分椿さんの子供に対する接し方みたいな部分に傷をつけた。私はどうなろうと構わないけれど、それで桜和さんたちや、今後来るかもしれない里子に対するものが悪い方向に変わってしまったら、申し訳ないなんて言葉じゃ表しきれない。

 そんなことをぐるぐると考えていると、恐る恐るながらも椿さんが口を開いた。


「ごめんね、玲ちゃん。私の価値観を押し付けすぎちゃったわね。それじゃあ、これからはお昼ごはんと晩ごはんの準備、手伝ってもらってもいいかしら?」


 私はそれに対して今後の心配をしながらも、表向きは笑顔でうなづいた。

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