第11話 挨拶
今日は月曜日。今日も朝ごはんを作る許可は頂けなかったから、朝ごはんで呼ばれるまで、というか悠介さんが起きる時間になるまで日記を書くことで暇をつぶすことにした。
部屋の中は昨日の午後に来た業者さんが組み立てや配置までやってくれたおかげですでに家具がそこにあって、今まで頼んだこともなかったから分からなかったけれど、そこまでやってくれたのでびっくりした。時間までは昨日書き忘れた分の日記や、それでも余ってしまったので昨日の服装や食べたものなど、なんでもないどうでもいいことを書いていた。
朝ごはんを食べ終えると服装や持ち物などを確認して整えてから、ある場所へと向かった。
その場所は家から徒歩で15分ほどで着き、そこからはたくさんの人の声が聞こえる。とても楽しそうな声だ。私は自分がその声が耳に入ったのもあって自分が汗をかいているのを体で感じながら、もう二度と着るとは思っていなかった、学校の制服を握りしめた。
校内はとても清潔で、たとえ嫌々だったとしても生徒はきちんと清掃をしていることがわかる。
椿さんが職員室をノックして用件を伝えると、スーツを着た若くて髪の短い女性が出てきた。その女性は私の方をチラッと見て、椿さんの方に向き直ってから「こっちです」と歩き出した。
案内されたのは生徒相談室。といっても相談するのは生徒じゃなく保護者だ。
「はじめまして、緑川さん。2年2組の担任をしている、桃井 加奈と申します。もしお子さんが入られるのなら、私が担任をさせていただきます。」
その女性、桃井さんはそう言って厚みのある書類をこちらに差し出す。
椿さんはそれには目もくれず、自信を持って桃井さんに言葉を、返した。
「校則とか、そういう細かいことは私にとってはなんでもいいんです。ただ、うちの玲ちゃんが安心して過ごせるのなら。」
その言葉を聞いて、私も桃井さんもただただ目を見開いた。
そんなこと、言われたことなかったから。
そんなこと、言われるなんて思ってもみなかったから。
だからこんなことでと思われるかもしれないけれど、心がとっても暖かくて、まるで一生分の幸福を体験しきってしまったように感じた。
桃井さんは少し顔を伏せてから息を大きく吸って、
「私はまだ全然新人です。けど少しでも、そうなるよう努めさせていただきます。」
と、自信がなさそうに、けれどしっかりと椿さんと私の目を見て言った。
「玲ちゃん、」と椿さんは私の方を向いて、ただ聞いた。
「玲ちゃんは、この学校に入りたい?ここでも多分、あんな風には言ったけど嫌な思いたくさんすると思う。玲ちゃんはどうする?」
わたしは、ただ入りたいという意思を持って、頷いた。余計な心配は、かけたくないから。
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5月31日
今日は椿さんの娘で悠介さんの姉の、桜和さんのカフェにお邪魔した。やっぱり桜和さんも優しい人たちに囲まれて育ったからかとても優しく、周りの人が安心するような雰囲気だった。そして、名前を伺うことはできなかったけれど店員さんが私に「歓迎の印だ」と紅茶を出してくれた。桜和さんが教えてくれたその紅茶のアレンジの名前は残念ながらもう忘れてしまったけれど、とってもおいしかった。
またそうやって私なんかを気にかけてくれた人に、精一杯の感謝を。そして、お礼を。また今度行った時には、何か手伝ったりできることがないか聞いてみよう。人はすぐいなくなってしまうから、早く。
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