第7話 家




「重い...疲れた...」


 最初はこれくらい何ともないような風に私の前をスタスタと歩いていた椿さんは、実は最初から重かったのか疲れが溜まってきたのか分からないけれど、フラフラとしていてとても危なっかしい。


「あの...ひとつ持ちましょうか?」


「いいよ、もうすぐ着くし。」


「でも...」


 いくら言っても椿さんは荷物を私に渡そうとはしない。いくら近くと言ったって限界があると私は思ってしまうんだけれど。でも、椿さんが「持って」と言わないと、私には荷物を持ったりなんて出来ないのだ。


「ほら、あそこ。あそこが私たちの家だよ。」


 誤魔化すように椿さんが指を差した先には、黒糖のような色の壁でスタイリッシュさを感じさせるデザインの、背の高いマンションが建っていた。そのマンションの入口には、ちょっとした庭のようなものと、広い平面の駐車場があった。敷地も広いし、明らかに高いところのように見える。


「な、なんか高級感が溢れてますね...」


「まあ最上階だし値段はそこそこ...」


 最上階って...。確か、階数が上がるほど部屋の値段は上がったはず。下の階だったとしても相当値段が高いように見えるのに、最上階なんて、比べ物にならない。凄いお金持ちなんだと今更ながらに察する。まぁ、里親になることを即決できるほどだし、ある程度裕福な家庭なのは予想してはいたけれど。

 驚いている間に、いつの間にか椿さんが随分先を歩いていた。さっきはあんなにクタクタでフラフラしていたのに、今は何ともなかったかのようにスタスタと歩いている。

 その回復力にも驚きながら、走って椿さんに追いついた。



 ──────


「ただいまー。」


「し、失礼します...」


 玄関に入ると靴や上着がキレイに整頓されていて、私から見て右側の壁には綺麗な絵が飾ってあった。その絵の真ん中には大きな樹があって、その根元には2つの人影が。その周りには一面色とりどりの花が咲いていて、虫や鳥も自由に飛んでいた。


「おかえり。玲ちゃんも早く上がって、疲れたでしょ?」


「...あっ、はい!」


「...?」


 危なかった。もう少し声をかけられるのが遅かったら何か言われても気付かずボーッとしていたかもしれない。それほどに、あの絵に引き込まれてしまった。

 玄関からまっすぐに廊下を歩くと、とても広いリビングがあった。リビングにはダイニングテーブルと床に座るタイプの2つがあって、右奥には見える収納付きの階段が。左の窓はベランダに通じているように見える。具体的に "どこが" とは言えないけれど、すごいお金がかかってそうな部屋だ。


「豪華ですね...」


「ん、そう?まぁ、玲ちゃんも座って座って。」


 それをなんでも無いことのように考えている椿さんを横目で見ながら、座ってと言われたら座らなければいけないので、会話することを考えて椿さんの真正面の椅子を選んだ。


「悠介、お茶はー?」


「はいはい、準備してますよ。あ、玲ちゃんは紅茶で大丈夫?」


「あ、大丈夫です。」


 悠介さんは椿さんに言われる前に、もう台所に入って準備を始めていた。これが、いつものお決まりなのだろうか。

 それにしても、紅茶なんていつぶりだろう。小学校とかかもしれない。


「そういえば随分時間かかったね。服屋でも回ってたの?」


「ご名答!」


 悠介さんがなんで遅かったか当てたのに、なぜか当てられた椿さんがドヤ顔をしている。

 買い物の途中、女物の服屋を見つける度入っていった椿さん。最初は椿さんが着るのかと思っていたけれど、いきなり試着室に連れていかれたからビックリした。試着した服の数は数えたくないし、多分数えられない。


「いやー、玲ちゃん本当に割増で可愛かったなぁ。どんな服でも一応着てくれ...」


「ストップ!ストップです、椿さん!」


「私の心だけにとどめとくのは申し訳ない...」


「絶対ダメです!」


「ちぇ。」


 ちゃんと話を止められたから良かったけれど、本当に焦った。着るだけでも恥ずかしかったのに、悠介さんにまで話されたら、正直正気を保てるかわからない。


 この変な空気を振り払うように入ってきた悠介さんの手には、金縁の白いティーカップが3つ。一度それを置いて戻ると今度はティーポットを持ってきて、ゆっくりと紅茶を注ぎ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る