第6話 ショッピング




 悠介さんは私の涙が落ち着いて来た頃を見計らってそっと私から離れた。涙を人に見せたのなんて、一体何時ぶりだろうか。なんとなく恥ずかしくなってきてしまった。


「さ〜て、それじゃあ行きましょうか!」


 私たちのことをずっと見守っていた椿さんは唐突にそう言いだした。突然過ぎて本当に理解ができないのだけれど...。


「あの、行くってどこにですか?」


「ショッピングよ、ショッピング。玲ちゃんが家に住むのに全然家具とか色々ないし。あ、悠介は家の片付けしといてね。」


 そのことを聞いて、私も悠介さんも二人してポカーンとしてしまった。


「え、なんで玲ちゃんだけならまだしも悠介までポカーンとして...。悠介、荷物持ち嫌だったんじゃなかった?あ、もしかして玲ちゃんともっと居たいの?」


 え、何で悠介さんは荷物持ち限定....?それに、そんな色々買ってもらわなくたって、住む場所や食べ物をくれるだけで十分なのに。


「家の片付けしに行って来ます。あ、玲ちゃん、母さんに何か言われたとしても、気にしなくていいからね。」


「え、あ、はい。」


 反射的に返事をしてしまったけれど、気にしなくていいって何のことだろう?昔のことについての話とかなら、こうしてればって言われても過去のことだから変えようもないし、ずっと話しているのを聞いているだけ。だから悠介さんが気にすることは何もないんだけどな。

 そんな風に考えていたらいつの間にか悠介さんは部屋から出て、椿さんと私の二人だけになっていた。


「それじゃあ、ショッピングにレッツゴー!」



 ──────



 椿さんに手を引かれるまま歩いていくと、有名な家具屋さんが見えてきた。中に入ると、いろんな種類や色の家具が置いてある。


「それじゃあ、ブラブラと中を見て回りましょう。気になったものがあったら、ちゃんと遠慮しないで言ってね。」


「あ、はい。」


 そんなの余り物で良いし、別に無くたって全然困らないのに、と思いつつも、そんなこと言ったって聞いてくれる気がしないので、おとなしくついて行くことにした。


「そういえば、私のお借りする部屋ってどんな部屋なんですか?」


 何も話さないのも椿さんが気まずいだろうし回りながら声をかけると、周りを見つつもこっちの方を向いて椿さんは細かく答えてくれた。


「これから玲ちゃんのものになる部屋はね、前に桜和さわ、悠介のお姉ちゃんが居た部屋なの。インテリアは全部持っていくか処分したから、部屋の中は本当にすっからかんよ。まぁ、多少は倉庫として物を置いたりもしているけれど。フローリングは薄茶色で、どんな感じの家具でも合うと思うわ。」


「丁寧な説明、ありがとうございます。」


「あ、そういえば。」と、椿さんが続ける。


「玲ちゃんって布団派?それともベット派?あ、どっちでもは無しね。」


 どっちでも、と言おうとしたのに最初から逃げ道を塞がれた。どっちも好きだし、そんなどっちかなんて寝れさえすればどうでも良いけど、


「ベット、ですかね。下に収納とかもできますし。」


 適当な理由を一緒につけたおかげか椿さんがちゃんと納得してくれた。けれどその理由になぜだかワクワクしているよう。それがなんだか居心地が悪くて、話題を変えようと私から質問をした。


「桜和さんって家を出てからはどこに住んでいらっしゃるんですか?」


 桜和さんのことについては何も聞いたことがないので、悠介さんと椿さんという優しい二人に挟まれていた桜和さんが少しだけ気になった。もしかしたらお手伝いが出来ることもあるかもしれないし。


「そんなに遠くじゃないよ。歩いて15分くらいかな。今度桜和のカフェに行ってみようか。」


「あ、是非。」


 言い方的には、どこかのお店で働いているのではなくて、自分でお店を開いているように聞こえる。悠介さんとそんなに年が離れているようにも思えないし、高校を卒業してからはどこか有名な実力のある人のところで修行を一生懸命やっていたりしたのだろうか。


「よし、他にも買わなきゃいけないもの沢山あるし、早く決めてお昼ご飯食べよっか。」


 時間をかけると椿さんも疲れてしまうと思うし、椿さんの納得できる最低レベルで安くパパッと買ってしまおう。早めに納得してくれると良いけれど。



 ──────



 私の健闘もむなしく、晴れて機能性が重視されたそこそこお値段のする家具や、自分からは買わないような可愛らしい服を色々と買われてしまった。どうにか買わせまいと頑張り疲れ果てた私とは対照的に、椿さんは色々満足と物を買えてとっても嬉しそうだった。


「あぁ、買った買った〜!玲ちゃん、お昼何食べたい?」


 たぶん椿さんのことだから、なんでも良いはダメって言われるんだろうなぁ...。


「え〜っと...じゃあパンとかは....。」


「お、良いね!そしてよくちゃんと自分の意見言えました、えらいえらい。」

 

 そう言って私の前を歩いていた椿さんは振り返ると、私の頭に手を伸ばした。ついつい身構えてしまったけれど、椿さんは笑顔で頭をなでてくれた。周りに聞こえないような大きさの声で、


「大丈夫、大丈夫。」


 と椿さんが言ってくれているのに気づいて、心の奥が暖かくなったのを感じた。


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