第5話 居場所
赤城先生から、15時頃に悠介さんが来ると聞いていたので、ここの病院にあった「天使な悪魔と悪魔な天使」という本をベッドに腰かけながら読んでいたら、30ページ程読み進めた頃に、ノックの音と悠介さんの声が聞こえた。
私がドアを開けると、半袖の白いワイシャツとグレーのチェックのズボンを着た悠介さん。そして、腰ぐらいまである茶髪の、黄緑のふんわりとした服に茶色のロングスカートを身に纏った悠介さんより少し身長が低い女の人がいた。
悠介さんにどことなく雰囲気が似ているし、兄弟のように見える。
「こんにちは。わざわざ来てくださってありがとうございます。あの、そちらの方は、ご家族ですか?」
そう言って私はそのお姉さんらしき女性を、手で指した。
「お邪魔します。悠介の母の、緑川椿です。よろしくね、玲ちゃん。」
へえ、悠介さんのお母さんの、椿さんか。
「ぇ、お母さんなんですか。てっきりお姉さんかと...。」
「あら、嬉しいわ。ありがとね。」
本当にそんな年齢には見えない。雰囲気や言葉遣いが、見た目を若く見させている。ニコリとした微笑みも、美魔女とか、そういうレベルを楽々超えている。童顔にしても、だ。若く見積もったとしても、40は越えているのに...。
「それで、今日来た理由なんだけど...。」
「玲ちゃんは千智養護施設に居たって言ってたよね?」
悠介さんのその問いに私はコクンと頷いた。でも、それが椿さんが来たこととどんな関係があるのだろうか。
「私、あそこの職員と顔見知りなの。で、色々あって、私が玲ちゃんの養育里親になることになったの。」
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※養育里親とは
一時的に親の元で生活出来なくなった子供を、引き取って深い愛情を持って育ててくれる人のこと。
なるためには研修・実習などが必要になりますが、特別な資格等はありません。
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「へ?それってどういう...。」
私は本当に椿さんの言っていることが理解出来なかった。だって幾ら悠介さんが私の事情を全て伝えていたとしても、私の里親になろうだなんて...。それに、都合が良すぎる。たまたま助けてくれた人がとても優しい人で、その人の親は里親の登録をしているなんて。それに、この短時間で引き取る手続きまで?そんなこと、信じられるわけがない。
「そのままの意味よ。信じられないかもしれないけど、私が今日から貴方の親代わりになるの。事情は悠介からそっくりそのまま聞いているわ。」
「でも、なんで...。」
そう問うと、椿さんは間髪入れずに答えた。
「私が気に入ったから。ま、もう役所には出したし、今更拒否したってダメだけどね!」
その言葉を聞いて、理由とかは全ッ然はちゃめちゃで意味がわからないのに、私はお母さんのお葬式でも出なかった涙が出そうになった。
やっと、帰る場所が出来るんだ。
やっと、心から「ただいま」って言えるんだ。
やっと───。
気がつくと、目の前に悠介さんが立っていた。
「よろしくお願いします」って言いたくて、笑顔で声を出そうと思ったら、悠介さんは私の頭を優しく撫でた。
「もう安心して良いんだよ。玲ちゃんの帰る所は、もうあるからね。」
それを聞いて、我慢していたのに思わず頬に温かくて、しょっぱいものが流れた。悠介さんはそれが止まるまで、背中を撫で続けていてくれた。
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拝啓、お母さん
今まで育ててきてくれて、ありがとう。
これからは、この人達の元で生きていきます。
死んだ後の世界がもしもあるのだとしたら、暖かく見守っていてください。
今までの感謝を込めて あなたの一人娘 水澤 玲より
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