第4話 不安




 私が話終わったあとも、悠介さんは何も喋らなかった。何も聞いてこないことに安心を覚えつつも、いくら優しい人だからって「こんな奴だったのか」「助けなければ良かった」と口を開けば言ってしまうのではないかと、私は思わずにはいられなかった。だから、


「すみません、まだ疲れが残っているので寝させていただきますね。」


なんて言って、悠介さんを部屋から追い出したんだ。

 いや、本当は分かっている。少ししか接していない私でもわかるほど、この人は優しい。だけどそれで信じて、その結果傷ついてきた私の過去の経験が、悠介さんのことを信じさせてくれないんだ。嘘なんて、本当に隠し通そうと思えば私の眼なんていくらでも欺ける。実はそう思っていて、最後の最後で私にそう言葉をかけることなんて簡単だから。


 私には人の心がわからないから、一度縋り付いたら離れられない。もっと私の頭が良かったら、こんなに人に迷惑をかけることだってなかったかもしれないのに。


 そんな言葉を聞きたくないと、思ってしまうのだから。






 そしてまた、いつもと同じ夢を見る。



 ♢♦︎♢♦︎♢



 体調が戻ってきたのか、今朝は前と同じ時間、5時半に起きる事が出来た。まあ、単に昨日早く寝たからかもしれないけれど。


 だけど、やることといっても本を読むことくらい、点滴ももう体調が回復してきたので取り、行動が制限されてるということもない。

 何をしようかと考えているとき、ふとテーブルに置かれたノートとペンが目に入った。いつの間にか置かれていたものだけれど、手に取ってみることはなかった。

 手に取ってみると、ノートと色がとても近い、小さなメモが貼ってあった。そのメモによると、これは副院長の白井さんが退屈だろうと持ってきてくれた物らしい。そっと置いていく、白井さんの気遣いが感じられた。他にやることなんてそうそう思いつくものではないし、せっかく持ってきていただいたので、このノートを使ってみることにした。


 とはいえ、何を書けば良いのかわからない。もともと何かを書くのが得意なわけではないし。とりあえず、出来事や思ったことを書く日記的な使い方をすることにした。



 ==============



 5月23日



 副院長の白井愛さんにノートを頂いたので日記的なものを書いてみることにした。


 今日で助けていただいてから2日も経った。とりあえず、普通に動けるまではいかなくとも、歩き回ることくらいなら出来そうなので良かった。


 きっとここまで問題があると、多分あそこに返されてしまうと思う。だけど、時々みんなに配布されるお小遣いで何か送るとか、そういうことで助けて良かったって思ってもらえるようにしたい。私を助けたことで自分の行動は後悔して欲しくないから。


 これからどうなるかなんて全く分からないけれど、悠介さんや赤城さん

 兄弟、白井さんに助けてもらったことを少しでも返せるように頑張りたいと思う。


 ==============



「あれ、玲ちゃんそれ使ってくれてるんだ。自由に使っちゃって良いからね。」


 ノートを閉じると、いつの間にか白井さんが入ってきていた。ドアの近くにいるので、ノートの中身は見られていないようでホッとした。こんなことを書いているのを見られたら、どれだけ心配されるか分からない。私が他の人から見たら変なんて、そんなの昔から知っている。


「はい。わざわざありがとうございます。大切に使いますね。」


 私が変なら、それを全て隠すだけだ。


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