第3話 話





「ッ!!!」


 とても嫌な、夢を見た。

 黒いもやもやに押し潰されて、自分が沈んで行ってしまう。

 そんな、夢を見た。といっても、いつも見る夢の内容と、何も変わらない。息ができなくなって、視界が真っ暗になった途端、目が覚める。

 今日は寝間着ではなく、普通の服装のままなので、冷や汗がいつもより出ているのだと思う。下着が汗をかいた身体に張り付いてきて、とても嫌な気分だった。


 目が慣れなければ何も見えない程、部屋の中は闇に包まれていた。ご飯を持ってきてもらった時はお昼頃で、とても明るかったのに、今はそんなものなど欠けらも無い。夜目が効くようになり、ようやく見えるようになった蛍光色が使われている時計は、午前2時を指し示していた。疲れのせいか、半日以上も寝ていた様だ。


(もうこんな時間だし、部屋の外に出て身体を拭きに行くのはやめておこう...)


 それにしても。

 倒れてからずっと付けられている点滴のおかげで、随分楽になった気がする。幾ら食べる回数が少ないと栄養を蓄えやすいといえ、使うお金を減らす為に炭水化物にタンパク質、そして少しの野菜しか摂取していなかったからか、全体的に栄養がギリギリだったのと、倒れる前に起こっていた手足の痺れ。

 あれは1年生の時に習った、ビタミン欠乏症の中の1つの症状なんだと思う。運良く家出する前はちゃんと食べている生活だったからか、それだけで済んだ。

 だけど、もしあそこに行かないまま出ていたら...最初の私の願いの通りになっていただろう。きっと、やっぱり嫌だ...なんて言って、逝っていたんじゃ無いだろうか。あんな所に、感謝なんてするのかと思っていたけれど。

 案外、そんなこともあるんだなと思った。





 とても明るい光が差す。その眩しい光は、私のことを起こそうと、私の脳に「早く起きて」と、躍起になって話しかける。それに参った私は、嫌そうな声を出しながら、渋々目を開けた。

 すると、なんということだろう。私を助けてくださった緑川さんが、ベッドの隣に座っているではないか。

 私の意識は一気に覚醒した。何度も何度もこんな姿を見せてしまって、とても申し訳ない。


「お、おはようございます...。」


「うん、おはよう、玲ちゃん。体調は良くなった?」


 緑川さんは私のとてもぐちゃぐちゃな服装やその他は気にしていないようだった。良かった。何か言われてたら恥ずかしすぎて埋まっていたかもしれない。


「あ、はい、お陰様で。緑川さん、ありがとうございます。」


「あんまり気にしないで。あと、その...。」


 なにか言い難いことでも有るのだろうか。緑川さんの目が、左右にチラチラと泳いでいる。やっぱり私、だらしな過ぎるかもしれない。少なくとも人前に出る格好ではないのは確かだ。


「み、苗字じゃなくて、「悠介」って、名前で読んで欲しいなって...。」


 緑k...悠介さんが頬を紅色に染めている。この人、多分すごいモテるんだろうなぁ。凄いくだらないことかもしれないけど。


「なら、悠介さんって呼びますね。」


 私はそう言ったあと、盛大に身体が栄養が欲しいと訴えている音をお腹から鳴らした。恥ずかしい...。


「はい、これ。玲ちゃんのブランチ、預かってきたんだ。」


 丁度良かった、というように悠介さんからスマートに差し出されたお盆には、フレンチトーストとシチューが乗っていた。胃に負担をかけない、それでいて栄養がバランスよくとれるこの食事も、前と同じように白井先生が作ったのだろうか。もしそうだとしたら、白井先生は栄養士の免許でも取っているのかもしれない。

 私は「いただきます」と言ってから、結構すごい勢いで完食した。随分と身体がエネルギーを欲しているようだ。

 食べ終わったあとに薬を飲んで、私は15分ほどで食事を終えた。といっても、そこまで早くはないかもしれないけれど。


「あの...!」


 悠介さんは「どうしたの?」というように、首を傾ける。私は勇気を振り絞って、声を絞り出した。


「私の家出するまでの話、ザッとですけど聞いてくれませんか...?もちろん、私の話を赤城さんに話してもらっても構いません。」


 悠介さんはそれを聞いて、何も言わずに頷いた。


 私は静かに過去を語り出した。

 父親が浮気をして、小学校を卒業した日に出ていったこと─


 それでも懸命に育ててくれた母が疲労により、事故に遭って居なくなってしまったこと─


 そして児童養護施設...いや、孤児院に入って、孤立していったこと─




 私が全て話し終えるまで、真剣な顔で静かに聞いてくれた。そんな何気ないことが、きちんと聞いてくれたことが、私にはとても嬉しかった。

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