第1話 出逢い




「なあ、ーーにーーじょうーーーのか?」


「ちゃんーーーやがーーーら。ーーー、ーーいよーちょうー。」


 目を閉じたままゆっくりと意識を浮上させると、誰かの声が聞こえた。少なくとも二人の男性がいる。自分の寝ているところはとてもふわふわで、どこかに移動させられたのがわかる。

 聞いたことがない声ではあるけれど、警察の人かもしれないから、あそこに連れ戻されてしまったのか、誘拐でもされたのか、もしくはそれ以外なのかも全くわからない。とにかくこの後どうするにしても、今の状況がわからないと。

 どんなに小さなことでも逃さないように耳をすませると、どうやら黙っている人はいなさそうだった。


「ったく、いきなり女の子を連れて押しかけてきて、ビックリしたよ。この子は?知り合い?」


 聞こえたのは、声の低い方の男の人の声だ。押しかけたってことは、連れ戻されたってことはなさそうだ。


「知り合いじゃないけど、目の前で倒れた人を放置するのは出来なくて。」


 やっぱり意識がなくなった後、倒れてたのか。でも、この声が高い方の男の人の言い方的に誘拐じゃなくて心配して運んでくれたのかな。でも、そろそろ行かないと。関係のない人に、迷惑なんかかけたくない。


「あ、起きた?体、大丈夫?」


 私が目を開けたことを先に気づいたのは、私のことを助けてくれたらしき声が高い方の人だ。染めたらしきクセっ毛の茶髪で、多分顔が整っているんだと思う。髪は染めているけどガラが悪くは見えなくて、むしろ優しげに見える。


「助けてくれてありがとうございます。体は多分大丈夫だと思います。では行くところがあるので、失礼しますね。」


 罪悪感はわくけれど、鍛えられた作り笑顔でそう言った。

 正直体は重いし、お腹は空いている。今起きれているのは、寝てる間に付けられたらしい点滴のおかげだ。ここでどこかに行ったとしても、もっても1時間ぐらいでまた倒れてしまうだろう。


「何言ってんだ、青白い顔で。せめて1日は休まないと行かせない。」


 そう口を挟んだのは、声が低い方の男の人だ。ストレートの黒髪で、体格はとても良い。口調が強いこともあって、少し怖く見える。そんな人にそう言われたとしたって、それでも行かなければいけないのだ。


「いえ、大丈夫です。それにもうすぐ目的地に着きますし。」


「ならここら辺のことなら俺たちの方が詳しいし、目的地まで俺達が送るよ。どこに行くの?案内するから。」


「.......。いくら助けてもらった方だとしても、見ず知らずの人に送ってもらうのは怖いですし、言えません。」


 どう言っても、この二人は引いてくれない。別に、この人たちにどうこうされるのが怖いわけじゃない。私には、やらなきゃいけないことがあるのだ。それが止められてしまったら、私はもう─。そんな私の想いが見えたのか、声の低い人はキッパリ私に言い放った。


「言えないんじゃなくって、行く宛が無いだけだろ。」


「...!」


 声にならない叫びが、私の中で木霊する。なんで。なんでバレてしまったんだろう。

 いや、こんなにボロボロで何かに怯えてる様子があれば、誰でもわかるか。


「もし逃げようとするのなら、警察に連絡させてもらう。それが嫌だったら、大人しく休むんだな。」


 止めを刺すような彼の言葉が、徐々に私の逃げ場所をなくしていく。こうなってしまったら、もう逃げることなんてできないんだ。


「わかり、ました。なら、一日だけお世話になります。」


 私がどうするかこうも簡単に見透かせるような人なら、万が一逃げた時に本当に写真かなにか警察に出すんだろう。

 それは困る。いくらあそこでは死ななくても、それ以上に辛いんじゃないかという日々が待っている。そんな生活に戻るなんて嫌だから。


「えっとすごい暗い雰囲気になってるんだけど、自己紹介するね。俺は緑川悠介。で、さっきから君を追い詰めるような言い方をしてるのが俺の親友の、」


赤城優志あかぎまさむねだ。ちなみにここは俺の兄がやってる病院なんだ。だから、病院代とかは気にしなくていい。」


「で、でも...そんなに親切にしてもらったって、私には何も出来ない...」


「大丈夫大丈夫。こんなに弱っている子からお金を取る人なんて、ここにはどこにも居ないから。」


「それでも...!そんな、見ず知らずの人にそんなご迷惑は...。」


 ただ、助けてくれた人達が、損をするだけだ。

 私のせいで、時間を取られて、お金を取られて...


「だから、気にするなと言っているだろう。

 何も出来ないお前が出来ることは、ただ身体を休めるだけだ。」


「.......。」


「それとも、グダグダいって俺たちの時間を取るのか?」


 赤城さんの言う通りだ。確かにここで何かを言っていることは、時間の無駄だ。それはわかっている。わかっているのだ。だからこそ、それが重い槍のように突き刺さった。


「優志!流石にその言い方は無いだろ!」


「すみません...。」


「え、あ、えっと、大丈夫!?ほら、優志が強く言うから、玲ちゃん悲しそうな顔になってるじゃん!」


「あ、大丈夫です。辛かったんじゃないんです...。ただ、これまでそんな風に言われて止められたことは無かったから、びっくりしちゃって...」


 今までは、「邪魔だから」とか、「迷惑だから」って言って止められてきた。そもそも、大丈夫ならって、仕事とかを押し付けてくるのが大半で、止められることなんてなかった。今赤城さんが言った言い方も少しキツかったかもしれないけれど、何となく、心配してるって言うのは伝わってくる。

 その言葉を聞いて、何故か焦ったように緑川さんが『お願い』をしてきた。


「あ、あのさ、なんで家出しちゃったのか、もし良かったらで良いから、教えてくれないかな?」


「少しかもしれないが、力になれるかもしれない。」


 あそこで起こったこと、全部説明しなきゃいけないのかな...。

 あんなに辛かったことを、他人に話す...?そんなの、信じてもらえるわけない。あそこの大人達だって、信じてくれなかったんだから。

 でも、もしかしたら...。


「少しだけ、考えさせてください。」


 私は、問題を先延ばしにすることを選択した。

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