序章 7
この土地に村八分がはびこっていることに、あなたはその時までやんわり気づいていたのかもしれない。
だけど、その村八分の本当の姿を見たとき、あなたは目を逸らさず真っすぐ私を見ていた。
二月の節分がやってきたのだ。
この季節になると、この村ではコト八日祭事が行われる。
これは、私が自身に特別な力があると信じ始めることになった行事である。この行事は、この土地で村八分にされている家、つまり曲原家を中心にして行われる。
もう何百年も続いてきた古い祭事で、もう何百年も人は人を蔑んで、出口のない村の隅に追いやって除け者にしてきたのだ。
それは、古から続く「いじめ」を克明に描写している祭りだ。
一人の人を災厄の神に見立てるのか、犠牲として捧げるのか、神輿に乗せて村中を担いで回る。
それまでは、私の父が神輿に乗った。
父は紙の面を被り、死に装束のような白い着物をまとって、その祭りのはじまりから終わりまで念仏のような呪文のような言葉を口ずさむのだ。
その神輿には神も乗っていた。
藁でできた男性器と女性器を持つ両性具有の神だ。
コト八日祭事のコトとは、性行為のことを言うのだとする説もある。昔の人が何を思ってその祭りの起源としたのかは知る由もないが、禍々しく血生臭い何か、災厄を村の外に追い出すという目的を持った祭りだと聞いている。
その時、父は風邪をひいていた。母も体が弱く、消去法でいくと私がその役を務めるしかなかった。
幼い私は、神輿に乗った。
紙の面を被り、死に装束をまとって、念仏のような呪文のような言葉を口ずさんだ。
私は誇らしかった。私にはやはり特別な力があるのだ、となんの確証もないのに信じた。
だが、それはそんな祭りではないのだ。
その祭りの正体は、特別な力とか、神通力とか、霊能力とか、そういったものとは違うものなのだ。
神輿は担がれた。
「カゼの神を送れよ。カゼの神を送れよ。カゼの神を送れよ」
そう口ずさむのは、村の人々だ。
私だけは違った。
成長した今、私はその言葉の意味を知っている。私が、その神輿に担がれた災厄が口ずさむのは、災いの言葉だ。
この土地に恐ろしい疫病を持ってきたことを告げている。
そして、ただただこの土地の人々を恨むということを言っているのだ。
私はこの体に、この村中の災厄の呪いを集める。
空の入れ物に溜まる水のように、あふれ出しそうになるまでそれは続けられた。
満タンになった呪いは、村の外れに捨て置かれる。それは、私だ。
村の人々は、それに振り向いたらいけないことになっている。だが、私と同じ小学校の児童たちは、唾を吐き捨てた。
「お前、もう学校来るな。この災いめが」
そう言って、屁をひりかけて去っていった。
こんな幼い子供でも、この祭りの正体に気づいている。
私は、彼の放っていった屁に思わず笑ってしまったが、次の瞬間、この祭りが本当はどんなものなのか気づいた。
私は、今、独りだ。
涙も意味がない。叫ぶような言葉も思いつかない。ただただ、全てを呪う。私を独りにしたすべてを。
「恨みます。なぜ私がこの役割を背負わなければならないのか、どなたか答えてくださいますか。私は災いを連れてきました。この、幸せだけがある村に、災いを連れてきました。なぜ。なぜそうなったのか、私自身もわかりません。皆が私を虐げるのはなぜですか。私が、それをされる何をしたというのですか。私は神に遣わされ、疫病を持ってきました。なぜ。その問いにどなたか答えてくださいますか。恨みます。私はこの災厄をもってすべて奪い去ります。私自身と災厄は同じもの。私の名は悪。この平穏な村に災厄なる疫病を持ってきました。なぜ。なぜ私だったのか、どなたか応えてくださいますか。恨みます。この災厄をもって、この村のすべてを奪い去りましょう」
現代語訳するとこうなる言葉を唱えながら、捨て置かれた私は山に向かい歩く。
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