序章 6
私を、重苦しい現実から救い出したのは、あなた。
呪いも、神らしき何かも、曲原の家も、学校の教師も、クラスメイトも、あなたの登場で全てが一変する。
あなたは、全てを変える力を持っている。
あなたに出逢って、こんな人間がいるんだと私は心底驚いた。
あなたを知っていくうちに、あなたがサイコパスだと確信したが、こんな天災みたいな人間、最悪で、最高だ。
私には、それまで何も無かった。
意味のない存在で、いてもいなくてもいい有象無象で、この世界から消えてしまっても、誰も困らない。
私には、無かったのだ。
あなたに出逢うまで。
好かれるような持ち物も、目的も、心を繋ぎ止める何かが。
罪を犯しても、信じるものがあれば生きていけるはずだ。
でも、私は、大きな罪も、重い荷物も、ただ辛い現実から耐えるだけで。
罪があっても、何の面白味もない。
私が死ねば幸せになれる人がいる、という、この今の現実が、どれほど希望に溢れているか。
自分の命も、心も、否定される現実が、こんなに私の身を焦がすのは、どれほど有難いものか。
何も知らなかった幼い私に伝えたい。
こんなに素晴らしい世界に、今、私はいます。
だから、悲しいのなら泣きましょう。私が一緒にいてあげるから。
私は、このままの私で、ここに居ていいのです。
心のどこか片隅で信じているのだと思う。私の心を揺さぶる天災みたいな人の登場を。
「初めまして。名前なんていうの」
初めてあなたに出会った日、私は鉄でできたような無表情をしていた。
「ショウヘイ君、こいつマガマガって言うんだ。見た目も性格もキモい幽霊みたいな奴だから、ショウヘイ君もマガマガって呼んでやってよ」
クラスメイトが嫌な笑いをその顔に浮かべて、私を指さした。
「マガマガ。何で。本当にそんな名前なの」
あなたは、日本人にしては少し明るい髪色をしている。大きな二重の瞳に、意志の強そうな眉、あの頃のあなたは小学生にしては背も高くて、俗に言うイケメンと言える人物だ。
「ショウヘイ君が聞いているだろう。無視すんなよ」
私は答えたくなかった。私を除け者にまつり上げる人間が一人増えようと、私は何も変わらないし、誰も変わらないと思っていたのだ。誰と何を話したって無駄なのだ。私はだんまりを決め込む。
「マガマガ何とか言えよ。転入生にくらい媚を売らないといつまでたってもボッチだぞ」
クラスメイトが、私の髪の毛を掴みそうになった。
「ちょっと黙ってくれる。俺は、この子と話したいの」
あなたがクラスメイトの手を止める。私はハッとした。
「ねぇ、もう一回聞くけど、名前は」
この人は、私を見てくれるのかもしれない。私を見つけてくれるのかもしれない。それは、淡い期待。だけど、重すぎる期待だった。
「私、名前は、曲原ユヤ。禍々しいものを祓い、癒す也で、癒也」
「へぇ。いい名前じゃん。俺の名前はショウヘイ。ユヤ、よろしくな」
ショウヘイ。私の名前をいい名前なんて言えちゃう人間は、あなただけ。最高の笑顔が私に向けられるのは、これが最後で最初。ショウヘイ、あなた、最初から私をゴミとしてしか見ていないけど、私が何者でもない私だと認識しているのは、あなただけだよ。
私は、マガマガではないし、子供でもないし、加害者でも、被害者でもない。
私は、曲原ユヤ。何者にもなれない、私。
足がね、ずっと鉛のように重いんだ。これは、私が、自殺未遂をした後遺症でもあると思う。
でもね、本当は、あの事がある前から、私の足は重しを着けていた。きつく締め付ける足枷に、どこか深いところにつながる鎖。私は、何も持たないのに、ずっとここに括りつけられたまま。
辛いんだ。苦しいんだ。信じるに足りない人間だと、あなたに対して確信してしまうのが。
私を自由にするのも、私を何でもできる万能の人間にできるのも、あなた、ただ一人でしょう。
私は、私を解き放つために、不登校という道を選んだ。
当時は誰にも理解されなかった。学校に行くことが絶対で、法律で決められていて。それを破るのは犯罪者だったのかもしれない。
元々、罪を犯していた私は、罪を重ねることに、あまり抵抗はなかった。
小さな村で、瞬く間に広がる火事のように、燃え広がっていくのを感じた。
私だけだ。それを見ていたのは。
私は、元々、煉獄にいたのかもしれない。罰せられることが、この人生がそうなのだと思う。
だけどね、誰も信じてくれないけど、あなたのいた世界は楽しかった。
本当に、楽しくて。あなたさえいれば、他には何もいらないと思った。
それなのに、あなたのいる世界であるはずの学校から去ったのは、なぜなのか。
自分でもうまく説明がつかない。
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