序章 3


私は信州、ハンダに生まれた。

曲原(まがはら)の家の一人っ子として。

両親には、結婚して十年以上子供がなく、私はやっとできた子供だった。


両親には申し訳なく思う。私のせいで随分苦労をかけた。

一人っ子で、さぞや大切に育てられているのだろうと、小さい頃、人によく言われたが、私は彼らの思ったようには育たなかった。

母は、そんな私に「ごめんね」と、口癖のように言う。

父は、行方不明の私探しをやめられない私に、「この家を捨ててもいい。自由になっていいんだ」と言う。


私は昔から、彼らの思い通りになる人形でいることが最善なんだと思っていた。

でも、最近、ようやく一人の心のある人間として生きようとしている。



この田舎には、未だに村八分の風習があって、時代錯誤な考えだとみんな気づきながら、見えないものからの圧力に怯え、長い時間誰かを除け者にしてきた。


曲原家は、村八分の対象である。

それは大昔から続いてきた慣習で、この現代でも変えられていない。


曲原のご先祖が他の土地から流れてきた罪人だったとか、この家に生まれる者がほとんど霊能力を持っていたとか、生まれた誰かしらを忌み子として寺に奉公に出していたとか、両親から聞いた。


私は、現代の忌み子なのだろう。

必要とされない子供なのだ。

そうでなかったとしても、いつもどこのコミュニティでも除け者にされ、忌み嫌われる存在であった。


それは私の素質、なのかもしれない。

私自身が、そういう性格にあるのかもしれない。


小学校のクラスメイトに、軽口で「変人」とか言われてきたが、私が元々そういう人間なのかもしれない。


イジメられても仕方のない人間というのが、この世には確かにいるようだ。


人が集まれば、異質な何かを炙り出し、排除しようとする力が働くのだと思う。

誰かの心の安息のために、忌み子として、霊能力者として、罪人として、人にイジメられ、蔑まれ、除け者にされる人間というのが必要なのだろう。



それを当たり前だと受け入れられない自分がいるが、そうなんだろうと納得してしまうような過去が、私にはある。


曲原という名字は、昔、凶祓という表記だったそうだ。

禍々しいものを己の持つ災禍で祓うという意味だそうだ。

なるほど、曲原のご先祖が罪人だったということに起因する名前と言えるかもしれない。

先祖の持ってきた重い罪により、見えたり、見えなかったりする、あの地に降りかかる災いを、人柱や犠牲として神らしき何かに捧げることであの地を閉じられた土地として守ってきたのだろう。


霊能力というものに私は触れたことはないが、そういった人知を超えた力をご先祖に与えることで、特別な忌むべき存在としてあの地で祭り上げられてきたのが、私の生まれた家なのだ。



それに、私の家の隣には小さい神社がある。


その神社を代々守ってきた私の家。

氏神様だと言われてはいるが、祀られているのは、お蚕様の神、大黒天、恵比寿天、そして、古代インドで人の屍肉を喰らうとされて、古代中国でも傾国の美女もしくは妖怪とされてきた、海を渡ってきた神。

お社の真ん中には、この日本の国譲りの神話に登場する、出雲を追われて信州の真ん中の湖のある土地まできた神が祀られている。


海を渡ってきた神も、出雲を追われてきた神も、どこか私と重なるところがある。

居場所を奪われてきたのか、居場所を探して、居るところをどことも決めていないのか。


私には、特別な力などない。

父も、母も、この子こそは、と思って、村八分に耐えてきたのかもしれないが、私には生まれ持ったものが、私の身一つしかなかった。

霊能力があったとしても、きっと私の孤独は、このままなのだろう。

幼い私は、幼い万能感を抱いて、この特別な家に生きてきた。


今思えば、辛かったねと幼い私に言ってやりたい。お前のやろうとしていることは、全て水の泡なのだと。


人に気に入られようとする。

人に好かれようとする。

人に尽くしているつもりになって何でもできると言う。


でも、それが何になった。

人に対しての努力は、全てにおいて水の泡なのだ。


どんなに頑張っても、誰も評価してくれない。どんなに汚れても、誰も汚れを拭い去ってはくれない。

可哀想だけど、お前がどんなに犠牲になっても、みんな、お前の心を抱きしめてはくれないのだ。

たまらなく悲しい。

そうなんだろう。

せめて私だけは、私を抱きしめてやろう。

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