序章 2
私の夢は、大きなお屋敷で、大好きな旦那様と、大好きな旦那様の愛する美しく聡明で可愛い奥様と、可愛くてハートフルで愉快な子供達のお世話をすること。
10代に見た漫画で、大きなお屋敷で働く使用人頭のお婆さんが出てきて、これは私の理想型だと思った。
あなたが成功しても、私はあなたを手放さない。あなたはきっと社会的に成功する人だから、それがわかるから、私はあなたを手放さない。
何も持たない私なんて、あなたは見向きもしないけど、私は絶対、あなたの使用人頭になります。
何も持たないあなたも、それは興味深い。どんな風にこれから立ち上がるんだろう、とか、汚泥にまみれて幸せを手にするあなたを見たいから。
将来の夢は、お嫁さん、だと、かつての私の親友が言っていた。愛する夫と可愛い子供に恵まれて、幸せになるんだという。
私はそんな大それた夢は持たない。あなたを独占する未来なんて、私は欲しくない。私は、使用人頭がいい。
巡りあう人みんなに言う。私の夢は、使用人頭になることだと。
あなたと共に歩む未来がある。それは私がお嫁さんになることじゃない。あなたと私の血の繋がった子供がいる未来は、有り得ないからだ。
今、私は、自分の故郷である信州、ハンダにいる。
ようやく開通したリニアモーターカーの駅で、東京の品川まで行くのを待つのだ。
色々思う。あなたとの出逢い。束の間の楽しかった日々。
あなたに迷惑だと言われて、私には何の価値もないと扱われて、命を手放しそうになった時のこと。
今日で、憎しみを手放せるのだろうか。畢生を捧げると誓った、憎しみを。
憎しみは、人生を惑わせるだけ。
と言う人もいるが、その人に問いたい。
自分の身を焦がす煉獄の炎の中で、何が見えますか、と。
幸せも、愛情も残らない。
棺桶に半分足を突っ込んでいるその時、私の心を強く繫ぎ止めるのは、ナニモノでもなく、あなたへの憎しみだった。
なぜ共に生きていくという選択肢がないのか、という憤りだった。
私は、今一人、生きている。だから、感謝している。
なぜなのか。
簡単に「死ねば」と言える。「人のために生きる」と嘘が言えてしまう。
迷惑で邪魔な煩わしい人は、容赦なく排除する。
「人が好き」だと言ったけど、そんな人は、人をこんな風に扱えないと思う。あなたは、人が好きなんじゃない。自分に都合のいい人が好きなだけなのだ。
惑わされていたと言うのなら「人のために生きる」と「人が好き」だと言えてしまったあなたの偽善にだ。
憤りが心地いいのだ。
私は「人が好き」なんて、言えない。こんなにボロボロに傷ついてまで、これが惑わされているだけとは思えないのだ。
私の憎しみは、人生なのだ。
リニアモーターカーがホームにやってきた。
ネットで買った切符は手にある。
あなたへと続く切符だ。
終わりのない苦しみへ乗り込むのか、私は。手放せるのか、その苦しみを、私は。
席に着く。
これから続く沢山のトンネルの暗闇を乗り越えて辿り着けるのだろうか。私でも、陽の光の下へ。
故郷の寂れた景色を観ながら、心を閉ざす。
品川駅までの間、少し私の話を聴いて欲しい。誰にも理解されない私の話を。
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