第10話 キャラが渋滞してんだよ!
「うわ、エマんこマジピンクじゃん。ウケる~!」
「めっちゃ似合ってますなあ?」
二人組はエマを見るなりケラケラ笑うと、今度はあいなに目を付けた。
「しかもパンツ女も居るし! ウケる!」
反射的に抗議しかけて、あいなは口を噤んだ。噤まざるを得なかった。
まず、あいなをパンツ女呼ばわりした少女の制服だ。シンプル極まりない蓮華ヶ丘の制服をどう着崩せばこうなるのか逆に聞きたくなるほどの、一目見て校則違反と分かるスタイル。ブラウスは紺だしスカートは柄からして別物、首元には金のネックレスが揺れていて、肌も綺麗に焦げている。オマケに茶髪でメイクも濃い。完全に、一昔前のギャルだ。
「災難どしたねえ、白河さんって言うたっけぇ?」
一方のはんなりした喋り方の美少女は、制服は着崩してはいなかった。ただその制服が、蓮華ヶ丘やあいなの通っていた徳島の学校のものですらない、おおよそ現実ではお目にかかれなさそうなものだった。マーチングバンドをモチーフにしたような青のジャケットに白の短いプリーツスカート、足元の至ってはローファーですらなくブーツである。おまけに髪まで青い。コスプレだ。
つまり二人は、完全に不良である。不良に目を付けられたら助かる方法はひとつしかない。
「い、いくら払ったら許してくれますか……?」
二人ともきょとんとした顔をして顔を見合わせた。話が通じないことに慌てふためくあいなを他所に、珍しく不機嫌そうな顔でエマが唇を尖らせる。
「そのあだ名やめてくれる? つか、あたしの女が怖がってんじゃん」
「は? エマんこはエマんこっしょ? エ、マんこ!? みたいな」
恐ろしい勢いで連呼される教育上よろしくない言葉にあいなは身悶えた。こんな言葉を子どもに聞かせてはいけない。あいなはとりあえず、近くに居たポンポコ寧々の耳を塞いだ。
「いや、ちょっ! 耳塞ぐのなんで!?」
「なんででもです! 子どもは聞いちゃいけません!」
「子ども扱いすんなーっ!」
あいなをはね除けて、寧々は腕章を指でつまんだ。これ見よがしに生徒会執行委員であることをアピールして、大きく息を吸い込む。
「河合ミシェル!
「構わん、許可する」
執行委員コンビは違反者ふたりに突っ込んだ。だが突っ込んで来たところで、ギャルっぽい生徒――ミシェルがニヤリと唇を歪めた。
「はい25条~」
高坂はピタリと止まった。第25条と言えば、高坂と寧々が辛酸を嘗めさせられた条文だ。寧々も掴みかかろうとした寸前、なんとかミシェルに触れないよう体を逸らす。ただ勢いを殺しきれず、教室をポンポコ転がった。
「なんでお前らが25条を知ってるんだよーっ!?」
「……執行委員としてではなく、高坂美玲個人として問う。誰の入れ知恵だ?」
26条で任命されたエマがこの場に居るからだろう、高坂は最大限配慮して二人に尋ねる。すると青色成分の強いもえがくすくす笑った。
「生徒会の男の子って簡単どすなあ? ちょっとくすぐったっただけでまるっと教えてくれはりましたわあ」
「ホント童貞ってチョロ過ぎ。ま、チビとガリ勉と性悪しか居ない生徒会の女があーしらに敵うわけないってワケ。はいお疲れ~」
「これだから男はーッ!」
仲間の裏切りに寧々は怒りの声を上げた。なんとなく実像が掴めてきたあいなは、突っ伏したままの七海を無視してエマに尋ねる。
「あの二人も、立候補するってことなんですか?」
「気をつけて、あいなちゃん! あいつらカツアゲはするわパンツは盗むわ蛮族みたいな連中だから。あたしの女じゃなかったらひどい目に遭ってるよ」
「ひいっ!? 私、逢坂さんの女になりますっ!」
「オッケー! じゃあ、まずは情熱的なベーゼから――」
「ならなくていいし、しなくていいから」
面倒臭そうな声とともに七海が顔を上げた。これ以上話をややこしくするなとエマに釘を刺してから、小声で説明する。
「ミシェルともえは二年の
「それって……」
「ミシェルは読モ、もえは地下アイドル。どっちも男ウケがよくて奉り上げられてるから生徒会も迂闊に手を出せないんだよ。で、ついでに言うとエマの天敵」
「逢坂さんに天敵が居たんだ……」
「あたし男ウケ狙いの女ちょー嫌いだからね。品がないから」
どの口が言っているんだろうと思ったが、少なくともエマは教育上よろしくない言葉を使わない。エマにはエマなりに守っている一線があるのだろう。
「つーワケでエマんこ、あーしらリッコーホってやつすっから」
「立候補届を確認してくださりますぅ?」
エマは露骨に嫌そうな顔をして、二人の書いた申請用紙を奪い取った。両方を斜め読みしてしょうがないから受理しようとした矢先、エマは何かに気付いて「ん?」と声を上げる。
「あのさ~、どっちが会長? 二人とも立候補届が違うんだけど」
間髪入れず「あーし」と「ウチ」、二人分の声が聞こえた。そして二人は静かに向き合い、互いににらみ合う。
「お前、面倒事はあーしに任せるっつったっしょ? だったら副会長やれよ」
「おもろい冗談言わはりますな。面倒を引きうけるんがサブの務めどすえ?」
二人の間に電撃が走った。ついでに、二人のバックに龍と虎が見える。そしてあいなの脳内イメージの通りにすさまじい言い合いに発展した。
「クソ地下アイドルごときが調子乗んなよ。キモい童貞だけ相手にしてろや」
「あらまあ。読者モデルごときでようもまあそこまでイキれはりますなあ? ああ、モデルの猿真似してるうちに勘違いしてもうたんどすね? 可哀想」
「はあ? アイドルの猿真似が何言ってんですかー。加工しないと勝負できないようなブスに言われたくないんですけどー」
「か、加工なんてしてませんけど? 性根が歪んでるからそう見えるんとちゃいます!?」
「つかそのエセ京都弁やめろやキャラが渋滞してんだよ! だいたいお前生まれも育ちも足立区だろうが!」
「ああ? 足立は関係ないだろーが足立は!」
「うっせー足立区民! 北千住のマルイで買い物してろよ!」
「北千住のマルイバカにすんなよテメーッ!」
売り言葉に買い言葉とばかりに二人は口汚く罵り合った。もえに至っては作っていたキャラもコスプレも完全に忘れている。素だ。素でミシェルと罵声を浴びせ合っている。あまりに教育上よろしくない言葉が飛び交って、あいなはとりあえず自分の耳を塞いだ。
「はいはい、二人でよ~く話し合ってからまた来てね~」
申請用紙をクシャクシャに丸め、エマはなおも言い争いを続ける二人に投げつけた。「ああ!?」と二人分の恫喝がエマに迫るが、そこに割り込んだのは美玲だった。
「出馬を受理されていない以上、お前達は25条の範疇ではない。つまり、我々執行委員が干渉しても問題ないということになるがどう考える、選挙管理委員」
腕章を摘まんだ美玲に、エマは「しっしっ」と追い払うように手を振った。
「は~い、エマちゃんは干渉だと思いませ~ん。煮るなり焼くなり好きにしちゃって」
「寧々、執行するぞ!」
「りょーかいです!」
大げんかのただ中に美玲と寧々が突っ込んだ。不良コンビの罵声に寧々の「ぽんぽこぽん!」が混じり揉み合う。結果、ミシェルももえも「覚えてろよ!?」とマンガみたいな捨て台詞を残して走り去り、それを追って寧々が駆け出した。
まるで嵐だ。目を回したあいなに向けて、ただ一人残った美玲が告げる。
「白河あいな、あなたに一つ言っておく。どういう甘言で唆されたかは知らないが、私は本気で事に当たらせてもらう。三ヶ月以内に蓮華ヶ丘の制服を手に入れておくことを薦める」
言い置いて、美玲はC組の教室を後にした。思わず息を止めていたあいなが長いため息を吐くと、事態を見守っていた教室の生徒達もようやく普段の放課後に戻っていった。
「なんだかドッと疲れました……」
「だから言ったでしょ。面倒な連中だって」
七海は早々に帰り支度を整えて教室を出て行った。取り残されたあいなは、机の上に座ったエマに視線をやる。
「私達も帰りましょうか……」
「じゃあさ、せっかくだしちょっと寄り道してこ? あいなちゃん東京のこと全然知らないっしょ?」
「でも寄り道は10条違反で――」
言いかけてあいなは思い出した。25条に守られている限り、いかなる委員会も立候補者には干渉できない。それはすなわち、どんなに校則を犯しても、執行委員に指摘されずに済むということだ。
「ふふ、今のあたし達は校則破りホーダイなのだぜ? オシャレしてクレープ食べてカラオケ行きたくないのかな~?」
「行きますッ!」
迷うことなくあいなは即決した。結局、校則を破ることへの罪悪感よりも、オシャレとクレープとカラオケが勝ったのだった。
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