第5話 怒りの契約
河合ミシェル:違反10、14、15。疑惑8。
美園もえ:違反10、14、15。疑惑7、8。
風早絆星:違反3、10、14、15。疑惑4。
逢坂エマ:違反10、14。疑惑8。
その中に一つ、見知った人物の記述を見つけてあいなは閃いた。
「これって、校則違反した生徒のリストですよね。数字はたぶん校則の番号……? でもなんで清澄さんが?」
「な~んと、この清澄七海は生徒会を辞めちったので~す。つまり私と七海は友達なんかじゃなくて、追う者と追われる者だった訳なのだよ。Catch me if you canってね」
エマは力なく笑った。無理して笑っているのだろう、そう感じたあいなは敢えて大げさに驚いてみせた。
「そっか! だからあの時、元生徒会って!」
七海は手帳を取り上げて、ひとりひとり読み上げていく。名前に校則番号、その羅列が止まらない。当時一年生だった七海は同学年のみならず現在の三年生や、すでに卒業したOBOGの名前まで網羅されていた。
「生徒会時代の七海はスゴかったからね~。将来の会長候補なんて呼ばれてたくらいだし」
「清澄さんは、さっき名前を呼んだ人達全員取り締まったんですか?」
「去年の話だよ」
あまりにも多くの校則違反者達が、生徒会に処罰されている。確かに決まりを守らないのはよくないことだ。それでも、中にはエマのように止むに止まれぬ事情で校則を違反している者も居たのかもしれない。
その時、階下で男子生徒のわめき声が聞こえた。運動部の声も楽器の音も水を打ったようにシンと静まり返る。
「……始まった」
七海は呟くと、身をかがめて屋上のフェンス近くに移動する。顔を見合わせたあいなとエマも、同じような姿勢で七海に続く。フェンス越しにグラウンドを見下ろすと、サッカー部と思しき男子生徒が、数人の生徒達に囲まれていた。
「あれは?」
「生徒会の強制執行。ほら、チビスケと高坂も居るじゃん」
目を凝らすと確かに、あいなとエマを連行した小さなライオン比良野と、途中から参加した高坂の姿が見える。残りの二人は男子生徒だが、どれも腕章をつけている――すなわち生徒会役員だ。
「あー。たぶんアレは学校帰りに寄り道したのがバレたってトコだね。捕まったことあるから分かる~」
「寄り道も禁止なんですか!? クレープもカラオケもお預けなんですか!?」
「第10条、『放課後は速やかに下校すること。ただし学習塾等の校外学習や、特別な事情がある者は申請すれば許可する』。要はまっすぐ家に帰れってこと。通称、寄り道条項」
校則を諳んじた七海は「だけど」と一拍置いて疑問を呈する。
「寄り道条項は、悪質な違反者を別件で引っ張るときに使うくらいのもの。基本は見逃すのが慣例になってる」
「なら、あの男子生徒はすっごい不良ってことなんですか?」
「そんな大それたことできるヤツじゃないよ。去年同じクラスだったけど、クソマジメ過ぎてつまんないくらいで……」
七海はしばらく考える素振りを見せて、納得したように呟いた。
「ああ、選挙対策か……」
「選挙?」
「生徒会長選挙。蓮華ヶ丘では、生徒会長選挙ってのが結構盛り上がるイベントなんだわ~」
「選挙がイベント……?」
何のことやらと首を捻るあいなに見つめられて、七海は面倒臭そうに説明を始めた。
蓮華ヶ丘高校生徒会長選挙。
生徒会長と副会長候補の二名一組となって戦う、蓮華ヶ丘の伝統ある一大イベントだ。9月末の立候補〆切から11月末の投票日まで、都合3ヶ月に渡る選挙戦を勝利したペアが次の生徒会長と副会長に選ばれる。重要なのは、選挙期間中の活動だ。運動会、文化祭、修学旅行他諸々、イベント盛りだくさんのこの期間にどれだけアピールして票をかき集められるかが勝敗を分けるポイントになる。
「それじゃ、あの男子生徒は……」
「選挙のための見せしめ。おおかた、高坂が青山花蓮の支持層を引き継いで立候補するって魂胆でしょ」
「うげえ、絶対投票しな~い」
「アンタが入れなくても結果は変わんないよ。今年はどうせ出来レースだし」
「そんなの……」
あいなは不意に立ち上がった。途端、屋上の上を生ぬるい風が駆け抜け、セーラーカラーとセミロングの髪を揺らした。硬く握られたあいなの拳は、今にも怒りで爆発しそうなほどに小さく震えている。
「許せません……。こんなの絶対に許せませんッ!」
「バカ! 立ったら見つかるから! しかも声がデカい!」
七海に腕を引かれ、強制的にひさしの所まで戻されるも、あいなの怒りは収まらない。
「確かに、決まりは守らなきゃダメです! でも、逢坂さんみたいにどうしようもないことだってあるんです! それに、敢えて見逃してることだってあるんですよね!?」
「そう……だけど……」
あいなの剣幕に押されて、さしもの七海も目を見開いて狼狽した。それは名前を呼ばれたエマも同じだ。
「なのに……! 自分が当選したいからって、自分達が頂点に立って威張るために、普段は見逃すような人を捕まえて見せしめにするなんて……!」
そしてとうとう、あいなの我慢は限界に達した。爆発。堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。
「絶対に許しません! そんな選挙なんて私、絶対に認めません!」
「お、落ち着きなよあいな氏~。そもそも、認めようが認めまいが当選したペアが次の生徒会長なんだぜ? どうしようもなくね?」
エマの正論に、あいなは怒りの矛先を見失った。それでも怒りの感情は無限に湧き出てくる。生徒会選挙をどうにもできないなら、それ以外の方法を取るしかない。コンマ数秒悩んだあいなは、七海に向かって叫んでいた。
「清澄さん! 高坂さんペアを止める方法はないんですか!? 何か違反があるとか!」
「相手は生徒会の
「うううう~ッ! じゃあ、じゃあじゃあじゃあ……!」
頭を抱えて、あいなは屋上をぐるぐると回り出した。
あいなには昔から妙な癖があった。めったな事では怒らないくせに、ひとたび怒ると、輪を描くように一心不乱に歩き回る。そして、怒りのままに何かしらしでかして、醒めたころには記憶をすっかり忘れてしまうのだ。以前までなら友人に「タヌキが憑いたんだねえ」とからかわれ有耶無耶になっていたが、あいにく七海やエマは、あいなのはた迷惑な奇行のことをなにも知らない。
あいなは突如ぱたりと足を止めた。そして七海とエマの二人が見守る前で、ぼそりと呟いた。
「そっか、別に生徒会を止める必要ないじゃないですか」
それまでの怒った顔からは一変、あいなはうっすらと笑みを浮かべて言った。
「壊しちゃえばいいんですよ、こんな学校」
「……アンタ、自分が何言ってるか分かってる?」
まなじりをきつく結んだ怒り顔の七海にも臆することなく、あいなは続けた。その目は血走り、胡乱に見開かれている。心ここにあらず、といった様相だ。
「壊しちゃえばいいって言ったんです。みんなを不幸にする校則も、それを守ってる腐った生徒会も、見えないスクールカーストも。全部全部ぶっ壊して、新しい蓮華ヶ丘を作ればいいんですよ」
「それはさすがに難しいんじゃね?」
狼狽えながらも告げたエマの隣で、七海が呟いた
「それはアンタの考え? アンタ自身が考えた結論?」
「他に誰が居るんですか」
挑発とも疑問ともつかない奇妙な声色であいなは言い返した。答える七海の口調も次第と厳しいものになる。
「新しい秩序を作るなんて、選挙で勝って生徒会長になるくらいしか方法ないけど。アンタみたいなクソドジパンチラ女にその覚悟があんの?」
「なかったらこんなこと言いませんよね」
あいなの丸い瞳は普段以上に見開かれていた。表情こそ笑っているが、完全に怒りで我を失っている。
「……分かった」
「分かったって何が!?」
制止するエマを無視して、七海はあいなに手を差し出した。
「あたしと契約だ、白河あいな。アンタを生徒会長にしてあげる」
差し伸ばした手は、握手を待っている。我を忘れたあいなでもそれくらいは理解できたのか、七海の手を握った。
「お願いしますね、未来の副会長さん」
かくして、ここに一組目の候補者が生まれた。
会長候補:白河あいな。
副会長候補:清澄七海。
蓮華ヶ丘の地で繰り広げられる、三ヶ月に及ぶ選挙戦争の幕が上がろうとしていた。
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