はじまりの日:②

 悠久のように感じられる時間が終わりを迎えた。

 身体の感覚が無く、視界も真っ暗な中、なぜか頭だけは働いている。

 寝て見る夢の中で、一時間を過ごしたつもりでも実際は五分にも満たないことがあると聞いた覚えがある。

 だが今の感覚はその比じゃない。一体合計で何日、何年を過ごしたのだろう。ところどころ場面が飛ぶこともあったが、体験してきたことの全てがまざまざと蘇ってくる。

 オレが目にしたこと、感じたこと……やらかしてしまったこと。それは架空の物語ではあったが断じて笑いごとではなく、決して目を背けてはいけない、現在のオレたちに起こり得るかもしれない未来……らしい。

 確かにあれは自分だった。誰かに、何かに誘導されたわけじゃなく、今振り返ってみても自分らしい考えであり、自分らしい選択だった。


 ――すげえな、コイツの能力ちから……。


 改めて感嘆してしまう。ただ素直に感謝できるかというと、そんなはずもなく。怒り散らしたい気もしてしまうが、学んだことも多かった。

 何とも複雑な心境であり、自分はまずどんな反応を取るべきなのだろう――そんなことを悩んでいると、徐々に視界が明るくなっていき――


「――……お目覚め?」


 気が付けば、そこは公園だった。

 最初こそ寝起きのような感覚だったのに、その直後には妙に頭がスッキリしていて……なぜ自分がここにいるか、今がいつなのか。はっきりと思い出すことができる。

 今は、オレたちが中学一年の頃……日付は、五月三十一日。コイツと――リオとかいう胡散うさん臭い天使と出会った日だ。

 しかし一つだけ、わからないことがあった。


「なんだ、この状況は」

「二人して横たわってたりしたら、他の人に不審な目で見られるじゃない」

「それは……まあ、そうなんだろうが」

「これならとーっても仲の良いカップルにしか見えないからね。実際何人か通りがかったけど、温かい目で見てっただけだし」


 ベンチに座るオレの太ももの上には、結唯の頭が乗せられていた。いわゆる膝枕という奴だ。オレたちが意識を失っている間、ずっとこんな体勢をとらされていたらしい。


「……いや、だからってな」

「そんぐらいしてあげなよ。結唯ちゃんの方がだいぶ大変な想いしてるんだから。――

「……」


 そう言われてしまえばぐうの音も出なくなってしまう。


「まあ、これはまだいい」


 溜め息を吐きつつも、そこに関してはそれ以上言及するのをやめた。今はもっと文句を言ってやりたいことがあったからだ。


「オマエ、もう少し上手いやり方とかなかったのかよ?」


 見せられた未来の中で、コイツはなかなか親切なように見えて、かなり不親切だったように感じる。人間を救うのが使命だというなら、もう少しわかりやすい手助けがあっても良かったのではないかと思ってしまう。


「んーでもさぁ。ただ助言したところで聞いてくれないんだよね、人間って。自分で体験した上で、失敗して学ぶ方が効くもんなんだよ――たぶん」

「……ああ、確かに効いたがな」


 たぶん、と自信なさげに付け足したのは、コイツがまだ成功者を出したことが無いからだろう。それでもそれに関しては同意してしまう。恐ろしいまでの荒療治ではあったが、『効いた』のは確かだ。

 しかし同意とは言っても、全面的にというわけにもいかない。あまり思い出したくもないが、いくら失敗して学ぶためとは言っても、全くわけがわからずに終わってしまった世界もあった。ただ精神的にいたぶられただけなような気もしてしまうが……それに耐えることも成長に必要だとでもいうのだろうか。


「あれじゃ精神崩壊起こす奴ばっかだったってのも納得しちまうよ……正直オレもこうしていられるのが不思議でしょうがない」

「そこに関してはボクも不思議でしょうがない。あんなにも無様な醜態なんて滅多に拝めないから、ついついからかいたくなっちゃったぐらい」

「……今なんつった?」

「んにゃ、なんにも」


 口笛なんぞ吹いて、わかりやすいほどにすっとぼけてやがる。


「まー、ボクがなんかしようとしたところで無意味なんだよ。キミみたいな奴は特にだ。こーんな胡散臭い性悪悪魔の言葉になんて、一切耳を傾けてくれないだろ?」

「根に持ってんのか」

「さぁ、どうだろうね~」

「性悪なのは確かだろ。ひっでえ体験させやがって」

「だからしょーがないでしょー。これがボクに与えられた能力なわけで。一回発動しちゃえばそこから先は干渉できないの、ボクの意思とは関係なく勝手に物語が進んじゃうもんなの~」

「オマエが言ってたじゃねえか。名前と共に、能力を授かるんだろう? そんなん授かるってことは、オマエの趣味だか本質だかがそうなんだろうよ」

「バレた?」

「ほれみろ性悪悪魔が」


 軽く舌を出して、自らの頭をコツンと叩いていた。きっと本人は可愛いポーズのつもりなんだろうが、オレからしたらただただ腹立たしい。

 握った拳をわなわなさせていると、膝上にある結唯の頭がもぞもぞと動き出した。


「んぅ……違いますよぉ。胡散臭くも性悪悪魔でもないです、天使さまは紛れもなくやさしー本物の天使さまですってぇ」


 普段通りののんびりとした口調に、どうやら結唯も無事に戻ってこれたらしいと、ほっと胸を撫で下ろす。


「起きたか、結唯」

「いえ寝てます」

「……」

「すやぁ……」


 既に握っていた拳を、結唯の頭へとくれてやった。


「ったぁーい! なにすんですかぁー!?」

「寝た振りするならもっとちゃんとしろ。……ってか、オマエ……どっから起きてた?」

「えっ、あ……いや、えぇーっと……け、けっこー前から?」

「……」

「なーんか知りませんけど、とっても素敵な枕さんがございまして、天国のような心地でしたので。そのまま微睡まどろんでしまってました」

「……さっさと退け、バカ」

「あぁーん、殺生せっしょうなぁ」


 無理やり引っぺがしても良かったが、今はなんとなくそっと起こしてやった。もしかしなくても、結唯にはずいぶんな目に遭わせてしまった罪悪感からだろう。


「まーまー、イチャイチャするのもいいけどさぁ。そろそろ本題に入っていい?」


 別にイチャイチャなんか――と反論したかったが、本題に入るべきというのは同感だったので黙っておく。


「さって。キミたちはあの世界で何を学んできて、どんな答えを出してくれたのかな?」


 その質問を受けて、意図せず隣に座る結唯の表情を確認しようとしたら、丁度目が合った。おそらく似たようなことを考えたのだろう。気まずそうに弱弱しく微笑んでから、天を仰いだ。こちらもそれにならい、空を見上げながら思いにふける。

 結唯があの世界で何を感じてきたか、具体的なことはわからない。けれど共通点は幾つかある。

 オレたちは『誰か』のことを想い、『誰か』のことを救おうとして、『誰か』のために身をなげうった。

 それが――その『誰か』や他の『誰か』を、より苦しめ傷つける結果となることに気づきもせずに。

 オレは特に視野が狭かった。自分が幸せであれば、自分のことだけ。母さんを守ろうとすれば母さんだけ、結唯を守ろうとすれば結唯だけ。一度何かが視野に入ってしまえばそれしか見ようとせず、他の全てをぞんざいに扱ってしまった。

 一点集中と言えば聞こえはいいのかもしれない。しかしそのせいで余計に状況が悪化してしまったこともあるし、全てを注ぎ込んだところでオレに打開する力など無かった。全てに気づく力も、救い出せるだけの力も皆無だった。無力であるクセに自分の力を過信し、誰かを頼ろうともせず、自分の手で何とかしようと愚かにも意気込んでしまっていた。

 だから、オレが気づくべきだったのは……今、成すべきことは――


「……すまん、リオ。教えてくれ」

「へ?」

「オマエには何が見えている? オレには何が見えていない?」


 始めはポカンと間抜けな面を晒していたが、首が徐々に横に傾いていくに連れて、その表情が消えていく。


「……それがキミの答え?」


 その無表情の意味はきっと、『キミには失望したよ』だろう。コイツがこれまで見せてきた中でも飛び切り恐ろしい雰囲気をかもし出していて、嫌な汗が頬を伝う。

 それでもオレは迷うことなく、その顔を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。


「オマエの能力でオレが一番に学んだことってのはな、オレが無力な愚か者ってことだ」


 リオは無言のまま、微動だにしない。


「オレには力が無い。これまでの人生が恵まれ過ぎてきたせいか、一人で何でもできると思い込んでいた。だがオマエもご存じの通り、オレは何もできなかった」

「……」

「更に視野も狭い。薄々こうなんじゃないかって思ってることもあるし、それの理屈を通す想像をすることは簡単だ。だが、それも悪い癖なんだと思う。こんなオレが一人で悩んで結論を出しても、きっとまた間違える」

「……」

「我ながら情けない答えだと思うが、もっと他人を頼ること……そして他人を知ることが、今のオレには必要だと思ったんだ」


 表情を引き締めて立ち上がり、リオの目を真っ直ぐに見つめる。


「ヒントだけでいい。教えてくれ、頼む」


 そして、深々と頭を下げた。誰かに頼みごとをするためにこんなことをした経験などなく、ちゃんと誠意が伝わるような形を取れているだろうか……そんな心配をしてしまう。

 長い、長い沈黙が訪れる。頭を下げているために、リオや結唯の表情はわからない。オレのこんな姿を見て、二人は何を思っているのだろう。


「……なるほど、ねぇ」


 ふっと笑う声と共に、ようやくリオが口を開いてくれた。


「まっ、キミにしちゃー悪くないんじゃない? よりにもよってボクに頼み事するだなんて、かなりの屈辱だったろうし。いやぁ面白いもんみれた、眼福、がんぷく」

「いや、はや……ビックリして心臓が止まりかけました。まっさかあのこーちゃんが、こんなにもしっかりと頭を下げられるお人だったとわ……」

「…………」


 今すぐ二人ともぶん殴りたかったが、せっかく下げた頭が無に帰してしまうので必死にこらえた。

 リオの顔をじっと見つめる。更に交換条件を提示されるならそれでもいい、可能な限り応じるつもりだった。

 けれどそれには及ばなかったようで、


「――あの二人が悩んでいるのは、『キミたち二人のこと』で、だ」


 思いの外あっさりと答えてくれたことと、その教えられた内容の二つに対して驚いてしまう。本来ならば感謝が先だったのかもしれないが、リオの言葉の意味がわからず失念してしまった。


「オレと……結唯?」

「そ。キミたちを大事に想うがゆえに、距離を置いている」

「なんでまた、そんなことに……」


 オレも結唯も、双方の親と有効な関係を築けている。むしろ実の親のようにすら思っていて、口にこそ出してはいないが、本当の親になってくれてもいいという雰囲気は出してきたはずだ。あの二人がそれに気づいていないはずもないと思う。

 あるのか? あの二人がくっつくことで、オレたちにとって不利なことが……?

 あの二人が、夫婦となることで……家族と、なることで――


「――結唯」

「はいはい?」

「オマエ、オレのことが好きか?」


 結唯がぴたっと固まる。たっぷりと三秒ほど絶句した後、その頬がみるみる赤く染まっていった。


「ばっ……ば、ばばばバカなんですかぁッ!?」

「えっ、あ……いや。す、すまん……」


 ……いや、怒られる覚悟はしてたが……そんな大声で罵らなくてもよくねえ?

 リオもさぞ愉快げにケラケラと笑っている。くっそ、ああオレがバカだったんだよな……ちくしょう。


「そんなの大真面目に聞いてくるの、こーちゃんぐらいですよ!? バカです、アホです、どーしようもないさんですー!」

「わ、悪かった。悪かったから……少し、落ち着いてくれ」

「これが落ち着いていられますかってんですよ!」

「いいから落ち着いてくれ。なら母さんや隆則さんは当然わかってるってことだよな?」

「……まぁ、そーでしょうね」


 あの二人は結唯の想いに気づいている。そしてあの二人の態度――特に『娘を嫁に』と言ってくる隆則さん、過剰に『ヤらせようとしてくる』母さん。

 ああ……たぶん、『そういうこと』で間違いない――か?


「おそらく……あの二人が結婚してしまって、オレたちが家族に――兄妹となってしまったら、付き合うことができない。結婚することができない。それを懸念しているんだ」

「えっ……」

「それなら合点がいく。体験した未来の中でも、あの二人は事ある毎にオレたちをくっつけようとしている節があった。あの二人はオレたちのために身を引いたからこそ、できることなら恋仲になって欲しいと願っていたんだと思う」

「そんな……本当に、ですか……?」


 間違いない、とは思ってしまう。けれどこれもまた、オレの悪癖かもしれない。

 だから――


「合ってる……か?」


 そう、リオに確認を求めてしまう。それは自分の声とは思えないほど、弱弱しい響きだった。

 自分の考えを、疑わなければいけない。それはオレの心に想像以上に重くのしかかってくる。

 これまでは自分一人で考え、結論を出してくるだけで良かった。正誤を悩む必要もなく、ただただ突き進めばいいだけだった。しかし、それが間違いだったかもしれないと今は思ってしまう。かと言って、ここでリオに――他者に答えを求めたのも、結局はオレの考えだ。それさえ間違いかもしれないと思うと、永久に抜け出せない深みにハマってしまいそうな恐怖がある。

 それはひとえに、オレが『悩む』という行為に慣れていない弊害へいがいなのだろう。人は皆それぞれの視野を以て、道が幾つも存在することを知り、悩んだ上で進路の選択を行うものだと、今なら思える。

 その『悩む』という過程を放棄し、全てを知っているリオに答えを求めるというのは、甘えすぎているかもしれない。本来ならば反則行為なのかもしれない。


「……ま、いっか。キミにとっちゃ初めての心境だもんねぇ。今だけは、特別にサービスしてあげる」


 しょうがない子だ、といった素振そぶりで肩をすくめる。


「そ。だいたい合ってるよ、キミの考え」

「……そう、か。すまん、恩に着る」


 しかし、それでもまだわからない。

 オレたちはまだ中学生になったばかりであり、結婚はおろか誰かと付き合うということにも実感が湧かない。いくら自分の御眼鏡に適う相手と結婚させたいという親心があったとしたって気が早すぎる。

 何が何でもオレたちに結婚して欲しい理由でもあるのだろうか……?


「――あっ」


 難しい顔をしてうなっていた結唯が急にそんな声を上げる。何か気付いたことでもあるのか? と目線で問うと、


「あの、こーちゃん」

「なんだ?」

「まさかとは思いますが……もしかしてこーちゃんのお父さんって、京子さんの幼馴染ですか?」

「ああ……そういえば前にそんなようなこと言ってたな」

「ん、んー。なら、たぶんそれです」

「……ってことは、結唯の両親も?」

「はい。うちのお父さんとお母さんも、幼馴染だったんですよ。小学校に上がる前から、ずーっと一緒だったと」

「なるほど、な……」


 二人はどちらも、幼馴染と子を成した。そしてどちらも今は独り身。片や迷惑をかけぬようにと逃げて来てしまって。片や死別をしてしまって。


「あの二人にとって、幼馴染ってのは……特別な存在、ってことか……」

「だから……私たちのこと、そこまで気にかけてくれてたんですかねぇ……」


 自分たちが幼馴染と悲しい別れ方をしたからこそ、結ばれなかったからこそ。全てはオレと結唯が結ばれて欲しいと想ってのことで。……自分たちの代わりに、幸せになって欲しいと願ってのことで。

 理由としては、まあ納得する。納得はするが――


「……なんと、いいますか」

「なんつーか、なあ」

「自分勝手、ですねぇ。……私たち、みーんな」

「だよ、なぁ。いつのまにやら勝手に許嫁いいなずけ扱い――下手したらそれよりも重い関係にされてたってことだよなぁ」

「それ自体は……まぁ、その、うん。……ですけど。でもそれで、お父さんと京子さんが離れてしまうのは困ります」

「似ちまったんだろうな、親子揃って。性格も……境遇も」

「重ねちゃったんでしょうねぇ、自分たちと」


 ――もし、自分たちがこんな未来を描けていたなら。


 我が子にそんな夢を抱いたのだろう。ならば叶えてやるのは、確かに親孝行と呼べるのかもしれない。

 けど――


「なあ、結唯」

「はい?」

「オレ、たぶんオマエのこと好きだわ」


 言葉の意味がわからなかったのか、目をぱちくりさせている。

 やがてその表情は変えずに、頬だけが赤く染まっていった。


「――っ!! ~~~っ!?」


 何かを叫ぼうと口をパクつかせているが発声はできないらしい。それならば、と構わずに続ける。


「つっても、正直まだよくわからない。オマエのことはずっと妹みたいに思ってたし……たぶんオレよりもオマエの方がわかってるだろうが、そういう方面には絶望的にうといんだ、オレは。

 隆則さんと母さんにはくっついて欲しいと思ってたし、そうなったりしたらオマエが妹になるんだってことも全く考えてなかったけどさ。たぶん普通に妹として受け入れていたと思う」

「……」

「それでもさ。あの世界で体験したことを振り返ってみると……結唯のこと、幼馴染以上に、妹以上に特別に想ってたなってのはわかるんだ。だから、たぶんってだけだ」


 自分が結唯へ抱く感情が、恋心なのか、否か。今のオレにはわからない。

 それもまたたぶん、親子で似てしまったのかもしれない。母さんも自分の想いに気づくのが遅かったために、幼馴染と離れたと聞いている。オレが気づく時も、母さんと同様に手遅れになってしまっている可能性は十二分にある。

 それでも……たぶん、結唯も――


「オマエは?」

「私はー……複雑ですねぇ。こーちゃんみたいな鈍感な朴念仁ぼくねんじんさんじゃないですし」

「……悪かったな」


 痛いほど自覚してしまっているので何も言い返せない。


「お兄ちゃんみたいに思ってるとこもありましたし……まぁ、その……恋愛感情も確かにあったと思いますし。でも、色々とまだ早いと思うんですよ。お互いにこの感情に整理ついてるわけでもないし、私たちは結婚できる歳でもないですし。

 そんないつどうなるかわからないことより、今は二人の関係の方が問題だと思うんです。京子さんみたいなお母さんがいてくれたら嬉しいですし、お父さんと京子さんには仲良くして貰いたいんです」


 結唯にしては珍しく饒舌じょうぜつだった。それは想像にかたくなく、その想いに迷いがないということ、心から二人の関係を案じているということだろう。


「だから、いつかこーちゃんのことを本気で好きになったとしても、二人のことを恨んだりは絶対にしないと思うんですよ」


 ――結唯も、同じ気持ちでいてくれている。

 それは大変心強いことであり、自分の変化を実感できるものでもあった。

 この気持ちさえあるなら……そんな想いを抱かせてくれる誰かが傍にいてくれるなら。

 だったらもう――迷う必要はない。


「よっし、ならいっか」

「はい。二人の幸せが優先です」


 いつになく真剣な顔をして頷き合う。皆まで言わずとも、意図は伝わったはずだ。


 あの二人を説得してみせる――結婚させてみせる、と。


「いざとなれば家庭内恋愛と洒落しゃれ込みましょう。だいじょぶです、ばれなきゃおっけーです」

「いやアウトだろ」

「背徳感あってよりスリリングですよ、他じゃ味わえない貴重体験できちゃいますよ」

「オマエそういう趣味あったのか……?」


 まさか、隆則さんともそういう想いから……? いや、ないよなさすがに。いっくらなんでも、近親相姦は完全にアウトだ。

 ……――『近親』?


「というか……オレたちは別に血がつながってるわけでもないんだし、最悪いったん親子の縁切っちまえば何とかなるんじゃないか?」

「おぉっ、それは妙案です……っていいんですか、それ? 色んな意味で」

「縁を切ろうかは悩んだこともあったぐらいだからな。まぁその時はさすがに冗談だったが」


 今のもさすがに冗談ではあるが、半分は本気だ。

 もし仮に本気で相思相愛となるようであれば――そんな手段を取ってもいいのかもしれない。ひょっとすればそんな前例もあるかもしれないのだし、気が向いたら調べてみるか。


「面白い子たちだなぁ、ほんと」


 ここまでずっと黙って成り行きを見守っていたリオが微笑みかけてくる。普段の憎たらしいものではなく、それこそ天使のような慈愛に満ちたものに感じられた。


「天使さま、大変お世話になりました。私たち、ちょっくら頑張ってきます!」

「待ってろよ。約束通り、成功例ってもんを見せてやるからな」

「いや。もう見せて貰ってるよ」


 二人してキョトンとしてしまう。

 そんなオレたちにリオは、ふっと小さく笑ってからこの上なくほがらかな表情を向けてきた。


「ここからキミたちが失敗することなんて有り得ないよ。ボクが保証してあげる。だから安心して行っておいで」


 思わず瞠目どうもくした。不覚にも心が奪われてしまった。

 すぅーっと何かが軽くなるような感覚がして……知らぬまに肩に力が入っていたらしい。しゃくではあるが、コイツが人々を救う存在であるということを思い知らされた気がする。


「なんともまぁ、心強いお言葉ですねぇ」

「少し気が早い気もするが……ま、そうだな」

「もう上手くいく気しかしませんね。今なら何でもできる気がします」

「……オマエがそう言う時って本来なら不安しかないんだけどな。今は不思議と信じられるよ」


 苦笑しつつ、改めて礼を言おうとリオの方を向いたら……にたぁっとした気持ち悪い笑みを浮かべていた。零れかけた言葉が引っ込んでしまい、やっぱり悪魔かもしれないと思い直したくなってしまう。


「それ、じゃ。行きましょうか、こーちゃん」

「ああ……一世一代の親子会議だ」

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