はじまり、そしておわりの日

独白:浅井京子

 アタシには幼馴染がいた。

 別々の高校に進んで離れるまで、かれこれ十年間ずっと一緒にバカやって過ごしていた。

 高校に入学して半年が過ぎた頃、ふと幼馴染のことを思い出した。それだけで自然と笑みが零れて、胸が暖かくなる。と同時に、寂しさも覚えた。なぜか急に会いたくもなった。

 それからというもの、記憶にある幼馴染の笑顔や声が事あるごとによみがえってくる。始めはひたすらにわずらわしく感じた。しゃしゃり出てくんな、鬱陶うっとうしい奴だなと毒を吐いたりもした。

 そんな状態が数日続いたある日、ようやく気づいた。


 ――その気持ちが、『恋』というものであることに。


 他者はおろか自身の気持ちにすらうとかったアタシは、気づくのがあまりにも遅すぎた。

 それでもかたくなに会いに行くことはなく、ただ想いだけがつのっていく。その後も耐えに耐えたが……とうとう我慢が限界に達し、電話をしてしまった。丁度暇過ぎて死にそうだったらしく、家も近いのだからとすぐに近所の公園で会うことになった。

 互いの学校での他愛のない話に花を咲かせる。成績がやべえとか、ウザい教師がどうとか、そんなんぶっちゃけ興味がなかった。でもそのくだらなさが懐かしくて、声を聴けることが嬉しくて、笑い合えることが幸せで。

 この流れで、いっそ告白でもしちゃうか――なんて軽く考えていたアタシは、ソイツから発せられた台詞に言葉を失う。


 ――ソイツには、既に彼女がいた。


 付き合い始めて二週間そこそこらしい。

 それはつまり、自分の気持ちにもっと素直に動いていれば、間に合ったかもしれないわけで。

 意地だの面子だの気にしてうだうだ言ってる間に、手遅れになっていたわけで。

 それでも、アタシは諦めが悪かった。なんやかんや言いくるめて、ソイツの家へ押しかけた。


 そして――


「これっきりで終わりにするから……一回だけ、目つむってくれない……?」


 ソイツの優しさに付け込み、ただひたすらに自分のワガママを貫き通したんだ。予想通り躊躇ためらってはいたが、これまた予想通り苦笑いしつつも受け入れてくれた。


 よくある話なのかもしれないが……終わってから、ソイツに打ち明けられたことがある。

 ソイツはずっとアタシに片想いをしていたらしく、友達としての関係を崩したくなかったから、最後まで告げずに秘めていたことを。

 つまりアタシがもっと早くに自分の想いに気づけていれば、両想いとなれていたということだ。

 けれど後悔なんてさっぱりなかった。その時はお互いまだ裸だったというのに、以前のようにほがらかに笑い合えた。シモ方面の軽口さえ言い合えた。

 たまには連絡しろよ、またどっか遊びに行こうな。そんな社交辞令を言い合い――


 ――今の彼女と上手くいかなかったら、アタシが面倒見てやるよ。……そう言いかけて、言えずに別れた。


 妊娠したことを親に知られた時は、めちゃくちゃ怒られた。当然、『おろせ』とも言われた。でもそれに応じるつもりは一切なかった。結果として親子の縁を切られたが、どうでもいい。

 なるべくアイツの目が届かないようにと、始めっから家を出るつもりだったのだから。バレたりしたら責任を感じてしまうだろうし、これ以上の迷惑はかけたくない。


 アタシは一人でも、立派にコイツを育ててみせる。

 それはただの意地からであり、親への幼稚な復讐心からかもしれない。それが唯一のモチベーションであり、自分の中にただ一つ通っている確かな芯でもある。

 これを折ってはいけない。失くすわけにはいかない。


 だから――『あの人』の手を取るわけには、いかない。


 一人で育てるのだと決めた。結局誰かの――男の力を頼ることになっては、親にも自分にも負けた気になってしまう。そんな独りよがりな想いもあった。

 けれどそれ以上に、アタシがあの人の手を取ってしまえば――結唯ちゃんと、孝貴の未来をも奪ってしまう。


 家族となってしまったら、二人が結ばれることが叶わなくなってしまう。


 その想いは共通しているから、アタシたちは会うのを控えることにした。アンタたちの幸せのために、自分たちの幸せを諦めた。

 アタシたちはアンタらが結ばれることを願っているし、いつ子供を作ったとしても全力でサポートする。だから安心して。その想いに気づいたなら、我慢しなくていいんだから。

 幼馴染と添い遂げられなかったアタシたちだからこそ、アンタら二人には幸せになって貰いたいんだ。


 だから、孝貴。

 結唯ちゃんの想いに、いい加減気づいてあげなさいよ――?

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