結唯――4週目:②
片想いをしていること。その想いを伝えられずにいること。
だから――少し、聞いてみたくなりました。
「あの二人、最近仲いいですよね……?」
近頃のあの二人を見て、どんな気持ちでいるのでしょう。
普通は、どんな想いを抱くものなのでしょう。
「……奇遇だね、ぼくもそんなようなこと言おうと思ってた」
「ですよね! 学級委員ってだけじゃなくって、こう、なんていうか~……」
「うん。なんていうか、さ――お似合い、だよね」
――お似合い。
それはかなりしっくりくる言葉でした。表現したかったものが聞けたことにはスッキリしますが、なんだか別の理由でモヤっとしてしまいます。
「お似合い……うん、そうですよねぇ。なんか、お似合いです。こーちゃんも
「……あの二人は、いずれくっつくよ」
――くっつく。
そこまでの想像はしたことがなかったですが、言われてみればこれまた最もなことと感じました。
拓海くんの声が、寂しそうです。表情はちらりとしか確認していませんが、弱弱しい苦笑いだったように思います。
気のいい拓海くんのことです。きっと複雑なのでしょう。
仲良くしている友達同士、上手くいって欲しいと思う反面、それは自分が失恋することを意味してしまう。自分にとってどちらが大事なのかを
「だから、さ。ぼくたちも――そうしない?」
「はい?」
「四人で、二組のカップル。丁度いいでしょ」
……なるほど、そうきましたか。
そうすればこれからも四人でいられる。私としましても、こーちゃんと小夜子ちゃんと行動を共にできるのならば、そう悪くない話です。
拓海くんはとてもいい人だと思ってますし、これからもこーちゃんと仲良くするために出した答えだというならば、正直頷いても良かったです。
――あくまで、こんな境遇に身を置いてなければ、の話ですが。
「ダメですよ、拓海くん」
「……」
「ダメです。小夜子ちゃんの代わりに、私を選ぶだなんて」
それは自分でも驚いてしまうほど、あまりに直球すぎる言い方でした。
「……そう、だよね。
拓海くんが酷く申し訳なさそうに頭を下げてきました。
けど――
「違いますよ」
「……え?」
「小夜子ちゃんの代わりなんて、私には務まりません。私なんぞで妥協してしまうことなど、あなたの心が可哀想です」
拓海くんが目を見張りました。
何かを言おうと口を開いては、
「水瀬さん……」
「はい?」
「君は……自分のことを
「そんなことありませんよ」
誰にとっても取るに足らない。こーちゃんの傍に引っ付いているだけの。こーちゃんがいなければ、何もできなくって、何の価値もない。それが、私。
それが私の本心であり、純然たる事実です。
「……でも」
「帰りましょっか、拓海くん」
「う……う、ん……」
……気づかれてしまいましたかね?
私のその微笑みが、何の感情も
◇ ◇
拓海くんと別れた後、いつも以上にのろのろと歩きながら考え事に
先ほどは色々言ってみたりしましたけど。本当はもっと簡単な話かもしれません。
私の心は、既に捧げました。幼馴染であるこーちゃんに。
いくら振りだとしても、肩書きだけだったとしても、恋人なんて作りたくないんです。
私の体も、既に捧げました。お父さんである
だからもう、誰にも触れさせてあげられないんです。
私の全てに、他の人が入る余地なんてもうないんですよ。
――ぽたり。
何かが地面に落ちました。
一瞬、私の涙かと思ってしまったのですが……そんなはずがありません。この程度で泣くとも思えませんし。私の涙は、こうして過去へ戻ってくる前に枯らしてきたつもりですから。
「……雨?」
呟いてから空を見上げてみれば、続けてぽたりぽたりと顔へ受け……その直後、一気に激しさを増しました。
「わっ、わわ!」
慌てて近くにあったお店の屋根下にお邪魔させてもらいます。何とか一息ついた頃には、すっかりザーザーと音を立てて降り注いでおり、これでは到底帰れそうもありません。いつもは雨が降るというなら、こーちゃんが傘を持参しろと言ってくれていたのですが……今日の天気予報は外れてしまったのでしょうか。
どうしようかと悩む中、ふと振り返ってみると、たまたま立ち寄ったお店が本屋さんだったことに気づきます。どうせ身動き取れませんし、せっかくなので少し時間を潰させて頂こうと思いました。
店内へ入ったはいいですけど、私は普段あまり本を読みません。それに読むと言ってもライトノベルがいいところで、難しそうな小説とかでは頭が痛くなります。学校の参考書とか問題外です、ありとあらゆる拒絶反応のバーゲンセールがゲリラ開催されてしまいます。
なるべくそちら方面には近づかないよう、ふらふらーっと店内を回ってみます。めぼしいのはやはり、お料理関連のコーナーでしょうか。
と思ったのですが、恋愛関連もいいですね。ちょっと悩んでから、適当に手にした本のページをめくっていきます。
なになに……『さりげなく好意を伝える方法』? あのにぶちんさん相手じゃ全く効果なさそうですね。『一億倍愛される方法』……? 私、知ってます。〝ゼロ〟は何倍しても〝ゼロ〟って知ってます。予想だにしない精神攻撃が飛んできました。本を静かにパタンと閉じ、そっと置きます。……ナイテマセンヨ。
「……おっ?」
お次はお隣にあった、結婚関連のコーナーに目が留まります。
真っ先に興味をそそられたのは、命名辞典――子供が生まれた時の参考とするための辞典のようです。手に取り、ぱらぱらーっとめくっていくと、とある名前に
たまたま開かれたページの、たまたま見た名前のはず。なのに、まるでそこだけが光っているかのような、そこに集中線でも引かれていたかのようでした。
「――……『りお』?」
そのような名前の知り合いがいるわけではありません。読んできたライトノベルや漫画の登場人物とかでもないと思います。
でも、なぜだか――良い名前だと思いました。
「りお――『みなせ、りお』。……うん、なかなかっ」
呟いてみてから、口元を緩ませて頷きます。
「あっ、でも……『あさい、りお』……かな? な、なんてっ」
自分で言っておいて顔があっついです。我ながら挙動が怪しいです、周囲の人に気づかれてなければよいのですが。
んー、でも……『水瀬りお』の方がいい気がしてきました。仕方がありません、こーちゃんには婿になって頂きましょう。
りおくん、りおちゃん。性別がどちらであろうと、第一子にはそのように名付けたいものです。
――突然、チクンと微かに頭が痛みました。
そうして
『りお』……その名前って、確か――
「てんし……さま?」
名乗られた覚えはないです。でも、これまたなぜだか――天使さまの名前が、『リオ』だったような気がしてきました。
天使さまと会ったのは、私をこの過去へと戻してくれた時……時期にしてかれこれ三か月前ほど。あの時が最初で最後だと思っていました。
もしかして、私は……いえ、私たちは……もっと昔に、天使さまと会ってます――?
「――ふにゃっ!?」
不意にカバンの中の何かが震えだします。変なものなど持ち歩いていませんので、もしかしなくてもそれはスマホでした。表示されている電話の相手の名を確認すると、慌てて店外へと出ます。
「もしもし、京子さん? どうかしましたか?」
『あぁ、結唯ちゃん。孝貴と一緒だったりしない?』
「いえ。こーちゃんはまだ学校です、たぶん」
『そっ、ならいっか。結唯ちゃんは今どこ?』
「んんー、駅前にある本屋さんですね。雨のせいで身動きが取れずです、完全に天然の牢獄に囚われてます」
『なるほど、アタシは囚われのお姫様を救い出す役目を授かれそうなのね。ちょっとそこで待ってて』
「……え? あ、あのっ、京子さ――」
……電話が切れました。
なにがなにやらでしたけど、『そこで待ってて』ってのはちゃんと聞こえましたし、そもそも動けませんのでおとなしく待ってみます。
その十分ほど後、白馬に
こうして私は無事に救出されたわけだったのですが……こーちゃんよりも京子さんのお嫁さんになろうかなと、危うく本気で悩んでしまうところでした。
おかげでなんとか帰ってこれた私は、京子さんに背中を押されるまま、お風呂まで借りてしまいました。その後なんやかんやあって、なぜかこーちゃんとデートすることになりました。
裸を見られるという高い代償を支払いましたが、デート権を獲得できたのならばお釣りが出ます。京子さん様様です。
その約束さえあれば――その日まで、またがんばれますから。
◇ ◇
そしてデート当日。
行先は近所にある公園。昔はよく来ていた場所だったのですが、最近はなぜかさっぱりでした。その理由はこーちゃんですら覚えてないようで、悩んでいたらお互いに頭が痛くなってしまったようです。
……本当に、なんなんでしょうね。この頭痛。
「こーちゃんは、いま――幸せ、ですか?」
そんな台詞が自然と零れてしまうあたり、私も弱ってたのかもしれません。
不安で
「そう聞かれると微妙なとこだが……まあ、悪くない日々を送らせて貰ってるよ」
あの幼馴染にしては珍しく、優しい微笑みを見せてくれました。
思わず込み上げて来てしまいます。私の選択は、耐え抜いてきた日々は、正しかったんだって。心からそう思えました。
――あぁ。幸せだなぁ、私。
こうして、こーちゃんが幸せでいてくれる。
私はそれだけでいい。それ以上他には何も望まない。恋人になんて、夫婦になんてなれなくていい。私の未来なんて――命なんて無くていい。
さぁ――今日もあの人にこの身を差し出そう。
私はもう幸せを手に入れている。
愛も、心も、もういらないんだ。
◇ ◇
「逃げてっ、こーちゃんッ!!」
気づいたら、叫んでいました。
しかし――遅かったようです。
お父さんが、いきなりこーちゃんの頭を殴りました。ガチャンというガラスの割れる音がしたことから察するに、手にしていたコップで殴りつけたようです。
「……誰かと思えば、孝貴くんか。勝手に人の家に……それも寝室へ入り込むなんて、
崩れ落ちたこーちゃんの頭から流れ出す血が、床に水溜りを作っていきます。
「あっ……」
ショックで固まってしまいました。視界は暗くなり、音も遠くなりました。
だから――また、遅れてしまいました。
お父さんが、尚もこーちゃんを殴り続けています。耳をふさぎたくなるような鈍い音が何度もして。その一撃一撃は、確実にこーちゃんの命を削り取っていくもので。
「や、やめっ……、やめ、て……」
震える声を絞り出しますが、聞こえなかったのか、無視されたのか、お父さんは手を休めません。
見開いた目からは、久しく流していなかった涙が、ぼろぼろと溢れてきます。
「やめて……やめて……やめてぇええええっ!」
駆け寄り、お父さんの手を抑えようと試みます。しかし私の体ごとあっさりと振り払われ、壁へと叩きつけられました。頭を打ち、意識が
「やめ……て……おとう、さ……ん……や、め……おねが……い……」
うわ言のように呟き続けますが、その声は――想いは、届きません。
鈍かった音が、徐々に嫌な響きを増していきます。殴っている側であるお父さんの手さえ、無事ではなさそうな音がしています。
目にせずとも、わかってしまいます。たぶん、もう……こーちゃんは――
なんで――こんなことに?
わからない。わからない。わからない……
私はただ、こーちゃんに幸せに生きて欲しかっただけなのに。
こんなの……だめ、です……。
――だめ、なんです。
だから。
私が――私が、お父さんを……
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