結唯――4週目:①

「――……ねえ、あなた?」

「……」

「……ねえ? どうかした?」

「――あっ、は、はいっ!?」


 いつの間にやら寝てしまっていたようです。

 あれっ……ここはどこ? 私は……結唯ゆい、ですね。たぶん。たしか。

 辺りを見回してみると、どうやら教室内でした。授業中……ではなさそうです。各々が好き勝手に喋っていて、なんかやたら騒がしいですね。中でも特に神志名かしな先生がうるさいです、必死に生徒の質問攻めに応じています。


「ぼーっとしていたようだけど……呆気に取られてたの?」

「ふぇっ……?」

「うちの担任。見るからにダメ人間丸出しじゃない?」

「あぁ~。確かにダメなとこもあるかもですけど、神志名先生はいい人ですよ」

「あら、知り合いなの?」

「…………あれ?」


 よくよく見てみれば、神志名先生とは今日初めて会ったはず――なのに、なんだか既視感きしかんがあります。確か面白い人で、おそらく真面目な時は真面目な人のはずです。……たぶん、です。全く自信がありません。

 というか……今日、初めて会った……? あっ、今日って入学式だったような気がしてきました。


「んん~……今日って、確か入学式でしたよね?」

「え、えぇ。そうだけれど……あなた、本当に大丈夫?」

「だいじょぶです、よくあることですので!」

「……余計に心配になる発言だわ」

「ご心配には及びませんよ、。そうしてこーちゃんに呆れられるのが、私のこれまでの日常ですゆえ!」


 小夜子ちゃんの動きがピタリと止まり、まじまじと私の顔を見つめてきます。なにかを不思議に思ってるような感じでした。


「……小夜子ちゃん? あっ、『こーちゃん』っていうのは幼馴染のことでして。あちらの席の――」

「待って。そっちも気になるけど……」

「はい?」

「私の名前、知っててくれたんだなって思って。それにいきなり下の名前だなんて、見かけに寄らずフランクなのね」

「――あっ!」


 私としましたことが。そういえばお互いにまだ自己紹介すら済んでいませんでした。

 そもそもなんで私は小夜子ちゃんの名前を言えたのでしょう。私の知っている私は、他人様の名を予め覚えておくような性分じゃなかった気がします。


「ご、ごめんなさい~。普段は全くもってそんなことないのですが、その……初めて会った気がしなかったので、つい……」

「ふふっ、なぁにそれ。別に構わないわよ。あなたは……水瀬みなせ結唯さん、だったかしら」

「あっ、はい。よくぞご存じで」

「それなら私も結唯って呼ばせて貰うわね」

「はい! 改めてよろしくです、小夜子ちゃんっ」


 この後、小夜子ちゃんは学級委員に立候補しました。男子の方は、こーちゃんでした。

 二人とも頭がいいですし、どこか雰囲気も似ている気がしますので、なかなか良いコンビになれるのではないでしょうか。……あ、似ているとなると、逆にぶつかりあってしまうものなのでしょうか。できれば仲良くしていって欲しいもので――


 ……――おかしいです。


 いま、急に思い出しました。

 私は天使さまにお願いして、こーちゃんの不幸を肩代わりすることに……過去をやり直すことになったはずです。

 なぜさっきは思い出せなかったのでしょう。過去へ戻ったのだから、神志名先生のことも、小夜子ちゃんのことも、私は知っていたはずなんです。一度はこの学校で、半年近くは過ごし――


 ――『一度』、ですか? 本当に……?


「っ……?!」


 なぜ、でしょう。思わずふらついてしまうほど、頭が酷く痛みました。

 まるで、これ以上は考えるなと誰かに命じられたような――思い出すことを私自身が拒絶しているかのような……。


 私……何か、忘れていませんか……?




     ◇     ◇



「こーちゃん、高校でもまた野球部に入ったんですねぇ」

「まあな。オマエは安定の帰宅部か?」

「ど、どーせ運痴ですしね。帰ってお夕飯も作らないとですし」

「ああ……それは仕方ないか」

「……どっちに対して『仕方ない』って言ってます?」

「もちろん両方だろ」


 この幼馴染はー! きぃー! 運動が絶望的だとしても、部活動には文化部というものもあるんですからね!

 ……まぁそっち方面の才能もさっぱり無いのですけど。


「と言っても、毎日ガッツリやる気はないんだ。あんまり堅苦しい雰囲気だったら入部すらしなかったと思う」

「ほむほむ」

「早く帰る時ならオマエの勉強も見てやるから安心しとけ」

「べ、べつにそんな心配などしておりませんが!」

「オレが心配してんだよ。赤点だの留年だのになったら余計に面倒くせえだろうが」

「……高校でもお世話になります、せんせー」


 最初にこーちゃんが聖煉せいれん学園に来ると聞いた時は、どうなることかと思いました。

 けれど今回のこーちゃんは、学級委員に野球部にと意欲的に活動しているようです。友達や先生とも笑顔で会話していて、見るからに生き生きしています。

 これは私にとって、一番に望んだ光景だったかもしれません。こーちゃんと同じ学校でこんな日常が送れるなら、それだけで私は幸せだと思えるのです。


 ――この後に訪れる『不幸』とやらが、どんなに辛く苦しいものだったとしても。さほど問題になどならないのですよ。



     ◇     ◇



 お昼休み。

 普段ならば教室やお外で二人で食べるのですが、この日はなぜか小夜子ちゃんと拓海たくみくんが一緒でした。一度ははぐらかされてしまったのですが、やはり気になってしまいます。


「ねぇ、こーちゃん」

「ん?」

「結局、なぜあの二人をお誘いしたのですか? 中学がご一緒だったとお聞きしましたけど、もしかして~……?」

「ああ……まあ、大体オマエの想像通りだと思うぞ」

「お、おぉっ、なんと。拓海くんの反応から薄々そうかなとは思いましたが、まさか……」

「結唯も意外とそういうところは鋭いのな」

「そればっかりは、こーちゃんにだけは言われたくありません」

「……は? どういうこった?」

「つーん」

「オノマトペを口に出して言うなよ……」


 発した擬音のまま、ぷいっとそっぽを向いてしまいます。

 私がどんだけアタックしてもさっぱり気づきませんからね、この幼馴染さんは。にもほどがあります。


「んー……拓海は良い奴なんだが、どうも奥手過ぎてなあ。星野の方はそもそもそういう話に興味がなさそうだろ?」

「まぁ、そですね」

「だからひとまず自然とつるめる仲になった方がいい気がしてな。なんとかして接点ぐらい持たせてやりたかったんだよ」

「おー……あのこーちゃんが他人の色恋にお節介を焼くとわ。鬼の霍乱かくらんってやつですかね」

「おい、それは意味が違う。いつも健康な人が病気にかかることだぞ」

「似たよーなもんじゃないですか。こーちゃんが色恋に興味示すなんて、不健全ですって。病気みたいなもんですって」

「あ、あのなあ……」

「それとも青天の霹靂へきれきとかってやつですかね。びっくりぎょうてんな大事件ですもん、まさに雷に打たれたような衝撃受けてますもん」

「お、オマエ……今日はやたらオレへの当たりが強くねえ……?」

「つーん」

「……」


 ふんっ。こーちゃんはまるでわかっていません。


「……せっかくなんかおごってやろうと思ってたんだけどなぁ」

「ぴくっ」

「あの席が設けられたのもオマエの功績だと思ってたからなぁ。素直に感謝してたし、ファボチキでも……そういや新味が出てたよなぁ、確か」

「ぴくぴくっ」

「それに期間限定のフラッペだっけか? あれ、飲んでみたいって言ってたっけかぁ」

「ぴっくーん」

「機嫌を損ねちまったんじゃ仕方がない。独り寂しく帰るとするか……」


 あ……甘いですよ、こーちゃん。わ、わわわ、わたしがっ、そっ、そんな物で吊られ――!


「ささっ! 本日も、いつものように、仲良く、一緒に、帰りましょっか~♪」


 ぴょんぴょんと弾むような足取りでこーちゃんの背中を押します。


「オマエが扱いやすい奴で助かるよ」

「なにをっ。心が広いと言ってください!」

「はいはいひろいひろい」

「んむっ! なのでファボチキ二個で許してあげるのです」

「……太るぞ?」

逆鱗げきりんに触れやがりましたので三個に増やします」

「いや、だから太――」

「これ以上私を怒らせないでください! 食べきれなくなりますから!」

「……すまんかった」

「これ以上は泥仕合もいいところですからね、ここらで痛み分けといたしましょう」

「わかった、二個な」

「三個です」

「……二個半」

「……手を打ちましょう」


 半、ということは……半分こですか。そうですかぁ。んっふふ~。

 気付けば頬が緩み切り、小走りさえしてしまっていました。


「ほらほらっ、はやくいきますよー!」

「オマエ、学校行く時もそんぐらい早く歩いてくれねえかなぁ」


 でも――やっぱりこーちゃんは、わかってないんですよ。

 小夜子ちゃんは、たぶん……拓海くんのことより、こーちゃんのことが――

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