4週目:③

 昼休み。

 普段ならば教室で結唯ゆいと二人で食べるのだが、本日はちょっとした悪戯いたずらごころが芽生えた。


拓海たくみ、オマエって学食だったよな?」

「うん。そうだけど?」

「オレら弁当持参だけど、たまには一緒に食ってもいいか?」

「いいよ、もちろん」


 まずは第一段階オッケー。ここはまぁ問題無いと思っていた。次だ、問題は。


「なあ。昼飯、一緒に食わねえ?」

「あたしが? なんであんたと?」


 その問題の相手とは、星野ほしの小夜子さよこだった。

 一向に心を開いてくれる様子はないが、かれこれ幾度も行動を共にしてきた学級委員同士だ。この頃は話しかける程度ならば訳ない。


「たまにはいいだろ、先生にこき使われる仲間なんだし」

「嫌」


 ……さすがにガードが堅い。しかしオレには秘策がある。


「結唯も一緒だぞ?」


 その一言に、星野はピクリとわかりやすく反応する。はっはっは、オマエが結唯を猫かわいがりしてるのは知ってんだよ。拒否れまい。


「おろ、どしました? こーちゃんに小夜子ちゃん。学級委員のお仕事ですか?」


 オレと星野が一緒にいたら、クラスの誰もがそう予想するだろう。

 しかし甘いな結唯。そしてよくぞこのタイミングで来てくれた結唯。


「いや、たまには飯でも一緒にどうかと思ってな」

「お、おぉぉー……! いいですね、それわ! ぜひともご一緒致しましょう、小夜子ちゃん!」

「……結唯が、そういうなら」


 星野がこくりと頷く。予想以上にあっさりと陥落かんらくしたな、ざまぁみろ。

 作戦成功だ。さて――


「おーい、拓海。行こうぜ」

「――……へっ?」


     ◇     ◇


 学食へと向かったオレたちは、ひとまず席を探す。幸い四人が座れそうなスペースはすぐに見つかり、弁当組であるオレと結唯で場所取りをする。

 少し経つと、正面に向かい合って座る結唯が、内緒話でもするように身を乗り出してきた。


「に、しても……こーちゃん。あのお二人を誘うとは、どういった風の吹き回しです?」

「いやぁ、ちょっとな」

「なんだかすっごく悪そうな顔してますけど」


 あまりに上手く行き過ぎて思わずニヤついてしまいそうになるが、拓海が余計に動揺してしまうだろうし、星野もキレて帰ってしまう恐れがある。なるべくポーカーフェイスを心掛けねば。

 やがて、二人が戻ってきた。拓海はカツカレーを、星野は日替わり定食の――生姜しょうが焼き定食だろうか、それぞれ手にしている。

 オレの隣には拓海が、結唯の隣には星野が座った。


「よしっ、じゃー食べましょか。いただきまーすっ」


 結唯の後に続いて、示し合わせたかのように「いただきます」と三人の声が重なった。オレたちはついつい吹き出してしまう……が、星野だけは無反応だった。


「あぁ……孝貴くんと水瀬さん、お弁当の中身同じなんだね」

「はいっ。私とこーちゃんのお母さんの共同制作なのですよ」


 結唯は誇らしげに拓海と星野へ弁当の中身を見せつける。


「へぇ、いいねぇ。幼馴染っていうけど、家も近くなの?」

「ちょー近いです、まるで私たちの心の距離ぐらい近いです」

「マジレスすると歩いて五秒ぐらいだな」

「ちっか! そんなに近いんだ? 想像以上だったよ」

「ふっふーん」


 ……おい、拓海。やたら結唯へばかり話しかけていやがるが、この場を設けたのはそんなことの為じゃねえぞ。わかってんだろうなオマエ。


「そうは言うけど、オマエらも中学の頃からの付き合いなんだろ?」

「えっ」

「?」

「おろ。そーだったのですか、小夜子ちゃんと拓海くん」


 初耳だったらしく、二人の顔を交互に見比べる結唯。オレの顔を恨めし気に見てくる拓海。キョトンとしている星野。


「そうだったかしら?」


 ……コイツ、マジか。同じ中学から来た奴のこと、全く覚えてなかったのか。


「一応、ね。中学の頃は二年間クラスも一緒だったんだけど……目立つ方じゃないからね、ぼく」

「あら、あら。ダメですよー、小夜子ちゃん。クラスメイトのお顔ぐらい覚えて差し上げなければー」


 結唯のその台詞はオレにも突き刺さる。とんだ流れ弾が飛んできた。前の世界ではスマンかった、拓海。


「……そうね、悪かったわ」


 あの星野が素直にも謝っている。衝撃的光景だった。結唯の奴すげえな、一体どんな魔法使ったんだ。是非ともオレにも教えて欲しい。


「今度からはちゃんと覚えておくわね……佐久間さくまくん、だったかしら?」

「ああ……うん。改めてよろしくね、星野さん」


 まさかこんな段階からとはと苦笑するが、多少なりとも進歩したに違いないのだから良しとしよう。

 ――でも一応、もう少し踏み込んでおくべきか? ……やるだけやっとくか。ダメもとで。


「なあ、オマエらもたまにでいいから弁当にしてみねえ?」

「ぼくと星野さんが? なんでまた?」

「弁当ならここだけじゃなく、教室とか外とか色んな場所で食えるからさ」

「おぉっ、それはなかなか良いご提案ですねぇ。お外でのんびり日なたぼっこしながら食べるお弁当というのも、なかなか乙なものですよ」


 思わぬ援護射撃が飛んできてくれた。今日の結唯が有能過ぎて怖い。


「嫌よ、面倒くさい」

「え~、そう寂しいことおっしゃらずにぃ……小夜子ちゃぁん」

「っ……」


 あの星野がたじろいでる。結唯の奴マジすげえ。ここまで結唯の存在を大きく思ったことが、未だかつてあっただろうか。いや、ない。


「そしたら弁当の交換とかしてもいいよな。――例えば結唯の手料理が、まんまオマエの物になるんだぜぇ?」

「――っ!」


 星野へしたり顔を向けながら言う。口調が若干下卑げびてしまっていたかもしれない。


「あっ、いいですねぇ。私も小夜子ちゃんの手料理を食べてみたいです! しましょうよぉ、交換~」


 そこへ今日ここまでパーフェクトな結唯の追い打ちが襲い掛かる。素晴らしい戦果だ、後で何かおごってやるぞ。

 星野がじっと結唯の弁当箱の中身を見つめる。凄く物欲しそうな眼差しだ。ありゃ陥落まで秒読みだな。

 さて、最後の仕上げに――


「……オマエももしかしたら、星野の手料理が食えるかも……なぁ?」

「なっ……、なに、言って……!」


 隣の拓海へそっと耳打ちをする。やはり口調がゲスい気がする。


「……」

「……」


 拓海と星野は大分迷っているようだった。さぁ、悩め悩め。やっべぇ、楽しすぎる。他人の色恋にお節介を焼くのってこんなにも楽しかったのか。母さんに隆則たかのりさん、アンタらズリいよ、もっと早く教えてくれよ。


「……考えておく、よ」

「……検討しておくわ」


 保留にされてしまった。そこまでとんとん拍子にはいかないか。しかしまぁ上々だろう。

 星野に拓海のことを認識させることができた。四人でつるむ足がかりもできた。これからは自然にこうした席も設けられるだろう。


 こうして過ごしていく中で、なんとか二人が上手くいきゃ良いんだがな。

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