4週目:②
放課後になると、教室内が一際賑やかになる。やはりというか部活にまつわる話題が多く、あちこちで連れ立っての見学の誘いや、勧誘の台詞が飛び交っている。
かく言うオレも、その例に漏れない。
「なあ、
「んー……一通り見学はして来ようかと思うけど、今のとこ野球部にしよっかなって思ってるよ。
「お。もしかして経験者か?」
「小学校の頃に少しだけ。だから久々にやりたくもなったしね」
「ならオレも行ってみるかな。廃部寸前っつーぐらいだから、気楽に好き勝手できそうだし。先生から缶ジュース巻き上げられそうだし」
「その動機はどうかと思うけど……」
とりあえず拓海と一緒に見学に行くことにはなったが、メジャーな競技の部活は別に見なくてもいいかとなり、文化部はその多くが狭い室内での活動だったため気が引けてしまい、結果的に見学できた場所などほぼ無かった。
しかし不思議なほどに変な部が乱立している。高校ともなればそういうものなのだろうか。よくこんな部活を学校側が許可してくれるなと、目を疑うようなものが幾つもあった。
その中の一つ、『除霊部』とかいうのにはちょっぴり興味をそそられた。オレに取り
◇ ◇
「おおー、お前らよく来てくれたな」
野球部の敷地である場所に辿り着いたオレたちを、神志名先生が笑顔で出迎えてくれた。ノックでもしていたのだろうか、バットを片手に良い
「はい。久々に野球がやりたくなったので」
「先生があまりにも可哀想だったもんで来てあげました」
「おまっ、
素直な思いを述べたら、土埃まみれの拳で頭をグリグリとされてしまった。生意気な口を利いてすんませんでした。
「部員ってこれで全員ですか?」
拓海がそんな質問を投げかける。グラウンドには簡単に数え切れる程度の人数しかいなかった。見える限りでは……七人だけのようだ。
「だな。寂しいもんだろ、一チームにも満たないんだぜ? あーあ、早く部内で紅白戦とかやりてーなぁ」
先生は嘆いていたが、個人的にはありがたい人数だと思った。そこまで根を詰めるつもりもないし、気楽に参加できる方がオレとしては望ましい。
「ま、こんなだから練習内容も各々の自由だ。俺らは今ノックしてたとこなんだが、お前らはどうする?」
「んー、オレも拓海も久々なんで、ひとまずキャッチボールでもしてみます。――いいよな?」
「だねぇ。まずは久々のボールの感覚に慣れないとだ」
「わかった。グローブは部室にあるの適当に使っていいからな」
「ありがとうございます」
野球部の部室という場所に立ち入るのも中学三年の一学期以来だが、ここはやはり独特の臭いがする。お世辞にも良い臭いじゃないが、なんだか懐かしくて安心する。
棚に並べてあるグローブの中から一つを手に取り、左手にはめてみる。これまた懐かしい感覚に、思わず頬が緩む。
それは拓海も同様だったようで、目が合うと照れくさそうに二人で笑い合った。
「なあ、拓海」
「ん?」
ぽーん、ぽーんと、軽く山なりにボールを投げ合いながら、口を開く。
「オマエの中学の同級生……
「ああ、うん。大変そうだね、一緒に学級委員なんて」
「まさに言う通りで困ってる」
「ははは……。彼女、ずーっとあんな感じだから。中学でも学級委員とか積極的にやってたけど、なんでもかんでも一人でやってみたいで」
「……だろうなあ」
上手くやっていけるかという心配もあるが、とりあえず特別オレが気に食わないからというわけではないらしいと知り、ちょっとだけ安心する。
それはそうと――と、個人的に他にも気になっていたことがあった。
「なあ。オマエ、なんで星野のことが好きなんだ?」
「――っ!?」
拓海が捕球をミスり、背後まで逸らしてしまう。そこまで効く一言だったろうか。
「なっ、なにを、言って……」
「アイツは確かに美人ではあるが、性格がキツすぎるしなあ。なんで
「……だからって、いきなりこんなドストレートに聞いてくる?」
「それに関してはすまん」
それとなくだとか、駆け引きだとか、苦手なんだよな。本当に先生の言った通り、学校の勉強よりも学ばなきゃいけないことが多いかもしれない。
拓海はしばらくそわそわと
「……意外と、優しいんだよね。星野さん」
……冗談だろ? と危うく声に出しかけるが、かろうじて呑み込んだ。
「特にさ、困っている人とか、寂しそうにしている人によく気づくんだよね。何も聞かずに察して助けてあげたり、声を掛けてあげたりするんだよ」
「……ああ」
そう言われれば覚えがある。入学式の日、
今にして思えば、あんなにも早く誰かと打ち解けるというのは、人見知りの激しい結唯には珍しい光景だった。それを星野は瞬時に勘付いて、わざわざ声を掛けてくれたのかもしれない。
そしてその際、結唯と共に笑い合っていた表情は――不思議と、暖かく感じた。
「なるほど、な……」
「うん。普段はそうは見えないだろうけど、ふとした時に見せる表情とかがさ。なんか、妙に気になるっていうか……」
「わかるよ。『ギャップ萌え』ってやつだな」
「……これまた素直には頷きたくない単語を出してきたね」
「おーいお前ら、ちょっと来ーい」
何やら遠くから神志名先生の叫び声が聞こえてきた。こちらを向いて手招きもしている。
「何だろうね?」
「さあ?」
揃って首を傾げつつ、ひとまず小走りで行ってみる。
「よっし、やるかぁ! コイツら二人の歓迎会も兼ねてな」
それを聞いた先輩方から、「っしゃー!」「待ってました!」「やってやんよー!」などと、かなり気合の
ますます首を傾げたオレたち二人に、先生が端的な説明をしてくれた。
「浅井と佐久間はサッパリだろうが、まぁ簡単な話だ。俺と勝負して、勝ったらジュースでも
「あぁ、そういえば教室でもそんなこと言ってましたね」
「あれって冗談じゃなかったんすか?」
「まあな。何を隠そう、俺の実力を部員に知らしめる為の恒例行事だぜ?」
これまた何とも自分勝手な行事だった。そろそろ人間性を疑ってしまいそうだ。
「今回のルールは、俺が投げた球を打てた奴が勝ちだ。普段なら外野まで飛べばオッケーってことにしといてやってるが……今日は新たに二人来てくれたからな。バッターが一人に、守備が九人で行える。めでたい話だ。いやぁ、嬉しいねぇ」
先生がそんなこと言ったせいで、オレと拓海は先輩たちに
まあ悪い気はしなかったし、みんな良い人たちだとも感じた。これからもちょこちょこ顔を出すことにしようと、素直に思えるような良い雰囲気だ。
「そん代わり、エラーかました奴はペナルティあっかんなー。死ぬ気で守れよー」
「へーい」
「うぇぇ……」
打つ順番や、守備位置を決めるジャンケンが始まる。打つのはオレか拓海からで良いと言われ、拓海がすんなりと先を譲ってくれた。
トップバッターは、オレ。ヘルメットを被り、バットを握り締める。
マウンドに立った神志名先生が、手にしたボールを高々と掲げながら威勢よく声を張り上げた。
「きなっ、雑魚どもが! 格の違いってもんをわからせてやんよ!」
……顧問の教師が言う台詞か、それ?
◇
「最初の
「……オレ、バット握るん久々なんで。できればお手柔らかにお願いします」
言ってから、握ったこと自体はあったなと思い出す。だが少しばかり苦い記憶だ。護身用とは言え、バットで人と戦闘する気でいたのだから。
野球をするためにバットを握るのは久々だった。
「手加減なんか誰がすっか。お前と佐久間には、明日クラスで存分に語って貰わにゃならんからなぁ。――『神志名先生マジ凄かった、ちょーカッコよかった!』ってなぁ!」
「……そっすか」
全力で青春取り戻そうとしてんな、先生。その往生際の悪さは素直に尊敬に値する。
バッターボックスに立ち、先生と
……すっかり忘れてたな、こういう感覚も。
色んなもんに手を出す。視野を広げる。青春を
――そういう感謝の気持ちと、勝負は別だ。必ず勝ってジュースを巻き上げてやるからな、先生。
「いくぞー、浅井!」
握ったボールをオレへ見せつけるよう突き出してから、グローブへと一旦収める。そこから大きく振りかぶり、片足を上げ、妙に洗練されたフォームで……投げ――
――ッスパァン!!
「――……は?」
気付けば、オレのすぐ後ろで軽快な音がした。一瞬なんだかわからなかったが、キャッチャーミットにボールが収まった音だったらしい。
……おい。いくらなんでも、速すぎねえ……?
神志名先生は、学生時代は未経験じゃなかったのか? 一体いつどこでこんな球を習得したんだ……?
「はっはっは、ビビったかー? ナメんじゃねーぞぉ! ゲーセンのストラックアウトに、独り寂しく通い詰めた実力をなぁ!!」
「……」
恐ろしいまでに悲しき力の源だった。やべえ、同情心が芽生えてしまう。勝負において超絶邪魔な感情だ。
くっそ、集中しろオレ……負けたら絶対に言わされる。『神志名先生マジ凄かった、ちょーカッコよかった!』って教室で声高らかに演説させられる。そんな苦行マジでゴメンだ。
先生が再度振りかぶる。ひとまずボールが見えなきゃ話にならないと、必死に目を凝らす。……が、
――ッスパァン!!
やはりろくに見えない。というかキャッチャーやってる先輩も、よくこんな球が捕れるな。
――……って、んん?
「どうしたぁ? もう後がねーぞぉ、浅井ぃ!」
ストラックアウト――いわゆる的当てゲームで鍛えたということは、コントロールも相当なものになっているはずだ。
例えばキャッチャーが予め構えた位置や、ド真ん中にだけ投げ続けることだって可能なのかもしれない。そのどちらかでなければ、キャッチャーの人もこんな球をそう易々と捕れるはず――
……賭けてみるか。一か八か。
「先生」
「んん?」
「逃げないでくださいね」
「ははっ、だーれがお前ごときに逃げたりすっか。安心してぶっ殺されろ」
念のため、あからさまな挑発も入れておく。変化球を覚えてるかは定かではないが、先生の性格上、これで確実に真っ向勝負しかしてこないはずだ。
先生が振りかぶり始める。
視認できないボールになど興味はない。見るのは、先生のフォームだけだ。
そして
――キィンッ!
金属製のバットの音と、それを握る手へ鈍い感触が響き渡った――。
◇
「くっそぉ……次やる時は俺が打つ側だかんな。バッティングセンターに独り寂しく通い詰めた実力見せてやっからなぁ……」
「は、はは……」
オレの打球は運良く、センターの手前あたりに落ちてくれた。その勢いはひょろっひょろもいいところで、完全なる『ポテンヒット』だった。最高にダサかった。
しかし勝ちは勝ちだし、その後の神志名先生の悔しがり様が凄まじかったお陰でちょー気持ちよかった。
「拓海のは凄かったよな。あれで中学の頃は野球やってないなんて信じらんねえ」
拓海が放ったライナー級の打球はショートの頭上を越え、センターとレフトの間を綺麗に切り裂いた。まさにお手本のような二塁打だった。
「いや、あれは完全にマグレ。孝貴くんがくれたアドバイスのお陰かな」
「アドバイス、だとぉ……? なんだお前ら、
「いえ、特になんにも」
誰が教えてやるか。んなことしたら今後ジュースが貰いづらくなる。
「ほら先生、早いとこジュースくださいよ」
「教師にたかるとか、ろくでもねえ奴らだな……ちくしょう」
「まぁま、先生。言いだしっぺはそちらなんですから」
「……どっちがろくでもないんだか」
「お? なんか言ったか、てめぇ浅井この野郎」
「いえ、特になんにも」
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