3週目:⑦
「あれ、母さん
「結唯ちゃん? まだお家じゃないかしら」
「マジか、アイツ……」
「あぁ、アンタ今日早く行くんだっけ?」
「昨日は『私も一緒に行きます』なんて言ってたんだ……け、ど……」
「……? どうかした?」
「い、いや、なんでも……ない」
強烈なデジャブが襲い掛かった。
以前――『起こしに行きます』なんて言っておいて、来なかった結唯。
その時の、結唯は――
「ちょっと、結唯のとこ行ってくる」
まさか――そんなこと、ないよ……な?
徐々に湧き上がってくる不安に堪えつつ、急ぎ結唯の家へと向かう。
「結唯?」
玄関のドア越しに呼び掛けるも――返事は、ない。
大きく一つ息を吐いて、ドアの取っ手に触れる。目をギュっと閉じ、祈るような思いで……手前へと引いた。
――……ガチャリ。
ドクン、ドクン……脈動する鼓動の感覚までも、デジャブだった。
「……結唯?」
ドアを開け、震える声で呼び掛ける。
やはり――返事がない。
「おいっ! 結唯っ!?」
また――なのか……?
あの時の
足が動いてくれない。恐怖という名の重い
頼む、結唯……返事を――
「――はいはーい、なんですかぁ? 朝っぱらからそんな大声出さないでくださいよぉ」
奥から、結唯の
急激に安心感に転じた反動か、危うく膝から崩れ落ちてしまいそうだった。涙を流してしまいそうなほどだった。思えば呼吸すらまともにできてなかったらしく、全力疾走でもしてきたかのように肩で息をしてしまう。喉もカラカラで酷く喋りづらい。
「……どしました? そんな慌てたご様子で」
キョトンとした結唯に悟られぬよう、必死に言葉を
「今日、早く出るって、言ったろ?」
「――あっ!」
どうやら単に忘れていただけらしい。マジでやめてくれ……心臓に悪すぎだ。
「ご、ごめんなさい! お弁当がまだできてないので、今日は先に行ってくださいぃ……」
「遅刻すんなよ」
しょんぼりと申し訳なさそうに頭を下げてから、台所へと戻っていく。
無意識にオレは、笑っていたようだった。結唯のその後ろ姿が……妙に、愛おしく思えた気がして。
「弁当、楽しみにしとくからな」
「はいっ! 必ずやご期待に添える物をお持ち致しますゆえ!」
◇ ◇
「おーう、さんきゅな
「……いえ」
「あ、先生」
「なんだ?」
「昨日、ありがとうございました。お陰でなんかちょっと目が覚めた気がします」
先生がわかりやすいほどに
「俺のことは反面教師ぐらいにでも扱ってくれりゃー万々歳だと常々思ってんだが……まさかそう素直に感謝されるとは、嬉しい誤算だったなぁ」
「確かに先生のようになりたいとは、さっぱり思える気がしませんけど」
「てめっ、このやろ……! まっ、俺なんぞの言葉で若いモンが何か一つでも感じ取ってくれたなら良かったよ」
そう言って、ニッと口角を上げる。釣られてオレも笑顔になり、軽く頭を下げた。
その直後、電話が鳴る。
「っと、電話か。戻っていいぞ、浅井」
「はい。失礼します」
ふと時計を見る。一緒に登校している普段ならば、そろそろ学校に着いている時刻だった。
結唯はちゃんと遅刻せずに来れただろうか。弁当作りに熱中しすぎてたり、乗る電車や降りる駅を間違えたりしていないだろうか。さすがのアイツも、もう道を間違えたりはしないことを祈るばかりだ。
……などど考えてしまい、思わず苦笑する。これでは完全に心配性な親だ。そういったところも視野を
「――浅井っ!」
背後から神志名先生の声がする。それも、ずいぶんと慌てた様子の。
振り向いて目の当たりにした先生の表情は――見たこともないほど謹厳なものだった。
「いいか、落ち着いて聞け。水瀬が――」
……その口から知らされた事実は――到底落ち着いて聞けるものじゃなかった。
――事故。
結唯が、誤ってホームから落ちて、電車に
はっきり、そう聞いた。けれど、頭がそれをなかなか受け付けない。
オレの目は何も映していなく、周りの音が全て消え去る。既に意識が無いのかもしれない。
……そんな中だが、思う。
今回のは――『自殺』じゃない、よな……?
今朝だって、何もなかった。どこか抜けていて、微笑ましいほどに明るい、全くもっていつも通りの結唯だった。
いつものように、弁当を作ってくれていた。『はいっ! 必ずやご期待に添える物をお持ち致しますゆえ!』――そうも言ってくれた。
今回は、自殺ではない。絶対だ、断言できる。
ならば、何故死ぬ?
これが――何らかの理由で死んでしまうことが、結唯の運命だとでもいうのか……っ?
傍に居さえすれば、必ず守ってやれると思い込んでいた。もうあんな目には遭わせないと意気込みもした。それが何なのだろう、この
……心が、折れてしまいそうだった。
「――……こーちゃん?」
その声にハッとする。
なんで……結唯、が……?
「どうしました、歩いたまま寝ちゃいましたか? 私以上に器用ですねぇ、
夢でも見ているのかと思った。目をごしごしと擦り、頬をつねりかける。
久方ぶりだったが、この感覚は……巻き戻り――?
(――ったく、なーにへこたれてんの?)
(……リオ? なんで、オマエ……まだオレは……何も、頼んでなんか……)
(よく言うよ、今にも死にそうだったくせに)
(……)
(自殺じゃないなら、もういいっての? たったこれだけのやり直しでもう諦めるの?)
(…………いや)
(そうじゃないでしょ。幸せにするためになら何だってするし、何度でも繰り返すんじゃなかったの?)
……ああ。
そうだった、な。
まさかコイツに――
(オマエ、良い奴だな。――ウザいしムカつくし
(ねぇ、今の前半部分だけで良くない!? ボクほど優しくてかわいくて
……そういうことを平然と言うから、後半部分がくっついちまうんだよ。
(しかし……なんでまたこんな日まで戻したんだ?)
スマホで確認してみれば、表示されていた日付は四月十日。それは入学式の日だった。
(さぁね。教えてあげないよ、ボクは優しいから)
(なんだよ、それ)
(前に言ってたじゃない。キミが、自分でわかってやらなきゃいけないんだろ? その想いは応援したいと思っててね)
(……なるほど、ね)
つまり口ぶりから察するに、リオには既に『何か』が見えている。結唯の死の真相の全てすらもわかっているのかもしれない。
そしてこの日からならば、オレにもその『何か』がわかる。
潰れかけた心を立ち直らせてくれた上に、自力で気付くチャンスと、かなりのヒントも貰えたようだ。
(ありがとな、色々)
(ふっふーん。もっと感謝してもいいんだよ、
(あーまじすげーかんしゃだわー、リオさまちょーあがめちゃうわー)
(うむっ、くるしゅうないぞ!)
かつてないほど全力の棒読みだったのにご満悦らしい。なんとも寛大な奴だ。
さて……気を取り直してもう一度、だ――
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